逆門2

□8.羽
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「えーっと…大丈夫、か?」
「う…」

霞み行く視界の中で、俺は。


天使を、見た。


羽生の子ども。


殴られることには慣れている。
生まれつきだというのに、この色素の薄い髪も、瞳も、どうやら周りからは受け入れがたいらしい。

何かにつけて厄介者扱いされ、何かが無くなればこれ幸いとばかりに犯人扱いだ。

人なんて、そんな生き物。
自分と違うものを排除する。

その日も、何が原因だったかも思い出せないが、何かしらのいちゃもんをつけられて。
ボロボロにされた。ま、何時ものことだけどな。
その、ボロボロの俺に、声をかけてきた珍しい奴。

それが、今俺の隣をパテパテと必死に歩いている子どもだ。

歩くのが苦手らしいコイツは、時折何も無い所で足を縺れさせては俺の足にしがみ付く。
そして、必ずこう言うのだ。

「あ、ごめんな、不壊」
「あぁ、かまわねぇぜ、兄ちゃん」

その言葉に何時ものように返して、再びゆっくりと歩き出す。
普段なら5分で着くような場所に倍以上の時間をかけて到着すれば、途端子どもはきらきらと目を輝かせた。

「ふ、不壊っ!本当にいいのか?」
「あぁ、好きなのを選びな」

俺の服の裾を小さく引っ張って、本当にいいのかと念を押してくる子どもに苦く笑いながら首肯する。
それを確認した途端、子どもは嬉しそうな笑みを浮かべるとあちこちへと移動を始めた。

あーでもない、こーでもないとひとしきり呻ってから、子どもが手にしたのは、小さなチョコレート一つ。

「不壊、これ欲しい!」
「…これだけで良いのかい?」

もっと別の…例えばケースに入ったようなある程度大きなものを予想していた俺は、思わず尋ね返す。
しかし子どもはこれがいいのだと頷いた。

流石にチョコレート一つ買うだけと言うのも何となく忍びなくて、あまり好きでもない缶コーヒーを一つ追加してレジへと向かう。

「150円になります」

店員の声に頷いて、代金を払った。

「150円丁度頂きます。袋はご一緒しても宜しいでしょうか?」
「あー…袋はいらねぇ」
「畏まりました、お印だけさせていただきます。レシートのお返しです」

レシートをクシャリと丸めてコートのポケットに突っ込むと、品物を持って店を出る。

「ありがとうございました」

店員の声が追いかけてきて、置いて行かれまいと必死に走る子どもが足に張り付いて、ゆっくりとした足取りで自動ドアを通り抜けた。

周りに人気はない。

それを見届けて、隣を歩いていた子どもは宙を蹴った。
身体は宙に浮き、背中には、真っ白な羽根がせわしなく動いている。

「オイオイ、もうギブアップかい?兄ちゃん」
「ち、ちげーよ!オレのペースで歩いてたら不壊、家に中々着かないだろ?!」

顔を赤くして必死に言い訳をしてくる子どもは、本当に歩くのに疲れたわけではないらしい。
子どもの心情を分かりながらも、ついつい意地悪く問いかけてやりたくなった。

「俺は別に急いでねぇし、ゆっくりでもかまわねぇんだぜ?」
「う゛〜〜〜」

意地悪だ。と呟きながら俺の横を飛ぶ子どもに、小さく笑う。
そうして、ポンと頭に手をのせてかき混ぜた。

「わりぃわりぃ、早く家に帰って…それ、食べるか」
「おう!」

先ほどから嬉しそうに手に持って離さないチョコレートが、早く食べたくて仕方がないらしい。
先ほどまでよりも若干、進むスピードが速くなった。


この、小さな天使(らしい、本人曰く)が俺の目の前にやってきたのはほんの偶然。
仲間と仕事に来ていたところに俺が倒れていて、心配に思ったらしい。

仲間に一言も告げずに俺の側に来て、声をかけたのだ。

「えーっと…大丈夫、か?」

その時は、幻覚が見えていると思った。
俺の顔ほどしかない全長、背中に生えているようにしか見えない白い羽根。
そして、驚くほどに近くにあった、真っ直ぐなこいつの眼。

