結ぶ黒揚羽

□同期の桜
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「あ゛〜超やる気ねぇ〜……」
 舞い散る埃の中、銀時のだるだるの言葉さえも、口当ての布ごしに漏れてボタリボタリと床に落ちていってる。
 障子にはたきをかける手は止まることなく動いているが、口も動く。出る言葉はネガティブなものばかり。
 自分の家すらもマメに掃除をしないのに、他人の家の掃除というは余計に面倒くさいものだ。しかし、この長屋の大家さんからこの家のハウスクリーニングを頼まれた経緯から、依頼されている以上やらないわけにはいかない。

 ……とは言いつつも、銀時ははたきをかけつつ、壁に掛かっている額縁の裏なんかを覗いている。
「金……ないか」
 畳に掃除機をかけては、畳の隙間を念入りに吸っている。そういう所にたまに小銭がかかる事があるからだ。
「銀ちゃん!ちゃんとクリリングしてるアルか!?」
「いちおーやってるやってるー……」
 神楽の声に、見つけたエロ本を拾おうとした手がビクリと止まった。
 ちょっとドキドキしながら、軋んだ歯車のように銀時は神楽に振り返る。

「……おい」
 しかし、当の神楽はというと、既にジャンプに夢中になっている。傍らの本棚を見ると途中まで漫画が詰まっている。
「おめぇも人の事いえねぇじゃねぇか。ちゃんと掃除完了するまで漫画禁止!」
と言って、神楽からジャンプを取り上げようと掴んだ。
「ちょ、待ってヨ!今クリリングがトランクスを洗って……」
「もう掃除と龍玉が混ざっているようなオメーには、ジャンプ読む資格はありません!」
 二人の間では必死に耐えているジャンプが。
 耐えろジャンプ!お前が破れたら(夢が)おしまいだ!!

「ちょっと、アンタ等いい加減にしてくださいよ!仕事しに来てんだから!!」
 そう言って新八は、銀時と神楽をも掃除ついでに箒で二人を外へと追い出してしまった。


「……と、いつもならこうなるはずなんだけどなぁ〜」
「……そうアルね〜……」
 さらに散らかった部屋。千切れたページと半分に割けたジャンプが床に転がっている。
 そんな惨事になった部屋を目の当たりにする二人。逝ってしまったジャンプ。しかし、本棚の傍には、まだ数冊のジャンプ達がいる。
 神楽はジャンプネクストを、銀時はジャンプSQを開いた。
「番外編面白いアル〜」
「そういや、toらぶるが乳解禁したっけな〜」


 ――……。
「はぁ?」
「ええ、ですから明日、僕休みます」
「え?なんで?」
 新八の言葉に、ようやっとソファで寝ていた身体を起こす銀時。
「もうっ僕、先週のうちに同窓会で休むって言ってたじゃないですか」
「んだったか?それにしてもお前等が同窓会だぁ〜?」
「なんですかその顔は」
 顎をしゃくれさせて言う銀時に、新八のジト目が振りかけられる。
「やめとけやめとけ。同窓会だやれクラス会だなんだってのは、成長した友達の姿を見るより、相手の煌めきを見せつけられて、己のみみっちさと、愚かさと汚さとかを痛感させられるもんなんだよ〜?……ってアレ?」
 長い演説が修了した。どれだけ同窓会に悪意を抱いているのだろう。
 新八は銀時の話も聞かずに、神楽におやつのどら焼きを出していた。
「神楽ちゃん、ちゃんと手洗った?」
「洗ったアル」
「銀さん。おやつ食べないんですか?神楽ちゃんにとられちゃいますよ?」
 テーブルに置かれた人数分のどら焼きと麦茶が並べられていく。




『新ちゃんのいない一日』
 午前中に 箒ではいて〜
 三十三円拾ったよ〜
 
 デリヘルデリヘルデリヘルル〜
 デリヘルデリヘルルルル〜
 
 お昼にはジャンプ破いて〜
 午後には漫画をめくって〜
 おやつには豆パン食べて〜
 日暮れにも漫画をめくって〜
 しまいには雑巾投げて〜
 夜には(仕事していない事に)気づいてケンカするばかり〜
 
 デリヘルデリヘルデリヘルル〜
 デリヘルデリヘルルルル〜

※ロツヤ民謡『一週間』の曲でお楽しみ下さい。

 

 外からチンドン屋の賑やかな音が聞こえてくる中、神楽と銀時は豆パンを食している。
「また豆パン……。たまにはボッキーとかポテチとか食べたいアル」
「おやつがあるだけでもあり難いと思え神楽。世の中にはな、泥水すすって暮らす奴等もいるんだよ」
 そう言って、銀時は床に転がってしまった豆を大事な糖分。とばかりに口に入れた。……ただ単に食い意地が張っているだけともとれるこの行動。はたしてそれは言葉通りの行動だったのか。

 

 一方、新八はタカチンと共に、ある店の暖簾をくぐった。
「ちわーッす。おやっさ……あれ?」
「こんにちは〜……あっ!」
 中へ入って早々二人が、注目するのはカウンターの向こうで仏頂面でシャリを握り、ネタのイカを手にしていた幼馴染の姿だった。
「よう」
 そいつは顔を覗かせた二人に気づく。軽く挨拶するとまた視線をシャリへと戻した。
「なんだよ一平!おめぇん家で同窓会だっつーから、親父さん握ってくれると思ってたぜ。おめぇが握ってんのかぁ。マジかっけーじゃんか!」
 声を大きくしてカウンターへと新八より先に座るタカチン。自分も座ろうとしたところへタカチンよりでかい声がかかった。
「新八くん久しぶりだねっ」
 声も大きいが口も大きい女性は新八を見て微笑んでいる。
「えっ?……ななっち!?」
「そうだよ〜わかんなかった?」
「あ……うん。ごめん」
「ヤバイ!新八くん全然変わってなさすぎ〜」
 これまた大きな声で笑っている彼女に新八は「悪かったねっ変わってなくて」とカウンターに座った。




