短編置場

□《妖》シリーズ
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我が館には、決してその姿を見せぬ小間使いが居る。



【 緋影 】



客の無い夜は暇が出来る。
元より人目を避けて引き籠もる身ゆえに致し方無いことではあるが、だからといって、早々に臥してしまうのは勿体無い。

このような夜に一人、月見酒も良いものだ。

今宵の肴である月は、弓のように鋭利なその姿を隠すことなく見せている。

空になった盃(さかずき)を胡座の膝へ下ろすと、すぐに満たされた。酌をする、やや斜め後ろに控える気配に向かって呼び掛ける。

「緋影」

「はい。旦那様」

女人の声で控えめに返ってくる。
私は三日月を見上げたままで盃を口へと運びながら問う。

「振り返っても良いだろうか」

「なりません」

もう幾度目かの拒絶。
他に何を言い付けても愚痴一つこぼさず働くこの小間使いは、唯一自身の事象にのみ、口を噤むかあるいは今のようにはっきりと言葉で拒む。


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