短編置場

□《妖》シリーズ
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手の届かぬものに焦がれる

美しいものにほど強く

其れは人の性



【 命奏琴 】



 庭に、月が降り立ったようだった。眩い(まばゆい)ばかりの金色(こんじき)が目を奪う。
 羽根は、針のごとくに鋭く細い。これで空を飛ぶとは信じられぬ。よくよく見れば、一本一本の針の間には透ける膜が張られている。

 金色の大鳥は庭に降り立つなり片方の翼を体の前に折り僅かに身を沈め、優雅に辞儀の礼をとった。そうすると、眩く輝きを放っていた輪光がすっと落ち着き、細かく並んだ針達が淡く明滅を繰り返すまでに穏やかになった。もう手を翳さずとも良い。

『お逢いしとうございました。奇(き)なる貴(とうと)き方』

 澄んだ声が、頭の中へと直に語りかけてくる。
 ああ、どうやらこれも妖のようだ。

『この声を聴き、理解なさる貴き方。この空間は大変居心地がようございます。同胞の匂いに満ちている為でしょう』

 直り、扇のように羽根を畳む。長くほっそりとした首から胸、胴から尾への流麗な線がまた美しい。
 
「同胞とは?」

『我ら妖と呼ばれる者は皆、同胞でございます』
「この館は、そなたらの匂いに満ちているか」

『左様にございます』

 うっとりと見惚れつつ問うと、答えは慇懃に返される。

「此処は、現世か?」

 金の鳥は黒い瞳を細め、優美な冠を載せた頭を数度僅かに振る。

『それは曖昧でございます。漂う空間とだけ申し上げられます』

「そうか……。そなたの名を、聞いてもよいだろうか」

『我が名は、命奏琴(めいそうきん)。命――すなわち我らの名を奏でる琴にございます』

「命奏でる琴、か。たしかに、そなたの光はほんに美しい。月が庭に降りてきたかと思うた」

『お褒め頂き有難うございます。我が同胞の中に貴方からの賛辞に心浮き立たせる者が居りますが、透かしても嘘の見えない様に驚いております』

 なるほど、嘘を透かせるのか。妖というものは余程純粋な生き物なのだろう。だからこんなにも美しいのかも知れぬ。
 

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