そのきにさせないで



畳の上で胡坐をかいて、両手を頭の上で組んで壁にもたれる。そうしてぼんやりと待ち人のことを眺める。
田島が花井を待つ時のスタイルは大体こう。

花井は田島から1m程離れた所で部誌を書いている。

「帰んねェの?」

花井が机上に視線を落としたまま言った。
部活が終わって暫く経つ。部室には二人以外誰もいない。

「んー」

返答なのかただの相槌なのか、田島は曖昧な返事をした。
どうせ花井のこの問いは、田島の答えを必要としていないから。
花井は、田島が帰らないと解っていて聞いてくるのだ。暗に「帰れば?」の意味を込めて。
そうやって田島と距離を取ろうとする。


チャ、と小さく音をたてて花井が眼鏡を外した。部誌記入終了の合図だ。
田島はそれを確認してそそくさと四足歩行で花井に近づいた。素早く花井の隣に回る。

「なに?」

花井が田島に顔を向けて聞いた。
わかってるくせに、と思う。

田島は何も言わずに右手をそっと花井の左頬に当てた。そうしてゆっくりと顔を近づける。
花井は避けずに目蓋を下ろした。

うすく口を開いて唇を押し当てる。花井の口も僅かに開いていて、そこから舌を差し込んだ。
口内を一通り撫でて奥に引っこんでる花井の舌をツンツンとノックすると、逆らわず田島のそれに絡んできた。
お互いの口内を舐め合って、吸って。角度を変えて何度も口付けているとだんだんと息が上がってくる。
どちらのものともつかない唾液が口の端から零れて、田島は花井から顔を放した。
頬の天辺を少し赤くして、潤んだ目で田島を見てくる花井はどう見たって誘っているとしか思えない。
なのに―――

「花井、好きだよ」

「アホ抜かせ」

コレである。





田島は花井を好きだと思っている。だけど花井が認めてくれない。
田島が好きだと言う度、花井から返ってくる言葉は『寝ぼけんな』だの『勘違いすんな』だの。
呆れた顔で言われるのだ。

『お前はオレが好きなんじゃなくて抜きてェだけだろ』と。





練習が朝5時から夜9時までになって1週間程経った頃。
放課後の男子トイレでばったり花井に出くわした。

「お」

「げっ」

花井は田島の顔を見た途端、しまった!という顔をした。そうして、くるっと田島に対して背を向けた。

「?」

なんだか挙動不審。
だけど、便所で知り合いになったら気まずいもんかもな、と考えて田島はすっと小便器の前に立った。田島は全然気まずいなんて思わないけど花井の思考はどうもめんどくさそうだし。
ジッパーに手を掛けたところで、背後で花井がカクカクとした動きで個室の扉に手をかけようとしている気配がした。

―――クソするからって恥ずかしがる歳でもないよなぁ。

思いながら田島は、ふ、と振り返った。

「あ・・・」

そこで田島は気がついた。―――花井の股間が、膨らんでいることに。


「花井」

思わず呼び止めてしまった。花井は肩越しに振り返える。

「なに」

振り返った花井はなんだか情けない顔をしていた。

―――お、眉毛が下がってる。呼び止められて困ってんだな。けどちゃんと返事するんだ。はは、おもしれェ。

体はこちらへ向けずに、だけどちゃんと田島の顔を見て律儀に返事をする花井に田島は何故か気分が高揚するのを感じた。そうしてその勢いのまま言葉を口にした。

「手伝ってやるよ!」

「は?なにを・・・・うおっ?」

ぽかんとしている花井を自分の体ごとすぐそばの個室に押し込んだ。素早く扉を閉めて鍵をかける。花井は呆気に取られたのか暫く田島のされるがままにしていた。
カチャンと鍵の閉まる音がして、田島が花井と向き合ったところでようやく花井は状況を把握したのか、ハッとして田島を睨んだ。

「な、っんでお前も入ってきてんだ!」

「だから手伝ってやるって」

「なにをっ?!」

ガウと田島に噛み付きそうな顔で花井は吠える。そんな花井に田島はしれっと微笑んだ。

「コレを」

言いながら田島はボトムの上から花井の中心を握った。

「なななな・・・・いっ、いらねェよ!バカ!」

花井は、キャ、と前を押さえて田島から一歩後ずさった。だけどすぐにトン、と背中が壁に当たって逃げ場は無くなる。

「花井もやっぱたまるんだな」

田島は、ニッと笑いながら言った。

「しょうがねェだろ、男の生理現象だ。最近練習キツくて抜いてなかったし」

ごにょごにょ言う花井のベルトに田島は、ふーん、と言いながら手を掛けた。

「やめっ・・・・お前バカだろ!そうじゃねェかとは思ってたけど、本物のすげーバカ!」

花井は喚きながらベルトを外そうとする田島の手を掴んだ。止めようとする花井の手が田島にはどうにも邪魔臭い。

「もー、うっせーなー。男ならチンコくらい黙って触らせろよ、男らしくねェ」

男に黙ってチンコを触らせる男が男らしいのかは甚だ疑問。
なのに、普段の花井なら3つも4つもツッコみそうな田島のセリフに花井はあっさり乗っかった。

「ちっ、じゃあお前のもやってやる!チンコ出しやがれ」

起こさなくていい負けん気まで起こしてしまった。おはようございます。


そうして、カキ合いっこになり―――お互い大変良い感じに抜くことが出来て。
以来、田島と花井はカキ友達なのである。


何度目かの時、自分のモノを握る花井の掌の熱とか、耳に掛かる花井の荒い息とか、そういったものに堪らなくなって、花井の口に噛み付くようにキスをした。初めて触れる人の唇の柔らかさと熱に、うわーっと思った。花井の口を吸いながら、もっと色々触れたい、と思い、ああ自分は花井を好きなんだ、と思った。
そのままいろんなところを舐めたような気がするがあんまり夢中だったから覚えてない。とにかくその時に気持ちを自覚した。

