次男総受け

□コミュ力の使い方を間違ってませんか
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 昔、カラ松兄さんは僕の相棒的存在だった。子どもの頃はいつも僕を引っ張って遊びに連れ出してくれてたんだよ。だけど、それも小学生の内まで。中学生になると兄さんは部活に入り、いつの間にか一緒に遊んでくれることは減った。その内一緒に登下校することすらなくなってしまった。急に一人にされた僕は酷く落ち込んだ。口には出さなかったけれど、僕は兄弟の中でもカラ松兄さんが一等好きだったからだ。カラ松兄さんだって、兄弟の中でも末の弟である僕のことを一番甘やかしてくれていた気がする。

 もう兄さんは僕が居なくてもいいってこと? 部活の友達やクラスメイトがいればそれでいいの? そんなの許せない。六つ子の僕達以上に大切な存在なんてあるはずない。しかも、兄弟の中でも僕は末っ子と言う一番可愛がられるはずの立ち位置にいるんだから。カラ松兄さんとは相棒として一緒に行動してきたし、カラ松兄さんだって僕のことを特別視してくれてると思ってたのに。一体何がカラ松兄さんを惑わせてるの。兄さんを惑わせるものを全部消せば、僕の許へ帰って来てくれる?


 中学校生活も半ばに差し掛かった頃、演劇部が新しい劇の練習を始めるとカラ松兄さんから聞いた。主役はまだ決まっていない、とも。カラ松兄さんともう一人の部員が候補だと知った僕は、ライバルの何とかって奴の台本の間に鳥の糞を挟むようカラ松兄さんを唆した。どういう意味があるのかって? 特に深い意味はないよ。ただ、昔悪戯をしていた頃のノリみたいなものだ。あえて深読みさせるなら、台本を大切にしない奴には主役を任せられない、と言った感じかな。
 兄さんは初め、そんなことをする必要はないと笑っていたけれど、僕がやろうやろうとねだる内に仕方ないと思ったのか、僕の案を呑んで実行してくれた。それが原因なのかは定かでないけど、その後兄さんは見事主役の座を奪ったんだ。カラ松兄さんに、やったぞトド松と言われた時、久しぶりに気持ちが高揚するのを感じた。そんなことをしなくても主役に選ばれただろうとは思うけど、少しでも僕が役に立つ人間だと思われたかったんだよ。最初は本当に、ただそれだけだった。悪意なんて全くない。

 後日、思わぬことが起こった。一部の演劇部員に、カラ松兄さんが不正をしたんではないかと疑われ始めたのだ。それを見て、僕は間違いなく憤った。まあ確かに不正はしたけど、何の証拠もなく大切な兄が悪く言われるのは誰だってムカつくでしょ。でも、そんな怒りはすぐに消えて、代わりに仄暗い欲望に火がついたのが分かった。部員にひそひそと陰口を言われていることに気付いたカラ松兄さんは、「やっぱりバレたか」と困ったように笑っている。もし兄さんがこのままみんなから嫌われたら、僕しか話す相手も居なくなり、頼る相手も居なくなる。僕だけを見てくれる。それってなんて素敵な状況だろう。もし本当にそうなったら、どんなに幸せなことか。
 その時は結局、決め手は演技力であって不正はなかった、ただのライバルの奴の僻みだってことで片付けられ、カラ松兄さんへの陰口もすぐになくなった。以前と同じようにカラ松兄さんの周りには人が集まっている。たぶん人望の差ってやつなんだろう。

 でも、この一件で僕はよく理解した。カラ松兄さんが周りに惑わされているんじゃない。カラ松兄さんが周りを惑わしているんだ。周りをどうにかしようと思っても追いつくはずがない。だって、カラ松兄さんが関わった人間をみんな始末することなんてできるはずないしね。

