次男総受け

□無害だと言ったな、あれは嘘だ
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 カラ松兄さんは僕達とちょっと違う。同じ六つ子のはずなのに、何でだろうね? みんなで楽しいことをしてる時も、悪さがバレて怒られた時も、カラ松兄さんだけはいつも少し離れた所に居た。物理的な距離じゃなくて、心の距離の話ね。いつも一歩離れた所から僕達を見て、呆れたような顔でしょうがないなと笑ったり、微笑ましい物を見たような顔で優しく笑っていた。兄弟なのにどこかみんなとは違うカラ松兄さんに、俺はもう興味津々。気が付いたらカラ松兄さんばかりを目で追っている。

 中学の時は同じクラスだったから、家に居る時だけじゃなく、授業中もちらちらとカラ松兄さんを見ては幸せな気分に浸っていた。なのに、高校に入ってからはずっと違うクラスだから、あまりカラ松兄さんを見る事ができなくてもやもやする。仕方がないから、会えなかった時間のことは直接兄さんに聞いて心を満たしていたんだ。でも、そんなある日、たまたまカラ松兄さんが体育の授業を受けている姿を教室の窓から見かけた時に、言いようのない恐怖を覚えたんだ。

 今日の授業はサッカーらしい。体力作りや筋トレをして自分を鍛えている兄さんは、他の男子と並ぶとかっこよく見える。でも、問題はそこじゃないんだ。カラ松兄さん、どうしてそんなに楽しそうなの。そんな表情見たことない。僕達には兄の顔しか見せないカラ松兄さんが、同級生と居る時は少し羽目を外したような顔で笑っている。たまに少し意地悪そうな顔をして、他の男子生徒をからかったりもしている。みんなでじゃれあって楽しそうだね……。あ、兄さんがゴールを決めた。かっこいい。周りの男子がカラ松兄さんに駆け寄っていき、囲まれた兄さんも嬉しそうだ。少し離れた場所にいる女の子達も、カラ松兄さんを見て控えめに盛り上がっている。兄さんってモテるんだ。

 知らなかった。全部、知らなかった。兄さんがあんな楽しそうな顔で笑うことも、男子にも女子にも人気があることも、全部。僕の知らないカラ松兄さんなんて、見たくなかったなぁ……。知らないカラ松兄さんがいることが嫌で、休み時間は必ずカラ松兄さんの所に行くようになった。体育の時間は決まって窓から兄さんを眺めている。演劇部の見学にも毎日行った。
 最初はそれで満足できていたけれど、その内それでも満足できなくなり、授業中もカラ松兄さんのことを見に行くようになった。いつも授業を抜け出していたら先生に怒られるようになったので、頑張って分身の術も覚えた。ナルト読んでて良かった。

 カラ松兄さんは俺がいつも見ていることに気付いているようだった。時々目が合ったし、目が合うと笑いかけてくれることすらあった。なのに、何でかな。たまにわざと撒かれる時があるんだよね。見られたくない何かがあるってことかな? わざわざ俺から離れるのは何で? どこに行ってたの? 俺の知らない所で何をやってたの? 何で俺の前から居なくなるの? ねえ、何してたか教えてよ兄さん。カラ松兄さんのこと、全部知りたい。全部全部知らないと、もう気が狂いそうなんだ。ねえ、教えて。教えて。教えて。教えて……。あ、そっか。もうとっくに狂ってるんだ、俺!


 高校を卒業してから一、二年経った頃、チョロ松兄さんがカラ松兄さんを監禁しようとしていることを知った。何それめっちゃ頭いい。カラ松兄さんがずっと家に居てくれたら、兄さんのことを一秒たりとも見逃さなくて済むもんね。
 一松兄さんも参加するなら俺も協力しようと思って、チョロ松兄さんにカラ松兄さんの行動パターンを教えてあげた。細かすぎるって変な顔をされたけど、好きな人のことならこれくらい知ってて当然だと思うんだけどな。やっぱり他の兄さん達やトド松はカラ松兄さんへの愛が足りないと思うんだよね。俺だけがカラ松兄さんを見ていればいいんだよ。俺だけが、ね。