自覚して、すぐさま告白した。
キスしても抵抗はなかったし、なにしろ既に人にはちょっと言えないような仲にもなってるし。
そう考えて告げたのに、返ってきたのは

「なに言ってんだお前」

と呆れたような言葉だった。




「田島?やんねェのか?」

好きだ、と言って、アホ抜かせ、と返されて、動きを止めてしまった田島の顔を花井が首を傾げて覗き込んだ。むむむ、と田島の眉間に皺がよる。

「なんで信じてくんねェの?」

「あ?」

「好きって言ってんじゃん!」

「ああ・・・・」

花井はふう、と溜息をついた。ぽんぽん、と田島の頭を叩きながら諭すように言う。

「だからぁ、お前のそれはオレを好きとかじゃなくてただ気持ちイイことしたいだけなんだよ」

何度も言われた言葉。
田島の野球ばっかりの頭に比べて、随分と賢いつくりの頭の花井にそう何度も言われては、そう・・・なんか?と思ってしまう。
ほわっとするような、きゅ、とするような説明しにくいこの感情は花井に対してしか湧き上がらないのに。

花井が認めてくれないとどうしようもないのだ。


「じゃあ。じゃあ、もうキスとかそういうのしなくなったら信じてくれんの?」

嫌だけど。
ものすごく我慢を強いられるけど、それで信じてもらえるならしょうがない。

「え?あー、まあ、そりゃ信じるけど・・・・」

「けど?」

「それとオレがお前を好きになるかどうかはまた別だぞ?」

「ん?・・・・・・ええ?!」

「なんだよ」

心底ビックリ!な顔をした田島に花井は怪訝な顔で聞いた。

「花井オレのこと別に好きじゃねェの?!」

「オレ一回でもお前に好きだっつったか?」

「言ってない。言われてない。けど、えー・・・・マジでぇ?」

花井も自分を好きだろうと普通に思っていた。好きかなどうかな、などと考える余地なんて無く、ただ自然に。
だから、花井の言葉にはショックというより不思議でしかない。

花井は、ふ、とまた一つ溜息をついて言った。

「で?どうすんだよ。なんもしねェなら帰ろうぜ」

言いながら花井は自分のバッグを引き寄せた。どうすんだ、と言いつつ今日はもう帰る気らしい。花井は眼鏡ケースやペンケースをしまいだした。
花井はいちいち動作が綺麗だ。田島はぼんやり花井の仕種を見てしまう。

「おい田島、帰るぞ?」

ぽけ、としていたら、花井がずい、と顔を寄せてきた。
さっきキスしていた体勢と似ている。思わず手を伸ばしそうになって、慌ててギュと手を握り締めた。
田島の目の焦点が合ったのを確認して花井は立ち上がった。

「なー、花井ぃ」

田島は座ったまま花井を見上げて呼びかけた。

「んー?」

花井は、右左とポケットを探りながら田島を見下ろした。部室の鍵か自転車の鍵を探しているんだろう。少し慌てた様子なのにやっぱり律儀に返事をする。
田島はにこりと笑って立ち上がり、花井を正面から見据えて言った。

「花井!オレやっぱ花井のこと好きだよゲンミツに!」

「あ?あ、ああ、いや・・・・」

「信じてもらえるように、オレ気持ちイイコト我慢する!んで信じてもらえたら」

「・・・・・・」

「次は花井に好きになってもらえるようにガンバっから!」

覚悟しとけ?と試合で見せるようないい顔で言い置いて、田島は部室を出て行った。おつかれー、と言いながら。

















一人残された花井は、田島の足音が聞こえなくなったところでその場にしゃがみこんだ。顔を真っ赤にしながら。

「くそ・・・・だからオレはアイツが嫌いなんだ・・・・」

花井の中に感情の波を起こすのはいつだって田島だ。
野球をしていて、悔しさだったり、感嘆だったり、喜びだったり。普段の生活では、苛立ったり、手を伸ばさずにはいられなかったり。
気が付くと花井の真ん中に田島がいる。だから誤魔化していたのに。

ただでさえ田島中心なのに、恋愛感情なんて加わったらどうなってしまうのか想像もしたくない。
キスやらなんやらは不可抗力だ。抵抗して燃えられても困るから適当に相手をして流せばそのうち飽きるだろうと思っていた。
なのに田島は、信じろ、と言って、好きになってもらうために頑張る、とか言い出した。
なんて真っ直ぐな奴なんだ。

「オレ、落ちずにいられんのかな」

花井は耳の先まで真っ赤になって頭を抱え込んだ。





花井の口から、「やっぱ無理、やっぱ好きだ」とぽろっと漏れるのは、田島が花井に触れるのを我慢しだして3日後のことだった。


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3色アイスのmocoさんが、ベビー花井のお礼にと素敵な小説を下さいましたv
頂いてから長い間ずっと一人占めしてましたすいません(あはは…)
「花井も田島もかっこいいタジハナ」なんて、曖昧なリクをこんなに素敵にして下さいましたよ!
田島を軽くあしらってる花井がとにかくつぼでした!
意地っ張りでプライドが邪魔してて、でも結局田島が気になってて、
それで我慢できなくて3日後に「好きだ」とポロリともらしてしまうmocoさんの花井のうっかりさと男らしい潔さが大好きです!!
田島はもう悔しいくらいいい男ですね!
あんな真正面からぶつかってこられたらそりゃ梓もしゃがみこんじゃうよね!

mocoさん、2人がかっこよくかわいい小説を、本当にありがとうございました!!


2007.7.22

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