刻まれた証

□04.接触
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動き出した歯車を止めたければ、その歯車を壊してしまえば良い

二度と動かぬように、消し去ってしまえば良い


4.接触


 5月にしては汗ばむ陽気の日中だったが、下校時刻になれば過ごし易い気温に落ち着いた。部活に所属していない者は帰途へつき、部活に所属している者はそれぞれの活動場所へと急ぐ。忍足もそれに漏れず、ダブルスパートナーである向日と共にテニスコートへ歩みを進めていた。

「あ、そういや知ってるか? 今日A組に転校生が来たらしいぜ」
「そうらしいな。何や岳人、気になるん?」
「そりゃあ、どんな奴か気になるじゃん? A組っつったら跡部のクラスだな。部活の時聞いてみようぜ!」

 基本的に騒ぐのが好きな向日は、忍足に向かって楽しそうに話し掛けた。それに明るく受け答えをしてみるものの、忍足自身はその転校生にほとんど興味がなかった。彼は社交的に見えて、実際は自分に無関係な人間に対しては全く興味を持たない人間だ。

 しかし、向日の熱心な話により嫌でも意識を向けさせられる。聞いた話によると、頭は良いが見た目が残念なのだと言う。女は本当に外見で男を判断するなと思いつつも、人並み以上に産んでくれた親には心の中で感謝をしておいた。

「跡部居るか? 今日来た転校生ってさ……あれ?」
「ええ、僕がその転校生です。初めまして、桐生悠輝です。よろしくお願いしますね」

 まさか話題に上がっていた人物とこうも早く対面することになるとは思っていなかった忍足と向日は多少面食らったが、気を取り直して目の前の転校生を眺めた。
 確かに女受けは悪そうな容貌ではあるが、物腰も穏やかで好感が持てる。見たところ好人物のようだ。あくまで一見した感想ではあるが。
 頭の回転の速い忍足は次の行動に移るまでの短時間で悠輝を観察し、そんな分析結果を出した。そして、次の瞬間には歩み寄って愛想良く名乗った。

「俺は忍足侑士や。よろしゅう」

 忍足が挨拶するのを見ると、相方の向日も我に返り悠輝に近寄って自己紹介を始めた。興味津々と言った感じで色々と話し掛けている向日は、名前しか言わなかった忍足とは実に対照的だ。性格が違う者同士の方が上手くいくと言うのはあながち嘘ではないらしい。

「お、桐生じゃねぇか。早かったな!」
「えー、何だよ亮! お前もう転校生と知り合いなのかよ!」

 一通り紹介が終わった頃、宍戸が鳳を引き連れてやって来た。元々シングルス一筋な彼が他人と、しかも後輩と並んで歩いているのは珍しい。宍戸の口振りから転校生と面識があることを知った向日が悔しそうに言い、鳳は不思議そうな顔で尋ねた。

「宍戸先輩、こちらの方は?」
「今日跡部のクラスに来た転校生の桐生だ」
「そうなんですか。初めまして、二年の鳳長太郎といいます。よろしくお願いします、桐生先輩」
「桐生悠輝です。よろしくお願いします、鳳君」

 温厚な性格の鳳とは気が合うのか、二人の会話は穏やかに続けられた。

「ああ、そろそろ人が集まって来ましたね」

 部活開始前の慌ただしい時間だったこともあり、悠輝やレギュラー陣を気にしている者が徐々に増えてきた。それは決して排他的なものではなく、悠輝を受け入れようとしている雰囲気だった。レギュラーと悠輝が打ち解けた様子を見せていることが大きな要因なのだろう。

 しかし、レギュラーの中でも、会った瞬間から警戒心を抱いていた跡部と忍足だけは、表面上悠輝と良好な関係を築きながらも内心では疑惑を捨てきれずにいた。

「へえ、それじゃあ桐生は選手じゃなくてマネージャーになるんだな」

 忍足は悠輝が他のレギュラーと話している間中ずっと妙な違和感を覚えていた。誰も気にしていないし、もしかしたら自分の気のせいかもしれない。だが、自分の勘がよく当たることは彼自身が一番よく知っていた。

「ほな、これから俺らも世話になるやろうし、仲ようしような」

 自分の勘違いならそれはそれでいい。これからも何も気にせず部活仲間として付き合っていけばいいのだから。しかし、本当にこの男に何かあるのなら、自分も相応の対応をするべきだ。他のレギュラーは騙せても自分はそう簡単には欺けない。忍足はそんな挑戦的な言葉を心の中で投げつけた。

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