*頂き物*

□Cro.w様より
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ABCランドのジェットコースターにより、神隠しに遭って、広いこの会場内に取り残されるとは、渡良瀬幸は、思いもしなかっただろう。絶叫マシンに乗る人達の悲鳴、デートを楽しむ複数のカップル、家族、または友人との旅行者達。全ての声が混合して騒がしかったテーマパークは、一瞬にして消え失せ、代わりとして現れたのは、おどろおどろしいテーマパーク。
こんなはずではなかったはずだ。どこでどう間違ったというのだ。遭ってしまった当時は、不安と状況に困惑していた。
困惑しない理由が何処にあろうか。冗談もいいところである。
しかし、幸のその不安は、同じように神隠しに遭った人々の出会いで緩和し、また、支えになっていた。
とはいうものの、眠れない時もある。
布団の上で、幸は体育座りをしていた。
「幸ちゃん、幸ちゃん…」
どこか幼い雰囲気を残した、綺麗な金髪の髪を背中に垂らした少女が寄ってきた。神隠しに遭った一人、寒河江心である。言動も見た目も歳不相応に感じられるが、逆にそれが安心する。寝るためにと特徴的なツインテールは解かれているようだが、どうやら彼女も眠れないらしく、金色の目を擦っていた。
「どうしたの?」
返答は何となく解るが問い掛けると、心は横に座ってきた。
「眠れない……」
予想は的中した。
「そっか。私もなんだ…」
「友君達は…?」
「多分、見張りをしてくれてるんじゃないかな…?」
他の神隠しに遭ったのは、三人。いずれも男性だが、歳も近く、心も含め他人だが、皆このテーマパークから抜け出そうと考えてくれている仲間だ。
まだ実態が掴めないテーマパーク内で、見張りや偵察を特に積極的にしてくれている河野友をはじめ、男性陣は頼りになる。幸は、頭が上がらない。
「……はぁ、本当に眠れないね…」
「うん、疲れてるはずなのになぁ…」
五時になると、テーマパーク内に異変が起こる。信じられないが、物に生命が吹き込まれるのだ。メリーゴーランドの馬が動き出すというのが、例の一つだ。そう、例の一つに過ぎない。他にも、まだ知らないところで何か動き出しているかもしれない。そんな心配もあって、疲れているのに、空腹感もなければ、夜にふさわしい睡魔もない。
「…見張り、大丈夫かな……」
そう幸が漏らすと、心が欠伸を一つ漏らし、立ち上がる。
「幸ちゃん、友君の所いこ?」
「え、友君…?」
鸚鵡返しに聞き返してみる。
「いつも見張りやらせちゃってるし、話してれば、眠くなるかなって……」
「あぁ、まぁ……なくはないよ、ね…。夕方はあんなだったけど、今は静かだし…大丈夫、かな…?」
「ねぇ、いこ…?」
袖を控えめに引っ張るあどけなさにやられたのかなんなのか、幸は立ち上がって布団から出た。




静まり返った廊下を歩いていくと、目的の人物のところまで辿り着いた。サンバイザーが印象的な青年、河野友である。
「あれ、二人ともどうしたの?」
少し驚いたように問い掛けてきた。
「私も心ちゃんも眠れなくて、そしたら心ちゃんが、友君の所に行くと言い出して…ですね…」
「話してれば眠くなるかなって思って…」
「あぁ、そういうこと…」
苦笑を浮かべる友。すると、自分の横にどうぞというように、床を軽く叩く。
「どうぞ、座って? でも、眠くなったら、ちゃんと帰るんだよ?」
「解りました」
「はーい…」
もうすでに眠そうな気の抜けた返事をする心。幸は友が示してきた横に、少し距離を空けて座る。すると、後からきた心が、友を挟んだ反対側に腰を下ろした。
「え、心ちゃん…?」
おそるおそる声をかけると、心は小首を傾げた。
「この方が、友君が温かいかなって思って」
「あ、温かいって…」
密着こそしていないが、この程度の距離ならば、僅かに体温を感じ取れる距離だ。
「ハハッ、心ちゃんは優しいね、ありがとう。幸ちゃんも、もっとこっち来たら? ……あ、ひょっとして警戒してる?」
「ち、違います! 違いますけど……あぁ、はい、じ、じゃぁ、お言葉に甘えて………」
大きな声を上げてしまい、しまったと音量を落としたものの、続く言葉が見つからず、気持ち距離を詰めることにした。
「で、なんの話をするの…?」
振ってきたのは友だ。いざそう聞かれて、幸はそういえばという顔をした。この事態に巻き込まれただけで、他人も同然だ。話といっても、何をしていいか解らず、幸は思考を巡らせる。
「…あたしね、学校楽しみなんだぁ」
唐突に言ってきたのは、心だ。
「あぁ、そういえば二人は春から新入生なんだっけ? 初々しいなぁ。俺も去年の今頃はそんなこと言ってたかも」
友が、幸と心の顔を交互に見る。
「友君は、春から二年生になるんでしたっけ…?」
「うん、そうだよ。実感ないけどね」
短めに笑いを漏らす。
「制服、まだ見てないから楽しみなんだ。幸ちゃんのところは、ブレザーなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「早く見たいなぁ」
「楽しみって思うのは案外、最初の方だけってオチもあるけどね」
「ああ! 友君、楽しみを削らないでよぉ!」
「ごめん、ごめん…」
言い合う二人を横で見ていた幸は、それを眺めながら、無意識に呟く。
「兄妹みたいだなぁ…」
「「………?」」
二人の目線が一気に幸に向けられ、幸ははっとした顔つきになる。
「あ、ごめんなさい。変な意味じゃなくて……! 髪の色も似てるし、友君のお兄さん肌がすごい窺えたので…」
「あぁ、確かに……」
友は毛先をつまんで、心の髪と見比べる。心も自分の前髪を見ようと、上目にする。
「あたしは、友君みたいなお兄ちゃんもいいけど、幸ちゃんみたいなお姉さんもほしいなぁ」
「……え…」
幸は心と目を合わせる。
「ぬいぐるみとか、一緒に作りたいもんっ」
くまのぬいぐるみをあげるという約束していたことを思い出す。
「俺も二人みたいな妹だったら歓迎だなぁ」
「ホントッ!?」
「歓迎じゃないって言ったら?」
「酷い!」
「そういうと思った」
静まり返った夜に、そんな和やかな笑い声が控え目に響くのだった。




「み、幸ちゃんと心ちゃんがいないっ!?」
翌朝、新は慌てて探していた。急いで友の元へ向かって何か知らないかと聞きに行くところである。
「て、仁君…?」
友の見張りの所で、仁がある一点を見つめて立ち尽くしていた。ちょうどいいと、走り寄りながら聞く。
「仁君、幸ちゃんと心ちゃん見てないっ!?」
すると、仁は視線を動かさずに、自分が見つめる先を指差す。走り寄った新が、仁と並んで見たその光景に、新は思わず笑ってしまった。
「……ハハッ、仲良く寝ちゃってる…」
目の前では、肩を寄せあって寝ている、友と幸、心の三人が静かに寝息を立てていた。
「…こんな時に、暢気だな……」
「まぁ、こういう状況だとリラックスしにくいっていうし、逆にいいんじゃない?」
「………」
仁は何も言わずにその場を去る。
新はもうしばらく寝かせておこうと、その場を静かに去っていった。






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