 高校になると更にカラ松兄さんと僕の距離は広がった。何でそうなるかなぁ。兄弟みんなに平等に接するのはいいけど、それってただの偽善だからね。いくら僕らが兄弟で、しかもそれがたとえ六つ子であっても、人間なんだから好き嫌いがあったっておかしくない。全員平等に好きだなんて、ただの建前でしょ。カラ松兄さんが優しいのは知ってるけど、他の兄さん達のことまで気に掛ける必要はないと思う。
 勝手に拗ねて外で喧嘩ばかりしているおそ松兄さんに合わせなくたっていいじゃん。常識を盾にして逃げているチキンなチョロ松兄さんなんてはほっときなって。メンヘラな一松兄さんなんて勝手に自殺させとけばいいよ。見てるしかできない臆病な十四松兄さんは無視しなよ。あ、僕は別にカラ松兄さん以外の兄さん達が嫌いな訳じゃないんだよ? ただ、カラ松兄さんのことが特別好きなだけ。カラ松兄さんだって、僕とよくつるんでたくらいなんだから、僕のことが一番好きでしょ? だったら他の兄さん達に気を遣わず、僕のことをちゃんと構ってよ。僕はただ、他の兄さん達よりも僕のことを優先してほしいだけ。無理なことは言ってないよね? だって、好きな人を優先するのは当たり前でしょ? 何で分かってくれないの、兄さん。

 カラ松兄さんが大学に入った頃から、他の兄さん達は随分と図々しくなった。あのさぁ、兄さん達、分かってる? カラ松兄さんがお前らにも優しいのは、カラ松兄さんが特別優しい人だからなんだよ。カラ松兄さんがもっと普通の人だったら、お前らなんか相手にされてないから。勿論僕は分かってるよ。そうしたら、僕だって相手にされなくなるかもしれないってことくらい。
 でも、カラ松兄さんの期待に応えているのは僕くらいだからね。それなりに社会との交流も持ってるし、コミュニケーション力も兄弟の中ではある方だよ。SNSとか使いこなしてるのは僕くらいだし。お蔭でカラ松兄さんの交友関係を把握できたから一石二鳥ってやつかな。兄さんにまとわりつく虫けら共をたまに排除してあげてたのは僕なんだよ。感謝してよね兄さん達。カラ松兄さんの友達を名乗っておきながら、ちょっと僕がカラ松兄さんの振りをしただけで騙されるなんてホントあり得ない。友達を名乗る資格なし。僕だったら絶対に間違えない。他の兄さん達のことはもしかしたら間違えるかもしれないけど、カラ松兄さんだけは決して見間違えたりしないと言い切れる。


「僕は手伝わないよ。そんなことしても意味ないし。チョロ松兄さん達だけでやれば?」

 カラ松兄さんが大学に通い始めてどれくらい経った頃だったか、起こるべくして事件は起こった。遂に我慢できなくなったんだね、チョロ松兄さん。いつも自分だけは常識人みたいな顔をして、僕らにあまり干渉してこなかったけど、カラ松兄さんが僕らに取られるかもしれないって考えたら耐えられなくなったんだ。
 監禁、ねぇ。ちょっと良い考えかもと思ったけど、僕は参加しないよ。だってそんなことしたらカラ松兄さんに恨まれちゃうし。待ってて、カラ松兄さん。僕がすぐに助けてあげるから。鎖に繋がれた兄さんを見るのは心が高揚するけれど、自分の欲のために兄さんに嫌な思いはさせたりしないからさ。僕はいつだってカラ松兄さんの味方だからね。他の兄さん達と違って、僕だけはカラ松兄さんのためを思って行動してるんだ。ね、僕はとっても理性的でできた弟でしょ。

 助けるのは僕の役目だったはずなのに。ああ、そう。兄さんには僕なんてもう必要ないのか。四人の兄さん達が結託してカラ松兄さんを監禁したって言うのに、カラ松兄さんは自分一人の力だけで簡単に逃げ出せちゃうんだね。誰の力を借りなくても……、僕の力を借りなくても大丈夫ってこと? そりゃそうか。だってあのカラ松兄さんだもんね。僕の考えが甘かった。カラ松兄さんのため、なんて甘い考えで他の兄さん達を出し抜けるはずがない。血を分けた兄弟だと思って情を見せたのが間違いだった。やっぱり兄弟なんて仲間じゃない。ただの敵だ。他の兄弟を全部切り捨てる覚悟で臨まなきゃ、欲しいものは手に入らない。僕らはずっとそうやって争ってきたのに、何で気付かなかったんだろう。

