刻まれた証

□06.敵対
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敵になろうが味方になろうが、そんなことは好きにすればいい

だが覚えておけ

真実を見抜けない人間は、駒としての価値すらない


6.敵対


「しまった、買い出しに行く店を確認するのを忘れた……」

 冴島との険悪な戯れに興じていたせいで、スポーツ用品店の場所を確認せずに校外へ出るという失態を犯してしまった。戻る訳にも行かず暫く立ち尽くしたが、朝学校へ来る途中に様々な店を見たことを思い出し、歩きながら探そうと思い直した。

「なんだあいつ……寝てるのか……?」

 歩き出した視界の端に木陰に横たわっている人影が見えた。慌ててそちらを見やれば金髪の少年が倒れている。いや、倒れているように見えると言った方が正しい。どうやら寝ているだけのようだが、声は掛けておくことにした。

「大丈夫、ですか?」
「もう、食えねぇ……」

 あまりにも古典的な寝言に呆れる。随分気持ち良さそうに寝ているので、起こすのも忍びない気がしてそのまま立ち去ろうとしたが、少年の来ているスポーツウェアを見たからにはそのまま無視する訳にもいかなかった。

「起きて下さい、風邪をひきますよ」

 優しい口調とは裏腹に乱暴な所作で肩を揺さ振ってみるが、本気で眠りに就いているのかなかなか目を覚ましそうにない。それでも諦めずに起こし続ける俺は、既にポーカーフェイスをやめて眉間に皺を寄せてしまっている。

「全く起きないな。それにしてもテニス部にこんな奴いたか? ……おい、いい加減起きろ!」

 少年の着ているジャージはテニス部のレギュラー専用の物だった。しかし自分の知るレギュラー陣の中に目の前の少年は居ないはずだ。それなりに記憶力には自信のある俺が全く思い出せないということは初対面としか考えられない。

「んぁー? 樺地ー……?」

 夢から醒めたばかりの少年は完全に寝呆けており、俺を誰かと勘違いしているようだ。樺地という名に聞き覚えがあり記憶を辿ってみたが、まだ関わりがないのかその名が表す人物は思い浮かんでこなかった。

「あれ……君、誰ぇ……?」
「マネージャーの桐生悠輝と言います。この間3‐Aに転校して来たばかりなんです。よろしくお願いします」
「そっかー、道理で見ねぇ顔だと思った。俺3‐Cの芥川慈郎……よろしく……」

 C組と言えば宍戸と同じクラスだ。同じクラスに親しいテニス部員が居るとは聞いていたが、まさかレギュラーのことだとは思わなかった。そう考えながら一瞬の間会話が途絶えてしまったせいか、目の前の相手はそのまま再度眠ってしまいそうになる。軽く肩を叩いて無理矢理目を開けさせ、ついでと言わんばかりに買い出しに適した店を聞き出した。

「あぁ、それなら……校門出て右行って、んで次の交差点で左……だっけ? ……そしたらある、かも……」
「ありがとうございます、行ってみます。君もそろそろ練習に戻った方が良いですよ」
「んー、そだねー……。桐生くんも買い出し頑張れー……ふぁぁ……」

 控え目に言い過ぎたのか、俺の言葉を完全に無視して芥川は再び惰眠を貪り始めた。もう一度起こす気にもなれずそのまま放置することにした。



 授業終了からは暫く経っているが、まだ部活終了には早い時間だ。道を歩いている氷帝生はほとんどいない。誰も見ていない今なら少しくらい寄り道をしても構わないだろうと思ったが、結局教えられた道を通って店へ直行した。
 かなり寝惚けていた芥川の説明ではあったが、行ってみれば確かに店がある。芥川に感謝しつつ、短時間で買い物を終えてすぐに学校へ戻ることにした。
 この数十分の間に状況がどう変わっているかが見物だと心の中で笑いながら、冴島が仕掛けてくることには全部乗ってやろうと心に決めて歩みを速めた。



「桐生先輩、少し良いですか?」
「はい、何ですか?」

 荷物を持って部室に向かえば意志の込められた凛とした声に引き止められた。先陣は銀髪の彼らしい。

「優里亜のことなんですが……」

 鳳は、冴島が俺に怒鳴られて怯えている、彼女は繊細だからもう少し優しくしてやってくれという旨のことを当たり障りのない謙虚な態度で伝えてきた。元来温厚な性格らしい鳳の物腰は今も穏やかなものだが、内面的には恐らく自分を警戒、若しくは非難しているだろうと他人事のように考えた。

「桐生先輩は真面目な人だし、優里亜ともきっと仲良くなれると思うんです。だから……」
「鳳君の言いたいことは分かりました。君が僕と冴島さんのパイプ役になると言うのなら、是非彼女に伝えて下さい。以前のようにきちんと仕事をしてください、と」

 言いたいことは分かったと言いながらも、それに対する返答は出さなかった。代わりに託したのは反抗とも取れる伝言だ。ここ数日で、鳳は冴島関係の話になると周りが見えなくなる節があることに気付いた。ここで引き下がっては面白くないと、鳳の本心を暴くための会話を続けることにした。

「優里亜はいつも頑張ってくれていますよ」
「ええ、確かに表面上は頑張っていますね」
「先輩が見ていないだけじゃないでしょうか? ……失礼ですが、先輩こそ部活中あまり姿を見掛けませんよ」

 確かにレギュラーの前にはあまり姿を見せていないのだから鳳の言葉に否定のしようはない。案外一般部員の方が俺の仕事をよく見ているのではないだろうかと思ったが、彼らがそれをまともに証言するはずがないことは重々承知しているので口に出すことはしなかった。

「ああ、それを言われてしまうと、確かに僕もあまり鳳君の姿は見ませんね。……君が冴島さんのために動いているのは分かりますが、これ以上話しても平行線でしょうから失礼します」
「待って下さい桐生先輩!」

 慌てた様子で引き止める言葉を背後から投げ掛けられた。しかしそれを無視して重い荷物を持ち上げて足早に立ち去る。鳳が追ってくることはなかったが、何事かを小さく呟いていた。聞く気もなかったので何を言っていたかは分からないが。


「優里亜のためだけじゃない。俺だって、もっと桐生先輩と仲良くなりたかったんですよ……」


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