「おい神楽漫画読んでねーで掃除しろって」
「銀ちゃんこそ漫画読んでるだろーが」
「ちがいますぅ。俺は……掃除しながら読んでるんですぅ」
 と、左手の雑巾を振り回した。一応、これで掃除やっているというつもりらしい。持っているだけ。
……しかし、その数十分後にはその雑巾は床に投げ出されて、床の上で序々に乾いていく雑巾の姿があった。



(あぁ……みんな輝いているなぁ……銀さんの言う通りだ) 
 新八達より遅れてきた男共も店にやって来て、本格的に同窓会という名の飲み会が始まった。貸切なので皆、遠慮なく騒いでいる。
 新八が笑っていても、どこからかやってくる負け犬にその居場所を追われてゆく。自分のみじめさにどんどん溺れていくのが感じ取れた。
 新八の隣に座っているななっちは新八の反対隣の友達と親しく話している。しかし、その彼女にとっては友達という間柄ではなかった。その新八にとっての友達と彼女は付き合っている。と彼女から言われた。
「タクってななっちと付き合って……たんだ」
 そう言うと、タクと呼ばれた男は新八の方に顔を覗かせてへらりと笑った。
「周りはもう知ってるぜー?あぁ、新八は携帯持ってなかったもんな」

 周りから取り残されてゆく自分。変わってゆく周り。
 カウンターの向こうで黙々と、友達が遠慮なしに注文する寿司を握っている一平なんかは、現在は親父さんが入院中だとかで店を任されている。
 一方、新八の方は、彼女いない(ブラウン管の向こうにはいるが)、うだつも上がらない、給料も不安定な半プー生活。
 それは、どうやらタカチンも同じだったようで、タクとななっちのキラキラに照らされて、椅子に座り、ボクシングのグローブを手にはめたまま、真っ白く燃え尽きている。

「た、タカチン!?」
 タカチンの姿を見た新八の足元に負け犬が纏わり付いて口を開いた。
『へっへっへ……よう兄ちゃん。気分はどうだい?』
 額に肉ではなく、『負け犬』と書かれているバーコード頭のおっさんの顔した人面犬が新八の様子を伺っている。垂れ耳、尾がすごく短い。巻ける尾もなくて、尻尾巻いて逃げる芸当も出来そうもない。

 新八がその犬(?)がとことこと歩く後を目で追うと、いつのまにか店内に増えている負け犬の群れ。
 タカチンの背後には誤留誤13のような鋭い目つきで狙撃銃を構えている負け犬がいる。
「ななとタクの奴、何贅沢な言い争いしてんだぁ?……俺達には彼女もいないってのに……」
と、新八やタカチンと同様彼女いない暦=年齢の友達がぶつぶつ言っている。そいつの傍らには、負け犬とどっかの貧乏そうな少年が互いに寄り添っている。
『ほら、バトラッシュ……あれが【彼女のいないニート】の絵だよ……ねぇ、僕とても眠いんだ』
『勝手に寝ろよ』と、負け犬がそっぽ向いて貧乏少年を無視した。
(おぃぃぃ!!ねろが永久に寝てしまうぞ!!いいのかバトラッシュゥゥ!!!)
 天井から醜いおっさん顔の髭ば生えた天使が降りてきて、少年と友達を連れて行こうとしている。

 そんな連れて逝かれそうな友達の前にコトリ。と酒の入ったコップが置かれた。
「落ち込むなよ太助……。今日はせっかくの同窓会なんだから飲もうぜ。お前は幸せだよ」
 新八は一平のめったに見られない笑顔と口数の多さに驚く。しかし、その一平の横にも負け犬が。カウンターの上で腰を落としてウンコ出そうとしていた。
「俺なんか親父に店任されているけど、お袋いねぇから、弟妹の世話もしなきゃなんねぇし、強盗に店の売り上げ全部持ってかれちまったし、寿司の味落ちたってんで、常連は離れていくし……」
 そいつもカウンターに突っ伏して、酒を呷っている。その頭の上ではマグカップに入った負け犬プードルが優雅に、目玉親父のように湯に浸かっている。
 ななとタクの肩にも負け犬が圧し掛かっている。
『ほら、言っちまえよ。あんたのセックス下手なんだよってな』
 負け犬は彼女に囁く。
『こんな女と別れて、向かいの家の人妻と身体だけの関係持った方が絶対楽だって。女と付き合うなんて面倒くせぇんだしさ』
 男の肩に乗った負け犬も彼氏に囁く。
 負け犬のニヤニヤとしたドヤ顔と吐く息が店内に充満していく。負け犬達の笑い声もどんどん大きくなってゆく。
「ま、まずい……っ!!」
 負け犬がどんどん増えていく。人の負の感情も膨れ上がってゆく。やがて一平がタカチンの胸ぐらを掴みだし、太助が天使によって天に召されそうになり、ななが包丁を持ち出し、彼氏に向けた瞬間、それは一瞬にして吹き飛ばされた。
 
ドゴォォォ……!!!!
「!!?」
 店へと飛び込んできた衝撃と破壊音。壊れた扉とぼろぼろになった店内。
 店内に巣くっていた負け犬達は驚いて一斉に外へと逃げ出した――……。と思ったら、外の何かに吸い込まれてゆく。
 そこには――……。




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