novel

□÷2
1ページ/7ページ

午後から崩れ始めた天気は、ホームルームを終える頃には土砂降りの雨に変わっていた。

放課後の教室に残って小降りになるのを待ってみたが、一向にその気配はなかった。

靴箱でスニーカーに履き替えている途中、クラスメイトが後ろを通り過ぎていった。

屋根の下、空を見上げる彼の手に傘はなかった。

「北川、今帰り?」

「うん。でも雨が止まない」

北川の視線は再び空に向けられた。

俺は北川の隣に並んで、同じように空を見上げた。

「傘、ないのか?」

「忘れて来た」

「へえ、北川も忘れ物とかするんだ」

意外だと呟くと、北川は静かに微笑んだ。

「皆が言うほどしっかり者じゃないよ、俺は」

「生徒会長がよく言うよ」
俺も静かに笑った。

不意に訪れた沈黙が、じりじりと胸を焦がした。

手を伸ばせば触れられる距離に北川がいる。

それだけで眩暈がしそうだった。

目だけをそろそろと右斜め上にずらすと、北川と目が合った。

「あ」

「うん?」

北川が首を傾げた。

目が合ったから口を開いてしまっただけで、話があるわけではない。

だが口を開いた以上、何か言わなければ。

慌てる俺の目に傘立てが飛び込んだ。

「置き傘、使っちゃえば?」

北川は緩く頭を振った。

「置き傘は使わない主義なんだ」

「そっか」

相槌を打ちながら、頬が赤くなるのを感じた。

思いやりのない奴だと思われたに違いない。

「そうだ、よかったらこれ使って」

折り畳み傘を差し出すと、北川は目を丸くした。

「でも、桜井は」

「俺の家、すぐそこだから」

「ありがとう。でもいいよ。俺ん家もすぐそこ」

北川は、笑ってやんわりと傘を押し戻した。

「走って帰るよ。また明日」

「……また明日」

後ろ姿があっという間に小さくなる。

俺は傘を差し出した手を下ろし、深く息を吐き出した。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