The prime

□steady
1ページ/2ページ



きっと水泳部が朝礼にて表彰される日、俺は熱で学校を欠席した。
皆の晴れ舞台を見れないのは少し勿体ない気もする。でも、心は救われた気がした。

「ゴホゴホッ」

体のコンディションは最悪だったけれども

ミネラルウオーターを1口飲んで、温まりきった布団に潜る。
無駄なことを考えてると眠れないと思っていても、いつの間にか意識がなくなっている。
寝つきが良いのは悪くないのだけれど

「!!!」

目が覚めて、起き上がろうとするが、体が重くてそれは叶わなかった。
夢見が悪いのはよろしくない

遙の泳ぐ姿を何度も夢に見るのだ
小学校の頃の遙、高校生の遙それに、その他の皆


"松岡くんは、どうしてリレーに拘るの?"




県大会2日目、渚と怜との朝練の後、俺はメドレーぎりぎりに天方先生の所へ向かった。会場事態には、朝からずっといたのだけれど
気分が重たくて皆の所にはとても行けなかったのだ。
これでは、遙のことを怒れる立場ではないなと1人笑うと、体の節々が痛かった。

メドレーリレーを見た時、俺の脳内ではあの時の映像を重ねて見ていた。
それでも、少し記憶と違うのは、良く目立つ赤髪の姿がレーンにはいないこと

いつの間にかプールサイドにいた松岡はどんな気持ちで、皆を見ていたのだろう。
表情は見えないけれど、その姿はとても元気が良いようには見えなかった。


次に眠りに付き、起きた時には部屋が暗かった。
授業も部活ももう終わっているころだろう。
うつしたくないからと、誰も家に上げるなというお願いを母は聞いてくれているようだった。
枕元にあるお粥を口に含む。優しい味がした。つまり味がほぼなかった。出汁の香りだけでお腹いっぱいになりそうだったけれど何故かすべて食べなければいけないような気がして


薬を飲んで再び横になる

水のことを考えている時のような揺らめきではない瞳の揺れ

涙が頬を伝って、枕に染み込む。
最早何を思って泣いているのかもわからない。
ぐちゃぐちゃだ全部、全部
それなのに、遙に会いたくて堪らない。会って何をしたいのかもわからないのに

今だけは、水槽の水音ですら聞きたくなかった




床に伏して数日
まだ寝ていなくては駄目だという母の言付けを破り、俺は久々に外へ散歩に出た。
浴衣の女性の姿を見かけ、今日が祭だったことを思い出す。

生暖かい風がマスクを通って口元に伝わる。
それでもその暑さが不快には思わなかった。家に帰って、シャワーを浴びたら気持ちが良いだろうな。

懐かしの小学校の近くをとぼとぼ歩いていると、これまた懐かしい奴に出会った。
険しい表情で、こちらに走ってくる、あいつ


「松岡?お前こんなとこで何して」

「うるせえ!俺だってわからねえよ!なんで、なんでお前等のメドレーを見たくらいでこんなに動揺してるんだ俺は!俺はハルの野郎に勝ったんだ!もう何にも囚われなくていいんだ!それなのに!それなのに!」

苦しそうに叫ぶ松岡の表情は今にも泣いてしまいそう
こんな松岡を、俺は知らない。

俺の記憶の松岡はいつも笑っていたはずだ。
少しだけ真地面な表情をする時もあったけれど

まるで以前の遙と対峙した時のように、俺は何と返事をすれば良いのかと考えた。
やっぱり良い案など浮かばない。けれど、苦しさを必死に耐えるその姿が以前海で溺れかけた自分に重なった。
放っておけない。そう思ったのだ。

だから、思っていることをそのまま口に出すことにした。

松岡も、それを待っているようにその場に立ち尽くしていたから
同じように苦しむ同志にどうにか救いの手を差し伸べてやりたかった。
俺がそう望むように

「松岡も遙達とメドレーに出たいんだな、俺と同じように」


ひゅっと息を吸い込んだ松岡は、何も言わずに走り出していった。
その姿を俺はぼうっと眺める。

少しでも、あいつの苦しさが取り除かれることを願って




「拓也先輩?具合は?大丈夫なんですか?」

「久しぶり、怜。元気だったか?」

俺達に新しい仲間、怜や江ちゃん、先生がいるように
あいつにもそれはいるはずなのだ。それを小学生の頃の松岡は自ら受け入れようとしていた。
まあ、色々と理由があったのもその積極性に関わってくるのだろうけれど

あいつも俺も、昔よりずっと臆病になってしまったのかもしれない
しかも、それを素直に受け入れられないようになってしまったのかもしれない

夕焼け色の鳥居の前で
俺と松岡は少しだけ自分を曝け出した。
あの頃のように俺も松岡も素直にならなければいけない時なんじゃないのか


「あ!怜ちゃん!それに、たっくん!?元気になったんだねー!」

マスク姿が似合わないと渚に笑われて、マスクのサイズが合っていなくて美しくないと怜にまで突っ込まれて、3人一緒に遙達の元へ歩いた。



「思い出したんだ。1つのコースを繋いで泳ぐこと。ゴールした場所に皆がいること。そのことが…」
「嬉しかった!俺も…」


「渚、怜、真琴…それに、拓也。俺もリレーに出たい。お前たちと泳ぎたい。もう一度」




次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