次男総受け

□二度あることは三度ある
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 ある日起こった、後にカラ松事変と呼ばれる俺誘拐事件。その事件の直後、俺は一度家へと帰っていた。見つからないようこっそり家を覗けば、珍しく兄弟揃って何かをやっている。一連の行動を見ていたら、エスパーニャンコなる人の気持ちが分かる猫がキーらしい。気付けば一松を中心に、普通に素敵な兄弟愛の感動ストーリーが繰り広げられていた。

 自分以外の兄弟が幸せそうに笑っている後ろ姿を眺めながら、俺は腹の底から叫び声を上げた。
「扱いが全然違ぁぁう……!!」

 自分の扱いに不満を持ったかのような悲痛な嘆きとなっていたことだろう。よしよし、いい感じだ。号泣しながら叫んだ外見とは裏腹に、心の中では大きくガッツポーズを決めた。
(俺の渾身の演技がここまで実を結ぶとは。俺の努力は無駄じゃなかったな!)
 怪我なんてすぐに治るから大した問題じゃない。たとえ死んでも次の話には生き返っているし。これくらいの代償、なんてことはない。
 俺は兄弟達が一般的なレベルの仲が良い兄弟関係を築くことを望んでいた。そして俺自身もこんな感じの扱いを望んでいた。やられ役結構。オチ担当結構。この微妙に兄弟から浮いていて、たまに無視される感じ、いいよな。完全に嫌われている訳ではなく、一応兄弟の一員として認められている。この距離感がちょうど良い。

 俺は兄弟に嫌われたかった。何を言い出すのかと思われるかもしれないが、切実にそう願っていた。別に兄弟が嫌いだったからではない。むしろ好きだ。だからこそ、兄弟に道を踏み外させる訳にはいかない。ちゃんと働いて、できたら結婚もして、父さんと母さんに親孝行をする。最低限これくらいはしないと、人としてどうかと思う。つまり何が言いたいかと言うと。

 ヤンデレ。ダメ。ゼッタイ。

 俺はちゃんと兄弟が好きだ。普通に兄弟として。ただ、俺以外の兄弟は、お互いに対する依存心が強過ぎるのか、その執着が明らかに普通の兄弟の枠を超えている。他の兄弟間のことはよく分からないが、少なくとも俺がちょっと兄弟から離れるだけで、みんなの目からハイライトが消えてトチ狂った発言をし始めるくらいだ。兄弟の中で少し浮いていた俺に対してでさえそんな扱いなのだから、他の兄弟同士はもっと依存し合っていたんじゃないかと思う。

 ちなみにチビ太やトト子ちゃんが言うには、五人がヤンデレになってしまった原因の9割は俺らしい。解せぬ。俺だけがまともだったのに、何で?

 そう、兄弟達は今も昔も変わらないが、俺はこれでも昔は真面目な人間だった。まあ、今の俺を見たら信じてもらえないかもしれないな。でも、「まともじゃない、かぁ。褒め言葉だ、バーン!」とかは間違っても言ったりしなかった。兄弟で一番の常識人が誰かと聞かれたら、誰もが迷いなく俺の名前を上げていたのは今は昔の話だ。

 せっかくだから、少し昔話をしよう。そうだな、高校時代から話すのがいいかな。
 高校に上がった俺は、普通に勉強し、普通に演劇部の活動に打ち込んだ。三年生になれば人並みかそれ以上に受験勉強をして、それなりの大学へ進学した。そして心折れそうになりながらも就職活動に励み、念願叶って有名な大企業に入社することができた。正直あの頃の俺は人生勝ち組だったな。でも兄弟はそれを許してはくれなかった。
 最初は俺だけニートじゃないのを根に持っているのかと思っていた。それならそれで、反骨精神を掲げて脱ニートしてくれないかと期待していた訳だが。うん、皆まで言わずとも分かるよな。そう言う次元の話じゃなかった。

 思えばあいつらのヤンデレ開花の片鱗は高校生くらいから見え始めていた気がする。兄弟達は、高校に入り部活や委員会で交友関係が広がった俺をいつも睨んでいた。一人だけリア充になるなんて許さん、ということだろうか。そんなに羨ましいならあいつらも友達増やせばいいのに。何なら紹介するし。

