The prime

□ending
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「どうしてここに松岡がいるわけ?」

地方大会の次の日、いつものように部活に行った俺は、違和感を覚えた。
何故ここに、鮫柄の男がいるのか

「拓也、泳ぐぞ」

「は?何、意味が分からないんだけど、え?」

「うだうだ言うんじゃねえ、テメエが言ったんだろ、泳ぎたいって」

「泳ごう、拓也」

「泳ぎなよ、たっくん」

「泳いでください」


畳みかけるように、笑顔な目の前の奴らは、俺に告げる。
これは、メドレーを泳ごうということでいいのか。しかもこの場を、松岡が作ってくれたということでいいのか。

「自由だな」

俺は、込み上げてきた笑いを抑えることもなく言った。
松岡が俺を何を言っているんだという顔で見てくる。そうだね、これも俺が言い出したことだ。

「じゃあ、松岡も泳がないとな」

「何言ってる、当たり前だろ」

松岡の腕が俺の方に回る。俺も、同じように少し高い松岡の肩へ腕を伸ばした。


「随分、仲が良いんだな」

びっくりした。遙は今何と言ったのか。
これは、もしかしなくても

「あ!ハルちゃんが嫉妬してるー!」

「なんだあ?ハルもガキみてえな顔できんじゃねえか」

弾ける渚に、ニイとギザギザな歯を見せて笑う松岡
やはり、これは嫉妬という感情で合っているようで。遙が、遙が嫉妬をしている。
どちらに対してという感情もあることにはあるが、俺の中では松岡に嫉妬しているということを当たり前のように考えていた。
己惚れてるのはわかっているけれど、遙がちゃんと俺のことを好きなのも知っているから。
でも少しだけ不安になる。松岡と俺、どちらの方が好きなのだろうと

「で?順番は決めてあるんだろうな?」

真琴と話していた怜が、此方を向いて答える。

「勿論、抜かりはないですよ」

「もう決まったことだからな、文句は受付ねえぞ」


プールサイドは走ってはいけない
小学生の頃よく聞いた言葉だ。けれど、今は走りたくて堪らなかった。危ないから走らないのだけれど

6人でプールサイドに並ぶ。異様な光景。



江ちゃんの声に続く笛の音に真琴がスタートする。思い出されるのは、海で真っ青になった顔。
克服なんて言葉じゃ表現できないくらい辛かったであろう海に、幼馴染は勝ったのだ。口にはしないけれど、最高に格好良いよ、お前は

"躊躇したいつかの自分 影を飛び越えて行け"


渚の泳ぎは、何度見たって憧れずにはいられない。練習とかでは真似できないらしさがいつも眩しかった。
それは、泳ぎだけではなくて、私生活でもそう。なんでそんなにスマートなのかと、やっぱり羨ましくて年下なのに憧れてしまう。

"夢はいつか笑顔のまま カタチになる気がしてる"


地方大会の時、渚から怜へのチェンジにも泣きそうに懐かしい。つい昨日のことだというのに
最初は、お堅いやつが入ってきたとしか思っていなかったのだけれど、その秘めた熱には脱帽せずにはいられなかった。その素直さにも

"ぶつかったりのみこんだり 迷いながら探してた"


松岡の泳ぎをこんなに間近で見るのは久しぶりだった。大会で見た動きの硬さもなく、迷いもない。
少しだけ、次に泳ぐのが俺で良いのかと考えた。けれどその考えは、松岡の言葉を思い出して消えていく

"本当の居場所 本当の思い やっと気づいたんだ"



視界に入ってきた松岡。親指に力を入れて、俺はジャンプした

"いつだって 不器用なオレ達は"
"なんだって 遠回りして傷つけあって"
"だけど ずっと 心は一緒だって 信じてたくて"


苦しさの中に生まれる清涼感
この先に、俺を待つ遙がいる。息継ぎの度に見える、見慣れた水着に見慣れた大切な人

あと1掻きで俺はタッチする
これで終わるという気持ちより、繋がるということへの感情が勝る。

指先の感触と共に、空気或る外へと顔を出す
遙の飛び込む姿が俺の視界をすり抜けていった


"繋いだ先で触れた世界"
"おわりじゃなく新しいスタートの景色" 
"飛び込む水に感じてるよ"
"同じ時を泳ぐ 最高の仲間"


この夏で終わりじゃない
だって、真琴も怜も渚も凛も…そして遙も水泳を続けているのだから

"今を精一杯に"
"ここで重ねていこう" 

同じチームではなくても、選手になれなくても


"今が未来の傍で 俺たちを待っている"




ゴールした遙に、俺は抱き付いた。今の涙は堪えるべきではない
思い切り泣く俺を、優しく抱き返す遙。


「勝ち負けだけじゃねえって、お前らが教えてくれたんだ、俺に」


そんな消えそうな声に、俺は振り向くと


「何泣いてんだよ!ま…凛!」

「てめえこそ泣いてんじゃねーか!バカ拓也が!」

「拓也は馬鹿じゃないぞ、泣き虫なだけだ」

「ハルそれフォローになってないよ!」

「凛ちゃんが泣いてるところ、僕初めて見たー」

「僕もです。凛さんも泣くんですね」

「僕、怜ちゃんの泣いた所も見たことないなあ」

「見なくていいです!というか見せません!」


じんわり心が温かくなって、皆の姿を見ているとぱたぱたと江ちゃんが俺の横にやってきた。

「私、思うんです。お兄ちゃんが、昔からもっと先輩と仲が良かったら…なんて。冗談ですよ!ほらほら先輩!写真撮りますよ!」




江ちゃんが脚立をセットしている間、俺たちは立ち位置、ポーズなどの話題で騒ぐ
渚の意見はいつも却下される。主に怜に


「ハル、てめえたまには笑えよな」

「え!?ハルちゃんこの写真は笑ってくれるの!?うわあ僕嬉しい!」

「渚、俺話が見えないんだけど…」

「だからー1枚くらいハルちゃんの笑顔をばっちりとってもいいかなあと思ってー」

「意味がわかりません」

「意味がわからねーな」



「お前も、笑ったほうがいいと思うか?」

珍しい問いかけに、俺は素直に答える。

「んー?笑わなくてもいんじゃん?遙らしいっちゃ遙らしいし?」

どちらの遙でも愛しいよ、と


そんな聞かれたら不味い会話の最中に、カメラのシャッター音が俺たちまで響いた。

「江ちゃんってば策士だなあ」

一番に江ちゃんの元へ駆け寄った渚が大きな声を上げた

「ああ!ハルちゃん本当に笑ってるー!」


「はいはい!渚感動は後で聞くから今度は江ちゃんも入れて撮影するぞ!」





歌詞引用 @SPLASH FREE AEVER BLUE


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