次男総受け

□お前が原因なのは否定しないが、そうじゃない
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 カラ松兄さんは子どもの頃から僕の憧れだった。兄さんは兄弟の中で一番何でもできる。それこそ勉強も運動も人付き合いも。どちらかと言えば引っ込み思案な僕に一番構ってくれるのも兄さんだった。他の兄弟も兄さんのことが大好きだから独占はできない。だからこそ、カラ松兄さんに話し掛けてもらえた時は僕にとって至福の時間だった。
 中学時代、少しでもカラ松兄さんに話し掛けてもらうために、わざわざ休み時間に教室まで遊びに行ったり、放課後部活が終わるのをじっと待ったりもした。他人にブラコンだとからかわれたことも何度かあるが、本当のことだから別に気にしない。

 カラ松兄さんと同じ高校に入った僕は、気弱な性格が祟って一部のクラスメイトにちょっかいを出されるようになった。イジメという程でもないから我慢できていたけれど、変な噂を流されるようになってからは我慢ができなくなった。どこからそんな話になったのか、僕が可愛くて優しいと評判の女子のことを好きだと言う噂だ。確かに顔はちょっと可愛いかもしれないけど、別にその子のことは好きでも何でもない。
 だって、カラ松兄さんの方がずっとずっと優しいし、僕のことを何でも分かってくれる。それに、中学時代以上に演劇部で活躍していた兄さんは誰からも人気があった。そんな憧れの人がすぐ近くにいるのに、そう簡単に他の人を好きになったりしない。
 そんな思いを込めて精一杯根も葉もない噂を否定したけれど、その必死な態度が逆に面白かったのか、クラスメイトは益々僕を冷やかし始めた。やだ、やめてよ。カラ松兄さんにあんな女が好きだと思われたら嫌だ。誰よりもカラ松兄さんが好きなのに。

「誤解されたくない。信じてカラ松兄さん」

 そう言ってカラ松兄さんに泣きついたら、僕を慰めながら言ってくれた。

「俺はお前を信じてる。俺がみんなの誤解を解いてやるからな」

 カラ松兄さんは僕の気持ちを信じてくれてるんだ。僕がカラ松兄さんだけを大好きなこと、知ってくれてるんだね。だったら別にいい。僕はカラ松兄さんだけが信じてくれればそれでいいよ。そう伝えたら、頭をわしゃわしゃと撫でられた。嬉しい。やっぱり大好きだなぁ、カラ松兄さんのこと。



 信じてるって言ってくれたのに。カラ松兄さんだけいてくれたらそれで良かったのに。
 何で? 何でカラ松兄さんは僕じゃなくてそんな低俗な奴らと一緒に居るの? ねえ、何で、何で、何で……


 あの日、カラ松兄さんの友達に怒鳴ってしまってから、カラ松兄さんは僕を構ってくれなくなった。兄さんの友達に酷いことを言ったから怒ったの? ごめんなさい、もう言わないから、だから許して。お前が言うならしょうがないって、どういう意味……? どうしたら僕に構ってくれるの? 嫌だ、僕を捨てないで。カラ松兄さんに捨てられたら僕は生きていけないよ…… 
 もう駄目だ。死ぬしかない。手首を切ったら死ねるんだっけ? カッターナイフ、どこにあったかな。引き出しからカッターを探し出して、震える右手で左手首に傷をつけてみた。だけど、恐怖から力をあまりこめられず、中途半端な傷がついただけだった。痛い。痛いだけで死ぬことすらできない。痛さと悲しさで泣いていると、部活が早く終わったのか、いつもより早く帰ってきたカラ松兄さんが血相を変えて僕に駆け寄って来た。険しい表情で手当てをされ、この後怒られるのだろうという漠然とした不安を感じた。やだな。カラ松兄さんに嫌われるくらいなら、もう本当に死んでしまいたい。
 でも、僕の手首の血が止まったことを確認すると、予想に反してカラ松兄さんはほっとした表情で微笑んでくれた。心配したんだぞ。そう言って。……心配、してくれた? カラ松兄さんが、僕のことを? 僕はまだカラ松兄さんに見捨てられてなかったの? 湧き上がる歓喜を抑えてカラ松兄さんに謝罪した。僕はこの時点で、この先自分が取るであろう行動を予期してしまった。だって、きっとこの喜びは二度と忘れられないだろう……。

 頭の良かったカラ松兄さんは、兄弟の中で一人だけ大学に入った。あの日以来、度々腕に傷をつけては心配してもらい、密かに不埒な喜びを得ていたけれど、段々限界が近付いていることには気付いていた。きっとこのままではカラ松兄さんはこの家を離れてしまう。どうしたらいいんだろう。僕はいつでもカラ松兄さんに置いていかれる恐怖にばかり怯えている。

 そんなことを思っていたら、チョロ松兄さんが僕に誘いをかけてきた。カラ松をこの家に閉じ込めるから手伝って、と。そんなことできる訳ない。そう言って断ったら、チョロ松兄さんは僕に、それならお前はカラ松に二度と会わせないと脅されてしまった。結局僕はチョロ松兄さんに協力して、足枷をつけたカラ松兄さんを寝室に閉じ込めた。思いの外簡単に成功したことに体が震える。カラ松兄さんは兄弟と過ごす時間が減っていたことを謝って、決して僕らから逃げようとはしなかった。

 なのに、ちっとも心は満たされない。これを望んでいたはずなのに。そうか、僕は自分だけを見てほしいんだ。弟の一人としてじゃなく、松野一松という一人の人間として僕を見てほしかったんだ。どうしたら僕を、僕だけを見てくれるのかな。もっと考えなくちゃ……。

 監禁事件はたった二日で終わりを告げた。足枷をつけていたはずなのに、いつの間にか寝室から出て行ったカラ松兄さんは、夕方当たり前のように帰って来た。一方の僕らの雰囲気は、まるでお通夜のように暗かった。カラ松兄さんは僕からどんどん離れて行ってしまう。憧れは憧れのまま、手の届かない所に行ってしまうのか。少しでも兄さんに近付きたい。
 ……そうだ、カラ松兄さんの真似をすれば、少しでも近付けるかもしれない。僕なんかがカラ松兄さんのようにはなれないことなんて分かっている。でも、少しだけでいいんだ。そうだな、まずは“僕”と言うのをやめて、“俺”と言うようにしよう。言葉遣いや態度は少しだけ乱暴に。目つきはできるだけ鋭く。他には……、そう言えば、カラ松兄さんは兄であるおそ松兄さんのことを呼び捨てにしていたっけ。それなら僕も、カラ松と呼び捨てにしてみよう。

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