 大学に入ってからは更にヤバかった。一人暮らしをしてみたくて家を出ようとした俺は、ある日兄弟達に監禁された。足枷には鎖が繋がれ、家から出ることを禁じられてしまった。いくら俺一人だけが自立しそうだからって、五人掛かりで足を引っ張ることはないよな? ただ、俺も大学生活が楽しくてみんなと過ごす時間が減っていたのかもしれない。そう反省して、抵抗せず監禁生活に甘んじることにした。
 兄弟も初めは目が逝っちゃってたけど、俺が部屋で大人しくしていればとても優しくしてくれた。ご飯は持ってきてくれるし話し相手にもなってくれるし、至れり尽くせりだ。ただし、誰だったか忘れたが、何を血迷ったか俺で童貞を卒業しようとした時には、そういうことはちゃんと好きな子としなさいと叱ってジャーマンスープレックスをかけておいた。その様子を見ていた他の兄弟がキョドッていたのはウケたな。そりゃ同じ顔の兄弟を襲うとか引くって。

 そんなこんなで監禁生活を楽しんでいた俺だが、月曜日の朝になり、絶対単位を落とせない必修の講義があるのを思い出した。と言う訳で俺の監禁ごっこは二日で終わり。ニートの兄弟達はまだ寝ているので、仕方なく自分で鎖を引きちぎって大学へ向かった。しかし足枷だけはどうにも上手く壊せず、かといって遅刻する訳にもいかないので、必死にズボンの裾で隠して一日を乗り切った。寝てるのを起こすのが可哀想なんて思わず、鍵を貸してもらえば良かったな。これだから兄弟に甘いと言われるのだろう。ちなみに家に帰った俺を待っていたのは、いつにも増して目が死んでいる兄弟達だった。俺一人くらいいなくても他に兄弟が四人も居るんだから、そんな絶望的な顔しなくても良いのにな。

 なんやかんやあって大学も無事卒業した俺は、念願の会社に就職した。のだが、一年後に懲戒解雇になった。いや、マジで意味が分からない。意味は分からないが、トド松を中心とした兄弟達が暗躍していたことは何となく分かった。そこまで抜け駆けを許さないとは……そのクズさと執念深さには逆に尊敬してしまう。そこまでの信念があれば、何かで大成しそうなんだが、どうにもあいつらは勤労意欲がなさすぎる。

 という訳でクビになった俺は、FXで適度に稼ぎながら兄弟と一緒にニートのような毎日を送っていた。両親は、「唯一の希望が……!」と言っておいおいと泣いた。正直すまんかったとは思うが、俺のせいじゃないので勘弁してください。とりあえず毎月30万を家に入れたら掌を返したように許してくれた。
 この時点がだいたい10年前の話。年数が合わないって? それについては順番に訳を話すので待っていて欲しい。


 あ、ちなみに兄弟がどんな感じのヤンデレかと言うと、ヤンデレにも色々種類があるんだなぁ、と俺が感心してしまうくらい多種多様だ。

 トド松は相手を孤立させ、そこに付け入り依存させようとするタイプだ。トド松はいつの間にか俺の交友関係を把握している。友人や職場にあることないこと吹き込んだり、俺に成りすまして何かヤバいことをやったりして、俺の社会的地位を地の底に落としてくれた。一体何したのあいつ。その行動力をもっと別の方向に使えばいいのに。というか、せっかく大企業に就職できたのにどうしてくれるんだ。無職になったらもうみんなに小遣いをやれないぞ? あと、他の兄弟が就職できないのって、もしかしてこいつが邪魔してるのか?
「可哀想なカラ松兄さん。みんなカラ松兄さんのことを誤解してるよね。でも大丈夫。僕だけはカラ松兄さんのこと、ちゃんと分かってるよ。カラ松兄さんが優しいことも、真面目なことも、全部全部知ってるよ。だって僕はカラ松兄さんのことが大好きだから」
 友達がいなくなったのは若干辛いが、まあ皆が無事なら良しとしよう。もう俺もニートになるしかないよな?

