レッド成り代わり夢

□それぞれの道〜グリーンside〜
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 あぁ、駄目だ。完全に負けた。
 終わってみれば、やはりかと思ってしまった自分がいる。僅差ではあったけれど、俺は初めから勝てないのではないかという予感があった。
 バトルが終わり傷ついたポケモンをボールに戻すと、俺は悔しさを隠しもせずに声を荒げるという情けない姿を晒してしまった。

 ちらりと盗み見たリーファの顔は、勝ったというのにどこか悲しそうだった。


 あいつは多分、俺のことをただの幼馴染としか思っていないだろう。
 マサラタウンは狭い街だ。俺達と同時期に旅立った奴は他にいない。いくらポケモン図鑑の作成を任されているから別行動の方が良いとはいえ、一緒に旅をするという選択肢だってあった。

 いつも俺の後ろを付いて歩いていたようなリーファだから、本当は一人旅より二人旅を望んでいたのかもしれない。勿論、女だから男との二人旅はまずいという考え方もあるが。しかし、自意識過剰という訳ではないが、あいつだって俺が一緒に行こうと誘えば断ることはしなかっただろう。逆に言えば、俺が言わなかったからこそ俺達は共に歩むことはなかったのだ。あいつにとって俺は所詮その程度の相手なのだろう。

 だから俺は、24時間同じ時を過ごせるなんていう甘い誘惑を振り切ってまで、ただひたすらにポケモンと己を鍛えてきた。表向きは、“オーキド博士の孫”という地位ではなく、“ポケモントレーナーのグリーン”として世間に認められるため。

 しかし、実際のところ俺の意識の根底には、リーファにもっと俺を認めさせたいという思いがあった。
 それは結局ただの見栄で、もっと分かりやすく言えば、単に好きな相手にかっこいい所を見せたいと言うような俗物的な理由だった。

 だが、結果は惨敗だ。あいつは俺の知らない間に俺よりずっと強くなっていた。それがリーファは俺といるべきではないという証明に思えて辛かった。恐らくリーファに負けたことよりも、そちらの方が悔しかったのかもしれない。

 あれからリーファとは言葉を交わしていない。

 何もする気になれず、とりあえずマサラタウンに戻ってきた俺だが、本当ならやることはいくらでもある。まだ完成していないポケモン図鑑を完成させるための旅に出てもいいし、修行の旅に出たっていい。だが、今は心の整理をしたかった。

 最後にリーファの前から立ち去る時、あいつはまた俺と戦いたいと言っていた。少し悲しそうなその声が俺の胸に突き刺さる。そんな思いをさせたいんじゃない。素直になれなかった俺のせいで、リーファを傷つけてしまった。

 俺が無茶をした時も、逆に俺が何もしない時も、リーファはいつだって歩み寄ってくれていたというのに、俺はその心地よさに甘んじてしまい自分から行動を起こそうとはしなかった。行動を起こして嫌われるのが怖かった。

「馬鹿だよな、俺」

 リーファが俺から離れるはずがないなんて愚かな自信は一体どこから来ていたのか。もしあいつが離れて行ったのなら、それは完全に自業自得だ。だけど、一体どんな顔をしてあいつに会えば良い? もしかしたらあいつは既に身勝手な俺を見限っているかもしれない。

 色々考えていると、ふと静かな家にチャイムの音が鳴り響いた。じいさんの研究所の方ならともかく、こんな田舎の家に来る客は少ない。恐らくリーファの母親あたりだろう。はいはい今出ます、と独り言を言いながら玄関へ向かって家の中を小走りした。

「やあ、グリーン君」

 ドアを開けた俺は、目の前に立つ予想外の人物に驚いた。目の前に立っていたのは半年ほど前に倒した元チャンピオン、ドラゴン使いのワタルその人だった。

 追い返す訳にもいかず、とりあえず中へ招き入れて適当に紅茶を出したが、思いがけぬ来訪者に困惑してしまう。リーファの様子を聞くことができる折角の機会だということにすら気付かなかった。

「それで? あんたがこんな所まで来るなんて、用件は一体何なんだ?」
「ああ、単刀直入に言おう。チャンピオンに戻る気はないか?」
「は……?」

 何を言ってるんだこの男は。チャンピオンに戻るってどういう……

「まさかリーファの奴、チャンピオンの座を降りたのか!?」
「察しが良くて助かるよ。そうなんだ、ついこの間ね。引き止めてはみたが、彼女の決意は固いようで駄目だったよ」

 ワタルは困ったような顔をしながらも笑っているが、実際にはリーグ本部はかなり困窮しているに違いない。呼び出す訳ではなく、わざわざ直接俺の所まで、しかも四天王の頭であるワタル自らが出向いてきた時点でそれが伺える。

「あいつは今どこに?」
「俺もそこまでは聞いていない。ただ、また旅に出ると行っていたから、もしかしたら他の地方にいるのかもしれないな」

(クソッ! チャンピオンをやめたことも、旅に出たことも、俺は何一つ聞いてないってのに……!)

 全てでないとは言え、俺の知らないことを知っているワタルに酷く嫉妬した。その思いが表情に出ていたのだろう。ワタルが苦笑しながら話を戻してきた。

「それで、チャンピオン復帰の件だが……」
「悪いけど、辞退させてもらいます」

 直接リーファを倒さない限りチャンピオンに戻る気はない。ワタルは最初から俺の答えを分かっていたのか、それ以上説得してくることはなかった。

「やはりそうか。君が辞退することは分かっていたよ。実はもう一つ頼みがあるんだ」

 ワタルの頼みとは、トキワシティのジムリーダーに就任しないかということだった。そちらに関しては断る理由はなかったが、今は引き受ける気にもなれなかった。答えは保留にしてくれと頼み、今日の所は引き取ってもらうことにした。

「分かった。……それじゃあ最後にもう一つだけ。グリーン君、君がこのまま呆けているようなら、俺が彼女をもらってもいいかな」

 ワタルの言葉に一気に頭に血が上る。彼女とは当然リーファのことだろう。

「ふざけんな! 誰があいつを渡すかよ……!」

 気付けば俺はそう叫びながらワタルに掴み掛っていた。

「そうそう、その意気だ」

 しかし俺とは全く正反対に笑って言うワタル。一人で怒鳴っている自分の間抜けさに拍子抜けしてそのまま手を離した。

 からかわれてるのか、俺は。正直こういう余裕ぶった奴は苦手だ。ただ、ワタルが俺を励まそうとしていることは嫌でも分かってしまった。それから、俺が自分でも気づかない程リーファに執着していたことも。

「はぁ……あんたは一体どこまで本気なんだか。分かった、トキワのジムリーダー、引き受けてやるよ」
「ありがとう! 助かるよ」

 何だかこいつの掌の上で踊らされているような気がして癪だが、やるからにはジムリーダー業を完璧にこなしてやる。そして、次またリーファに会うまでにもっと腕を上げておき、必ずもう一度あいつと戦おう。

「それじゃあ、俺は失礼する。ああ、それとさっきの言葉。俺は本気だから、覚えておいてくれ」
「なっ!?」

 やっぱりあの野郎は気に食わねぇ。あいつは敵だ。あの男にだけはリーファを渡してたまるか……!


 今度はちゃんと素直な態度でお前に向き合うから。
 だからさっさと帰って来いよ、リーファ……

 

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