 計画はとてもスムーズに進んだ。一松兄さんが帰ってきたカラ松兄さんを寝室に誘導し、後ろを歩いていた俺がカラ松兄さんに抱き着く。そしてチョロ松兄さんがカラ松兄さんの足に鎖をつけた。その間僅か五秒! まさか兄さん達とこんなに連係プレーができるなんて思ってなかったよねー。

 ああ、幸せだなぁ。カラ松兄さんがずっと俺の目の前に居る。しかも、僕達と一緒に居る時間が減ったことを、すまないって謝ってくれた。それってつまり、これからはずっと俺の傍に居てくれるってこと? もうカラ松兄さんを見失ってやきもきすることもなくなるんだ。ずっとカラ松兄さんを見ていられる。
 カラ松兄さんのことを全部見られるんだと思ったら、何だかすごく興奮してきた。もう俺の十四松がタッティなんだけど! 最近はカラ松兄さんを見てるだけで息子がスタンディングオベーションなんだよね。どうしよう全然治まんない。股間を冷やしながら、カラ松兄さんを陰から見守り続ける俺。

 事件が起きたのはおそ松兄さんが帰ってきた後だった。おそ松兄さんはじっと鎖に繋がれたカラ松兄さんを見つめていたかと思うと、急にカラ松兄さんを押し倒した。それあかんやつや、おそ松兄さん! これはおそ松兄さんのおそ松兄さんをちょん切っても許されるかな? 許されるよね?
 慌てた僕達が一斉に止めに入ろうとしたら、それより早くカラ松兄さんが動いた。そんでもってカラ松兄さんがめちゃくちゃ綺麗なジャーマンスープレックスをおそ松兄さんに決めたよー! かっけーっすカラ松兄さん。強いっすカラ松兄さん。タマヒュンしたお蔭で十四松の十四松もやっと治まったっす。
 そういうのは好きな子としなさい、かー。じゃあ、カラ松兄さんが大好きな俺は、カラ松兄さんとセクロスしていいってことかな!? 見てるだけでこんなに興奮するのに、カラ松兄さんに触ったら絶対にヤバい。暴発しちゃう。カラ松兄さんを見つめるだけじゃなくて、カラ松兄さんに見つめてもらえたら、きっとめちゃくちゃ幸せなんだろうなぁ……。

 監禁計画は失敗したけれど、カラ松兄さんが大学に通っている内は、高校時代より幸せだった。だって大学って簡単に入れるからね。でも、逆に兄さんが就職してからは地獄の日々だ。カラ松兄さんの会社は有名な大企業らしく、セキュリティがしっかりしている。社員じゃないとなかなか入れてもらえないんだ。仕方ないからカラ松兄さんのスーツに盗聴器を仕掛けたりしていたのだけど、やっぱり直接姿が見られないのはストレスが溜まる。たまに来客を装って会社に侵入したりもするけど、カラ松兄さんのいるフロアまではどうしても行けない。社員食堂で休憩時間にカラ松兄さんが来るのを待つしかなかった。

 そんな拷問のような日々を一年くらい続けたある日、遂にチョロ松兄さんとトド松が動いた。カラ松兄さんが病気で休んだ日に会社で何かしたようだ。俺はずっとカラ松兄さんが寝ているのを見ていたから、何があったかは知らない。でも、おそ松兄さんがカラ松兄さんのIDカードをトド松に手渡しているのを見たので、もしかしたらおそ松兄さんが命令をしたのかもしれない。
 それからしばらくして、カラ松兄さんは会社を辞めさせられ、毎日家に居るようになった。カラ松兄さんがずっと家に居てくれるのは嬉しい。カラ松兄さんを見守れない時間ができるのはやっぱり嫌だから。会社をクビになったカラ松兄さんはちょっとだけ悲しそうだった。そんな顔は見たくなかったなぁ。そんな顔をさせた兄さん達やトド松に怒りたい気持ちと、ずっと傍に居られるようにしてくれた感謝の気持ちがごちゃごちゃになって、何と言っていいか分からない。