 十四松はストーカー型だな。相手の行動を四六時中監視して、全て把握していないと気が済まないらしい。気付けば常に俺の傍にいる。気付かなくても常に俺の傍にいる。俺が外出してる時でも常に視線を感じるし、本当に神出鬼没だ。試しにわざと撒いてみたら、後で凄い剣幕で詰め寄られた。
「カラ松兄さんどこ行ってたの? 俺の知らない所で何やってたの? 何で俺の前から居なくなるの? ねえ何してたか教えてねえねえねえねえ教えて教えて教えて教えて」
 いつもは焦点があってなくて、「新ジャンル:十四松」な弟だが、俺を見る時だけ焦点が合ってるのは逆に怖い。でもまあこいつは実害がないから可愛いもんだ。そう言えば、他の兄弟のことはいつ監視しているんだろう。

 一松は情緒不安定で、自分も他人も傷つけるタイプ。自傷型と暴力型を合わせたような感じ。これは厄介だ。兄弟が一松のことを構ってやらないとすぐにリストカットしてしまう。そして手当てをしてやった後には何故か俺に同じ傷をつけてくる。やめて痛いから。普通に拒絶できるけど、そうするとマジもんの自殺でもしでかしそうだから、とりあえず好きなようにさせている。
「カラ松が僕のこと信じてるって言ったんじゃん。何で僕のこと無視するの。ねえ見て、僕怪我しちゃった。僕のこと心配してくれる? カラ松が僕のこと見てくれないから、俺が痛い思いしてるんだけど。お前にも俺と同じ傷をつけてやるよ。なあ、痛い? でもカラ松が悪いんだぞ。俺のこと、愛してくれないから」
 最近気付いたけど、もしかしたら自傷型と暴力型では人格が別だったのかもしれないな。言葉も脈絡がなさすぎてよく分からん。もう長いこと兄弟やってるけど、未だにお前の本当の性格が掴めないよ俺は。

 チョロ松はとにかく過保護で、相手を養いたいタイプらしい。一見兄想いのいい弟なんだが、放置したらまた監禁コースまっしぐらだから適度にあしらっている。チョロ松の前では基本的に何もさせてもらえない。料理でも作ろうかと思ったのに、危ないからと包丁を取り上げられた時は、思わず子供扱いするなと怒ってしまった。あれこれ世話してくれるのはありがたいけど、自分でやった方が気楽だし、そもそも自分で稼いだ方が好きなこと何でもできるから養われたくはない。
「ああカラ松、包丁なんて持ったら怪我するだろ。お前は何もしなくていいんだよ。僕がお前を養ってやるから。お前を養えるのは常識人の僕だけだよ? 他の兄弟見てみなよ、みんなヤンデレじゃん。他の奴らと居たらお前はすぐにダメになっちゃう。僕と一緒にいるべきだよ」
 今の所、お前が一番のダメ人間製造機だと思う。そしてお前ももう立派なヤンデレだよ。とりあえず養ってくれるつもりなら、まずは就職しような。

 おそ松だけは、初めは態度が普通だったからヤンデレじゃないと思ってたのに、何か気付いたらヤンデレだった。というか、話を聞く限りでは普通に最初からヤンデレだったっぽい。他者排除系だな。もうやだ。俺はおそ松の恋人だったらしい。初耳だ。頼むから他の兄弟を殺そうとするのやめて。それからみんなもそれに応戦しようとしないで。俺はおそ松に対抗できるからいいけど、他の兄弟じゃたぶん殺されちゃうから。あれ、でもみんなはお互いが大好きなはずなのに、何故いがみ合っているんだ? 分からん。
「なあカラ松、お前が他の兄弟に優しいの、これまでは黙って見てたけど、お前が俺以外に優しくしたり構ったりするのってやっぱおかしくねえ? だってお前は俺の恋人じゃん。ああ、でもお前は優しいから他の奴らを無視できないんだよなぁ? よし、俺に任せとけ。他の奴らは俺がさくっと殺しといてやるから」
 とりあえず兄弟でバトル・ロワイアルごっこを始めるのはやめような。死んでも生き返れるけど、お前らだって痛いのは嫌だろ?

 と、まあこんな感じだ。選り取り見取りすぎて、ヤンデレオンリーの乙女ゲームとか作れそうだな。どいつを攻略してみたい? 俺のオススメはチビ太との友情エンドか、トト子ちゃんとの百合エンドだな。

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