厚さ5ミリの特注レンズ

□厚さDミリの特注レンズ
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その日、少年ロゼッタはいつもの様に、太陽がてっぺんまで昇った頃に二枚重ねにしたもこもこな布団の中で目を覚ましました。
低血圧なのでしょうか。目は開けているのになかなか身体が起こせません。ロゼッタはずしりと重い布団の中で大きく数秒間伸びをしてやっとこさのそりと起き上がりました。その拍子に被っていた“先っぽにふさふさのついた帽子”がふわりと、頭の重みで潰れた枕の上に舞い落ちました。髪の毛が乱れないようにするやつです。
お尻を支点に左向け左。ロゼッタは自分の部屋を見回しました。起きてからもう一分以上は経っていそうですが、焦点は全然合っていません。それは彼が、言わずと知れた大近視、「超ド近眼のロゼッタ」であるからです。
ロゼッタはベッドに腰をかけたまま、これまた大きな伸びを数秒間、それからひとつため息をつき勢いよくその場に立ち上がりました。勢いがよすぎたせいか、何だかくらっときてよろけましたが、すぐに体勢をたてなおしました。
ふと、ロゼッタはベッドの頭の脇にある小さな木の台に目をやります。いつも彼が寝るときに外したメガネを置いている台です。長い間使っているので側面が少しひび割れています。
台を睨んでいたロゼッタはその光景がいつもと違うことに気がつきました。目的の、昨晩絶対置いた筈の、命より大切なメガネ(のシルエット)が、なんとまあその場所から見事に消えているではありませんか。本来メガネがある筈のその場所には、かわりに何か白くて四角い薄いもの(のシルエット)がのっかっていました。
ロゼッタは顔を近付け、焦点距離5センチメートルの眼でそれをじろじろ眺め、そこでやっとその物体がどうやら手紙が入っていそうな封筒であることに気付きました。
その封筒は糊付けはされていなくて、男の子が持っていたらちょっと人格が疑われそうな可愛い少女漫画系の女の子がプリントされたシールで封がなされていました。ロゼッタは急いで封筒の端をビリビリと破き、中身――先程とは違う作者さんが描いたと思われる、シールと同じ容姿の女の子がプリントされた一枚のB5サイズの便箋を取り出しました。
そこには、

――お前のメガネは預かった。返してほしくば私の城まで来るがいい!!
偉大なるキャシオ・ブラスター――

と、その便箋にしては妙に整った字で書かれていました。
さてキャシオ・ブラスターとは、この“ネバーランド王国”を統治する、誰も認めていませんがいわゆる王様です。何か面白い事を思い付くと自分街道を爆走し始めるどーしようもない危険人物です。全然偉大ではありません。
ロゼッタは血相を変えてその便箋を握り潰し、今自分の真下にあるごみ箱に思いっきり投げ付けました。しかし見事に外しました。ロゼッタは仕方なく膝を折りそれを拾いなおし、今度はよく目を凝らして入れました。エコロジーです。
気をとりなおして、
「くそっ!“お間抜け札使いキャシオ”め!!いつもいつもみんなを困らせることばかりしやがって!!許さないぞ!!この俺が成敗してやる!!」
いかにも正義の味方っぽいことを言いました。
おっとここで補足ですが札使いとはキャシオ王の本職で、お札に書いてある文字の力で不思議な力を発揮できる力を持つ者の事を言います。世の中には全部で二人しかいないというレア者です。文字を書くのは別に札じゃなくてもいいという噂もあります。
ロゼッタは支度を始めます。まず始めにパジャマを脱ぎいつもの格好――Tシャツに茶色いジャケットに薄紫のズボンに着替え、それから洗面所に直行し適当に髪を水で濡らしてドライヤーをかけ、それからコンタクトをつけました。…ってあるのかよ。
「くそう…。メガネの俺の方がカッコイイのに…。んでたまに外して『ロゼッタ君素顔もイケテルわ』とか言われるのが快感だったのに…!!あのブルーヘッド野郎め…!」
因みにキャシオは生まれながらの青髪です。これがまたかなり綺麗なんです。羨ましい。
「いてっ」
洗面所から出ようとしてドアに肩をぶつけました。成る程コンタクトの度が足りないようですね。これは一刻も早くお間抜け札使いキャシオを倒さなければなりません。
右肩を押さえながらロゼッタは台所に向かい、冷凍庫の中のものを適当に出してレンジでチンして食べました。
食べ終わり、皿を片付けようとステンレス製の流しの前まで来たところで、
ピキーン!!
と、あることを閃きました。
まずロゼッタは戸棚に閉まっておいた寒天の素を奥の方から引っ張りだし、今度は手前にあったイチゴパウダーなるものを手にとり戸棚を閉めます。戸棚にはいくつか扉があって、今度は隣の扉を開けボウルやらなんやらそれっぽい一式を取り出しました。
もうわかりますね。ロゼッタくんはゼリーを作ろうとしているんです。ここでいきなり歌い出す人なんていませんからね。簡単な演出です。
そしてあっという間にゼリーは完成。支度を整えたロゼッタは勢いよく家を飛び出しました。
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