 カラ松兄さんはそれからずっと僕達と一緒に居てくれた。人生で一番幸せな時期だったよ。それなのに、何でか知らないけど、ある日突然僕達は中学生に戻った。カラ松兄さんは二度目の人生でも相変わらず優しくはあったけど、僕達に対する関心が明らかに薄くなっていた。いつも鏡を見ていて、目が合うことがぐっと減った。女の子に会いに行くと言って家を空けることが増えた。後をつけてもいつの間にか姿を見失ってしまう。兄さんの服に仕込んだはずの盗聴器は、いつも丁寧に外されて卓袱台に置かれている。こんなの意図的に俺を避けているとしか思えない。僕達を避けるカラ松兄さんを必死に追いかける日々は、もう十年近くも続いている。そして、時を遡る前と同じ年齢になったある日、転機が訪れた。

 それは一本の電話から始まった。カラ松兄さんが妖怪? 海で浣腸? とにかく電話の意味は全く分からなかったけど、カラ松兄さんの姿が朝から見えないことには気付いた。またどこかへ行ってしまったのかな。探しに行こうとは思わなかった。少し前までは常にカラ松兄さんを探して外を走り回っていたけど、カラ松兄さんが本気で姿を消している時は俺がどんなに頑張っても見つけることは決してできないんだ。あちこち探し回って家に帰ると、カラ松兄さんが既に家で寛いでいることすらよくある。だから、最近ではカラ松兄さんの帰りを家でじっと待っていることの方が多かった。

 でもその日、カラ松兄さんは帰って来なかった。次の日も、その次の日も帰って来なかった。カラ松兄さんが帰らないのはきっと他のみんなのせいだ。いつもカラ松兄さんを困らせているのはみんなだからね。カラ松兄さんが居なくなった訳を知りたくて、デカパン博士に貰った気持ち薬を使って、みんなの心の声を聞こうと考えた。なのに、何故か一松兄さんの友達の猫に注射器が刺さってしまい、人の心が分かるエスパーニャンコになった。上手くいかない。
 とりあえず、みんなが昔と変わらずカラ松兄さんを好きなことは分かった。一松兄さんやトド松が、カラ松兄さんが居なくなったのは自分のせいだと考えていることも分かった。でも、結局のところ本当の原因が何なのかは分からない。
 どうしようもなくて、逃げたエスパーニャンコを探しながらみんなで兄弟仲良しごっこをした。そしたらカラ松兄さんも戻って来てくれると思ったから。六つ子の内の五人が何かをしていたら、残りの一人もやって来るのが自然でしょ? なのに、何でカラ松兄さんはこの場に居ないんだろう。カラ松兄さんが居れば、もっともっと楽しかったのに。

 とりあえず、エスパーニャンコに罪はないから、見つけ出して一松兄さんと仲直りさせてあげようと思った。色々な所を探してやっと見つけ出したのは、日も暮れかかった時間だ。カラ松兄さん以外をこんなに長いこと探したのはいつ振りだろう。捕まえたエスパーニャンコを一松兄さんに渡そうとした瞬間、エスパーニャンコが俺の気持ちを代弁してくれた。

『ごめんね。一松兄さんの性癖を暴露させちゃって』

 茶番劇は微妙な空気で終わりました。


 それから数日後、遂にカラ松兄さんが帰ってきた。カラ松兄さんおかえりー! 兄さんが居ない間、改めて実感したんだ。兄さんが居なきゃ何も楽しくないって。ねえねえ、兄さんは家に居ない間どこに居たの? 何をやってたの? どこで誰と何してたか俺に教えて? 何を食べた? お風呂は何時に入った? どんなベッドで寝たの?
 どんなに探してもカラ松兄さんを見つけられなかったし、トド松でさえも居場所を知らなかった。どうして、そんなの嫌だ。カラ松兄さんの事は全部知りたい。兄さんの事で知らない事があるなんて耐えられないんだ。

 ねえ、俺はカラ松兄さんにとって迷惑じゃないでしょ? だって兄さんを見てるだけだもん。他のみんなは欲張りすぎだと思う。俺なんて、カラ松兄さんを見ているだけで幸せだし満足なのに、みんなはカラ松兄さんから愛されようと思ってるんだ。そう言うの、身の程知らずって言うんだよね、俺知ってる。俺はカラ松兄さんを困らせたりしないよ。兄さんを見ていられるだけですっげー幸せ。だから、ずっとずーっと、死ぬまでカラ松兄さんの傍で見守らせてね。二度と俺の前から消えたりしないで。もう煮え湯を飲まされるのは勘弁だからね、カラ松兄さん。


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