それが幻覚ではないと知った時、こいつは、今度は泣いていた。

「お、オイ?」
「仲間と…はぐれた…」

大きな眼に涙を溜めて、ポロポロと零す姿に、らしくも無く加護欲を駆られてしまった俺は。

「家に来るかい?」

なんて、更にらしくもない言葉を吐いてしまったのだ。
おかげで、『良い人』と認識されたらしい俺は、この小さな天使に懐かれている。

「オイオイ、たかがチョコレートだろ。そんなに嬉しいもんかい?」

家に着いたとたんにチョコレートの包装を嬉々として広げ始める子どもに、思わず呆れたような声が出た。
その声にむぅ、と頬を膨らませると、子どもは実に子どもらしく声を上げる。

「不壊にはわかんねぇよ。このチョコレートにオレがどれだけ幸せになってるかなんて!」

んべーと舌を突き出してムキになっている子どもを「そうかい」と一言で流して、出会ってから一週間、全く帰ろうとしない子どもに言葉を続けた。

「ところで、帰らなくていいのかい?仲間だって心配してるだろ」

その言葉に、子どもはにっこりと笑む。
その笑顔に、思わず気圧されてしまった。
子どもが笑顔なのは何時もの事なのだか、今回の笑みは、何時もと何かが違う。
ほぼ直感的にそう感じた俺は、何か言葉をかけることも出来ず、子どもの言葉を待った。

「知ってるか?不壊」
「何をだい?」

相変わらずの笑顔、しかし子どもの言わんとすることが上手く掴めなくて、訊ね返してやる。

「天国への門ってな、大体夜開くんだ」
「へぇ、そうなのかい」

おそらく子どもと出会わなければ一生知りうることの無かっただろう言葉に軽く相槌を返せば、「それでな?」と、子どもは真顔でさらに言葉を続けた。

「オレ達天使ってな?ごく一部を除いては全員鳥目なんだ」
「……はぁ?」

予想だにしなかった言葉に、思わず間抜けな音が漏れる。
おそらく今自分はこの声と同じくらい間抜けな顔をしているんだろうと、どうでも良いことをうっすら考えつつ俺は口を開いた。

「じゃぁ何かい?兄ちゃんは帰りたいが夜目が利かねぇから帰れなくて、仲間もお前を探し出せないって言うのかい?」

コクリと頷かれる。
それは、肯定だ。

「クリスマスなんかさ、よく『天使が降る夜』って云われるだろ?」
「あー…ホワイトクリスマスなんかは雪をそうやって例える奴もいるな」

いきなり話が変わったことに気にするでもなく返事を返す。
何故だか、嫌な予感がした。

「あれって比喩でもなんでもなくてさ。クリスマスは天使達にとっても一大イベントだから、浮かれすぎて…皆落っこちるんだ」
「オイオイ…マジかよ…」

自分の感じた嫌な予感が当たらずも遠からずな答えを返されて、思わず額を手で覆う。
例えでもなんでもなく本気で天使が降ってきているなど、誰が思うのだろうか。

「で、その落ちて迷子になった天使を、神様が助けにきてくれるんだけど、神様、忙しいからその時に他の時迷子になった天使も探すのな?」

「だから」と繋げられる言葉の先が手に取るように読めた。
ニコリと子どもが笑う。
あぁ、もうどうにでもなれ。

「クリスマスまで、よろしくな、不壊」
「…しゃぁねぇな」

まぁ、食費もそんなにかからねぇし、こいつのことが嫌いなわけでもねぇし。
良しと言うことにしておくか。

End.

(じゃぁクリスマスまで精々オレを幸せにしてくれよ?天使さん)
(おう!…って言ってもオレ大したこと出来ねぇけどな)
(天使にはそれぞれ役割でもあるのかい?)
(おう!オレは人と仲良くすることの手伝い担当!)


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