The prime
□past
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春休み、俺は図書委員として今年度最後の仕事をしていた。
図書室の大掃除である。
桜がつぼみを付ける時期。
この時期になると必ず思い出す奴がいる。
”松岡凛といいます。”
別に、深い関わりがあったわけじゃない。あったのは遙のほうだ。
真琴に誘われて、幼馴染3人で通い出したスイミングクラブ。めきめきと実力を伸ばす2人に俺は自分の才能の無さを実感した。どれだけ泳いでもタイムは伸びない。もどかしくて恥ずかしかった。クラブの代表として大会で表彰される2人と対照的に大会に出ても自己ベストも出せず応援に回る自分。
遙や真琴に何か言われた事はない。周りにも特に言われたこともない。
ただ、俺自身がどうしようもなく嫌だった。
5年にあがる頃、母にクラブをやめたいと伝えるが敢え無く却下。そこからは、遙達に追い付きたいという気持ちよりも泳ぎたい気持ちを発散する為にクラブに向かった。勿論、俺が加名されているクラスの練習がある時だけ。
クラブには自主練ようにコースが設けられているから、遙は勿論真琴もたまにクラス練習以外もクラブに通っていた。
俺は、プールよりも海の方が好きだ。泳ぐのよりも潜っていることの方が好きだ。
けれど、遙を見るとやっぱり泳ぎたくなってしまう。水を掻きわけて自ら流れを作り出したくなるのだ。
***
”速いな。ほんとに小学生?”
5年の頃初めて会った時から遙にしか興味の無さそうだった奴。
俺のことなんて見えてないみたいに
そんな松岡がうちの小学校に引っ越してきた。ということは、勿論スイミングクラブに
も奴はくる。何とも言えない気持ちを抱きながらクラブへ向かった。遙や真琴には合わなかった。
「あ、今日はクラス練習被ったね。」
「だな」
更衣室で遙と話していた真琴が俺に気付いて話しかけてくる。
「拓也は、川でマフラー見た?」
「記憶にないけど…誰か落としたのか?」
「ザキちゃんが落としたんだって。」
遙が更衣室をあとにする。頭の中は水のことでいっぱいなんだろう。
ザキこと矢崎はなんとなくだけれど、遙のことを好きなんじゃないかと思うことがある。俺の気にしすぎかもしれないけれど、でも遙も…
「拓也、俺、先にプール行くよー」
「おう」
自分の想像の範疇でしかない考えを振り払うように俺は上着を脱ぐ。年が変わってからすぐのこの時期は、暖房が効いていても寒い。
想像通りにクラブにやってきた松岡。学校も同じクラスということで、他人から顔見知りにはなった。話すには話すけれど特に仲が良いわけではない。
俺は自分でいうのもなんだが人見知りせず初対面でもある程度仲良くなれるタイプだ。
ただ、松岡とは余り仲良くなりたくなかった。眩しいと言ったらいいのだろうか。とにかく苦手なタイプだったのだ。
そんな松岡は学校で思わぬ提案をする。
「でさ、七瀬。今度の大会のことなんだけど、メド継、やんない?」
「フリーしか、やらないから」
遙は、フリーにしか興味がない。それを知っていたから勿論リレーもでないものだと思っていた。
だからこの話もすぐ終わるだろうと聞き流していた。
「残りのバックを神宮にやって貰えば完璧だろ!」
いきなり話を振られても、状況がよく掴めない。
まさかメドレーの面子の話をしているのか
身体に緊張が走る。鼓動が高鳴った。
「松岡君、拓也はブレ専門だよ。バックも泳げるけど」
「そうなのか?泳いでるとこ見たことなかったから知らなかった」
「フリーしか泳がないって言ってんのに、勝手にリレーの話、進めんなよ」
その後は松岡が大きな声を出したりで一旦話が途切れた。
俺は恐怖から何も話すことができなかった。メドレーになんか出たら足手まといになるに決まってる。
***
「神宮くんは、七瀬くん達とメドレーでなくていいの?」
俺は松岡も苦手だが、矢崎もまた苦手だ。俺は笑って流すことしかできなかった。
あの時遙は恋をしていたのかな。人間に対する初恋…
今でも好きだったりしたらどうしよう
悲しいけれどすごく愛おしくなる。遙の中で恋という感情が存在することにだ。
”そういうのは良くわからない”
風が強く吹いた。図書室に春の暖かい風が入り込む
春の匂い
水の張られていないプールを見やる
春を越えて、今年もまた、夏が来る。