歌劇の王子様

□BN 1
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side N

帰りついた家は冷たい空気と暗闇に満たされていて、何だか切なくなった。

『俺に惚れてよ。』

彼の言葉をリアルに思い出す。

『俺、マサが好きだよ。』

真剣な彼の眼差しを思い出す。

「……どーしろっつーんだよ……。」
閉めた玄関ドアに背中を預け、途方に暮れて深くため息をつく。
頭の芯が痺れたように気持ちが乱れる。

彼の事を好きかキライか?と聞かれれば『好き』だ。
作り物めいた端正な顔にバランスの良い長い手足。
ちょっと人見知りで近寄りがたいクールな雰囲気も自分には無いもので羨ましく思う。それに好きなのは外見だけではない。
話してみれば大人びた見かけに反して年相応にやんちゃで楽しいことが大好きで、気に入った相手には犬のように懐き、そして仕事には真摯な態度で臨む。
容姿も性格も自分とはまるで別なのにまるで昔からの友人のように空気のようにすんなりと自分の隣に並んだ彼の事を嫌いになる理由はない。

『好きだよ。』

彼の声が頭の中でくりかえす。
触れた唇の感触を思い出す。
「……っ。」
心が騒めく。

自分の気持ちは彼の真剣な想いに釣り合わない気がして堅く目を閉じた。

暗く冷たい家に独りきり。必ず来る明日から逃げ出したくて、夜明けなど無くなればいいと心から願った。
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