The prime

□espouse
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「はあ…で?その鮫柄と合同練習に」

「たっくんも参加しようよ!って話!」

朝校門前で待ち構えていた渚に一緒にお昼を食べようだなんて誘われたから何かと思えば…勧誘でした。そうだね、メールで済むところを態々待ってたくらいだもんね。うん。複雑な気持ちです。

真琴は申し訳なさそうに眉を下げているし遙は我関せずだ。
何も言ってこないあたりこいつらも渚案に賛成らしい。

「陸上部くんがいるならいいじゃん。俺が行かなくてもさ」

「念には念をって言うじゃん?それにやっぱり部員は多くて困ることは無いし!」

今回のことを承諾するとなし崩しに部員にされてしまいそうな雰囲気。
でも、折角取りつけた室内プールでの合同練習だ。他人ごとなのに駄目になってしまったら勿体無いと思う。それは、つまり、そういうことで

どう?どう?と近い距離で目をキラキラさせてしまうともう俺の答えは1つしか無かった。

「陸上部くんが泳ぐなら俺は泳がないからな」

酷く負けた気がしたのは何故だろうか。



***


鮫柄へ向かう電車内で、俺は噂に聞いていた陸上部くんと初対面を果たした。何となく興味があった俺と同じように、向こうも俺に何かしらの感情を持っていたようで

「人が足りないからどうしてもという話だったのに、どういうことですかこれは?」

「あ、俺マネージャーなんで、泳がないんで。安心して?」

いつから拓也マネージャーになったの?と遙に耳打ちする真琴はやはり華麗にスルーだ。遙がさあなと適当に流したり江ちゃんが部員が増えて嬉しい限りですなんて言っているのを耳にしながら陸上部くんに関心を戻す。

「僕だって仮入部ですし、今日は泳がないという約束で来たんですが」

「え?」

「え?ではありません。」

「まあまあ、怜ちゃん。この人は、ハルちゃんやマコちゃんの幼馴染で神宮拓也、あだ名はたっくんだよ!」

「どうも、2年のたっくんです。」

別に自分の名前に好き嫌いの感情は抱いていないが、女の子っぽい名前、男っぽい名前を持つ皆の中の俺が浮いているような意識をしてしまう。

「んでんで、こっちがうちのニュー部員の竜ケ崎怜。怜ちゃんだよ!」

「何度でも言いますが仮入部ですから。」

眼鏡をくいっと上げる動作がやけに似合う。
遙もさぞ似合うだろうと視線を投げると、瞳をうるうるさせていた。いつもの水に焦がれるタイムです。

「楽しみだな、屋内プール」

話しかければ、ふいと顔を背けて頷く遙。横顔が幼く見えて、なんだか昔を思い出した。


***


「(あぁ、流石は強豪校…でも、負けてない!)」

うっとりとした視線で筋肉を見つめる江ちゃんに同意しながら俺も遙を見つめていた。
真琴と話すときの上目づかいは何万回見たって飽きがこないです。

鮫柄の部長さんの話しに興味無さげに視線を逸らすその顔も可愛い、可愛いけれどあとでちゃんと叱らねばならない。人の話はちゃんと聞くようにと。

「お兄ちゃん!」

「凛ちゃーん!また一緒に泳げるね!今日はよろしくね」

「一緒に?ハッお前たちじゃ相手になんねえ」

部長の話を聞くフリをしながら数年ぶりに見た松岡。そのひん曲がりながらの成長に俺は驚かずにはいられなかった。思わず真琴にアイコンタクトを送るほどだ。真琴は一度ぱちくりと瞬きをした後いつものように困ったように笑った。

「何なんですか、アレ」

「まあ、色々あってね」

その言葉を聞いて遙の顔を覗き見るとやっぱり遙は自分は興味ないとでも言うようにじっと水面を見ていた。



「よし!それじゃあ一本ずつのタイムトライヤルから始めようか。ん?そこの君早く水着に着替えて。」

江ちゃんの近くで皆を見つめていると、練習は始まった。陸上部くんははたして大丈夫なのか。そして、何故2階に松岡がいるのか。

「いや、僕は」

「すみませーん!彼、水着忘れちゃったみたいで」

「はあ?一体何しに来たんだ。うちにある予備の水着を貸すから、早く着替えてこい。おい、似鳥。」

大丈夫ではなかったみたいだ。ご愁傷様です。まあ、スタート台近くにいたらそりゃあ突っ込まれるよね。うん。

「はい、こっちです。」

「すまないが、あいつの分も借りていいか?」

「ハル?」

「ええ、大丈夫ですけどでもあの方はマネー」

「マネージャーでもあり選手でもあるから、問題無い」

「たっくん、早くこっちに来て!」

「拓也先輩、行ってらっしゃい!」

「…え?」

プールサイドにいても回避不能だったようです。



「泳がないって約束だったはずじゃないですか…」

「右に同じく」

「大丈夫、タイムトライヤルって言っても練習だしちょっとくらい遅くても平気だから」

「だから、そういう問題じゃなくて!」

俺を挟んで会話する一年コンビの声を遠くに聞きながら俺は不思議と高揚していた。懐かしい感覚。いつもの自分の水着ではないからも手伝っているかもしれない。愛用の水着は今日も鞄の中にいる。いつだって水に入れるように

「貴方も!理不尽に泳がされることに何か不満はないんですか!」

「え、」

「あ、マコちゃんが泳ぐよ!」


心地よい笛の音で渚が飛び込み、真琴が帰ってきた。

「次は拓也で、その後は竜ケ崎君だね。」

「ん、行ってくる。」

「えっ」

笛でスタートするだなんて、いつぶりだろうか。遙とプールに行った時以来のスタート台。腹から落ちて痛いのは恥ずかしいなだなんて考えながら、俺は水へ飛び込んだ。ゴーグル越しの水。塩素の匂い。水を掻き息を吐く音。高鳴る心臓。

泳ぐことばかりに気を取られていた俺は、陸にいる竜ケ崎の困惑を知るよしもなかった。


「あれ?浮いてこないね?」

隣のレーンにいた俺は、遙が飛び込んだのを見てから身体が動いた。助けなければいけないのに咄嗟に身体が動かなかった自分が憎い。
そして、不謹慎ながら思ってしまった。遙、イケメン…
こういう非常事態時に冷静に動ける男ってなんでこんなに格好良く見えるのだろう。

遙の泳ぎを見ながら、俺の意識は松岡にばかり向いていた。色々な感情が混ざってしまって自分の気持ちが分からない。ただただ、気持ちが悪かった。



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