刻まれた証

□08.兆候
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向けられる敵意

貶めるその視線

それは一時の好意よりも、ずっと単純で受け入れやすいと思っていた


8.兆候


 放課後の教室でほとんど衝動的に跡部へ敵意を見せてしまった。仕方がないので釘は刺しておいたが、先走った行動を取ってしまったことを悔いている。煽り耐性がなさ過ぎた。
 跡部は興味本位で噂を広げるような人間ではないだろうから一先ず心配はないが、あの少年が何もせずにじっとしている可能性は限りなく0に近い。俺のことも本格的に調べ始めるかも知れない。そうなれば俺の素性が暴かれるのは時間の問題だ。

 だが、突き詰めて考えればそれ自体はさして気にすることではない。いずれは全てを話す時が来る。それが少し早まるだけだ。一番肝心な問題は、手にした情報を出汁にして俺の邪魔をしてこないかと言う点だった。暫くは様子を見るしかない。

「遅ぇんだよ! このクソ野郎が!」

 ここ数日間でレギュラー達の身辺調査を行ったが、その過程で跡部と冴島の重要な接点が見付かった。

 冴島の戸籍は当然のように偽造だった。跡部家が約一年前に冴島を保護し、戸籍を作ってやったようだ。おそらく跡部景吾の進言だろう。天涯孤独の冴島に同情したのか、それ以上の感情があったのか。それは跡部本人にしか分からない。

 予想外に早く見付けてしまったせいで、捜査を攪乱する為の偽装かとも疑ったが、どうやら間違いないらしい。見付けた手掛かりを基に丁寧に調べていけば、あの女の正体がかなり見えてきた。元々目星は付けていたことなので驚きはしないが、確信を得られたことに安堵した。

「黙ってないで返事ぐらいしろよ! マジでムカつくな!」

 後は時期を上手く見計らうことと、確実な証拠を手に入れなければいけない。それさえ何とかすれば俺の目的は達成される。たとえその先に虚しい現実しか待っていないとしても、感情移入をして結果を変えるなんて選択肢はない。

 俺は年齢のせいか軍部では異端児に見られがちだが、こう見えても国に忠実な模範的な軍人だと思う。エドワードが俺の考えに気づいたら軽蔑するかもしれないが、軍人である以上、何も考えず上の意向に従うのが当然だと思っている。国を変えたいなら政治家になるか軍のトップを目指すべきだ。

 ただし、幸いなことに反則技のようなコネを使って中将にまで上り詰めたお陰で、俺も昔よりはかなり自由が効くようになった。せっかくだし、長くはないだろう人生を最大限自由に生きさせてもらおうと思って生きてきた。

「チッ……ふざけやがって! ぶっ殺すぞ!」
「さっきから騒がしいな」
「何だと……? この期に及んで生意気な口聞きやがる……おい、さっさとやっちまおうぜ!」

 それにしても一番重要な証拠というのが、今のところ一番手に入れづらい。冴島も馬鹿ではないだろうからそう簡単にボロを出すはずはないし少し厄介だ。

 まあ、それは後で考えるとして、ひとまずこの不良少年達をどうしてくれようか。



「おい」
「……な、何だよ……!」

 こんなに怯えて可哀想に。しかし、残念だが自業自得だ。俺の行為は正当防衛であり、もう少し大義名分を付け加えるならば、公務執行妨害に対する制裁に過ぎない。むしろ今まで俺にしてきたことを思えば、喋れる程度に抑えてやったのを感謝して欲しいくらいだ。いくら鍛えていようがリンチされた俺はそれなりの苦痛を味わった。

「口の利き方がなってないが……、まあいい。それより明日からも今まで通り行動しろよ。理由は知らなくていい」
「な、何をだ……ですか……」

 説明が足りなかったのか困惑した表情で聞き返すその不良は、冷や汗を流しながら今すぐ帰りたいという顔で俺を見てくる。今まで通りリンチする振りをして昼休みや帰りに呼び出せと言い直してやると、青かった表情が更に青くなるのが分かった。

「け、けど……!」

 これでも声を荒げず丁寧に頼んでいるつもりだが、まだ肯定してくれないようだ。何の為に目立つ所に傷を付けなかったか分かっていないらしい。不本意だが脅しと言う手を使ってみるか。

「そのちんけな頭では一回病院送りにされないと理解できないのか? これはお願いじゃない。命令だ」
「わ、分かりました! やります……! やりますから!」

 眼鏡を外して睨んでやれば全員あっさり承諾してきた。大抵の人間は見慣れないものに好奇心と恐怖を抱く。黒か茶色の瞳が主流の日本人は、俺の赤い瞳を見ると多少なりとも恐怖を感じるらしい。俺ですら自分のこんな血の様な紅い瞳は気持ちが悪いと思う時がある。何にせよこれで見かけ上イジメは続くだろう。

「不審な言動をしたら……分かってるな?」
「は、はい……」
「分かればいいんだ。素直な奴は嫌いじゃない」

 俺にイジメをしていた……正確に言えばイジメをしていると思い込んでいた少年達は、このことは決して誰にも言うなと念を押してから帰した。
俺も少し時間を空けてからテニスコートへ行こう。無傷なのは少々不自然だったかもしれないが、そもそも誰も俺の怪我など気にしないだろう。



「遅れてすみません」

 前言撤回だ。コートに居た選手達は皆一様に俺に視線を向けている。誰が入って来たのかと一瞬目を向けるだけなら理解できるが、明らかにこちらを凝視している。もっと的確に言うならば、睨まれている。レギュラー陣の空気が異常にピリピリしており、そんな空気には慣れているはずの俺ですらあまり行きたくないと感じてしまった。

「……なんや、あいつ元気そうやん」

 コートの静寂を破るように忍足が大きくも小さくもない声で詰まらなそうに言った。俺が呼び出されたことを知っているのだろうか。その情報を流したであろう男の方を見てみると、可笑しそうに意地の悪そうな顔でニヤリと笑ってきた。

 俺様な少年に軽く殺意が芽生えたが、この感情をそのまま吐き出してしまう程子供ではない。しかし、帰りに不良の溜まり場にでも行ってストレス発散くらいはしてやろうか、などと馬鹿なことを考えてしまった。
 俺がふざけたことを考えている間にも何対もの鋭い視線は逸れることはなかった。

 どうやら機は熟したらしい。

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