 おそ松兄さんがカラ松兄さんの周りの人間を全て消したがっていることは分かっているし、本当はとても共感していた。世界にカラ松兄さんと僕の二人だけになったら、それは言葉にならない程素敵なことだろう。でも、それがどんなに非現実的なことかは、誰に言われるまでもなく十分理解している。それなら、やることは一つしかない。カラ松兄さんの周りの人間を全部排除するんではなく、カラ松兄さんを世界から隔離すればいい。社会になんか出ずに、僕だけのカラ松兄さんでいてほしい。

 カラ松兄さんなら家で投資でもやっていれば生活できることくらい知ってるんだからね。六つ子の誰も就職してないのは世間体が悪いから仕方なく働いてるんでしょ? だったら誰かが代わりに就職すればいい。ニート共の中で一番可能性があるのはチョロ松兄さんかな。カラ松兄さんもそう言ってたし。僕もバイトくらいはするけど、今の状態で本格的に就職したって、他の兄さん達がこれ幸いと僕を家から追い出そうとすることが目に見えているからね。

「早く誰か就職しないだろうか……せめて一人だけでもいいから……。可能性があるのは、チョロ松やトド松あたりか……?」

 そんなカラ松兄さんの言葉を聞いた僕は、早速チョロ松兄さんに伝えてあげた。僕って優しい。

「カラ松兄さんが言ってたよ。チョロ松兄さんが早く就職しないかなって」

 ね、カラ松兄さん。安心してよ。たぶんその内チョロ松兄さんが就職してくれるって。だから兄さんは僕と一緒に遊んで暮らそうよ。会社を辞めるきっかけが掴めないんでしょ? それなら僕に任せて。もう何度もカラ松兄さんの振りをして行動したことがあるから、カラ松兄さんの真似は得意なんだよ。風邪ひいたって? なら僕が代わりに会社に行って、辞める切っ掛け、作ってきてあげる!


 幸せだなぁ。カラ松兄さんが僕の隣に居る。昔みたいにずっと一緒に居てくれる。仕方ないなって、笑って許してくれるカラ松兄さんが大好き。それにしても、カラ松兄さんの会社の奴ら、酷いよね。成績が良い兄さんに横領の疑惑が出たからって、よく確認もせずにカラ松兄さんが犯人だって決めつけるなんて。本当はカラ松兄さんの先輩らしいあの男の罪なのに。それにしてもあの狡猾な男、上手くカラ松兄さんに罪をなすりつけたよなぁ。勿論、後で本当のことをばらしてやったけど。
 ちなみに、カラ松兄さんに戻って来てくれって言った上司を電話で門前払いしたのもこの僕。一度カラ松兄さんを突き放した奴らの所になんて帰すはずがない。だから言ったでしょ、本当にカラ松兄さんの味方であるのはこの僕だけ。それ以外の有象無象の輩は、下心があってカラ松兄さんに近寄って来るだけだから、信じちゃ駄目だよ。
 ねぇ、ずっと僕と一緒に居よう。僕を甘やかしてよ、カラ松兄さん。僕も兄さんのこと、誰よりも大好きだから、兄さんのためなら何だってしてあげる。


 ある日転機が訪れた。一言で言えば、僕は過去に戻っていた。赤塚先生の仕業かな? 驚きはしたけど、まあこういうこともあるよね。気楽なニート生活から学生時代に戻されて、少し面倒だなとは思ったけれど、僕は昔以上に幸せだった。だって、カラ松兄さんが周りから浮いてるんだもん。カラ松兄さんが痛い発言をする度に、口では「イッタイよねぇ」と言いながら、内心ではもっともっと痛い言動をしてくれと願っている。他の兄弟達がカラ松兄さんに冷たい目を向けたりスルーしたりするのを見て、このまま兄弟から見放されてしまえば良いのにとすら思った。
 当たり前だけど、カラ松兄さんが憎いんじゃないよ。カラ松兄さんのことを誤解して勝手に離れていく兄弟達のことを馬鹿だなぁとは思うけど。やっぱりカラ松兄さんのことを真に理解しているのは僕しかいない。いくら痛い発言をしたって、カラ松兄さんがカラ松兄さんであることには変わりはないんだから、少し性格が変わったくらいで嫌いになるはずがない。他の兄さん達に合わせて扱いを変えたのは認めるけど、今も昔もカラ松兄さんを思う気持ちは変わっていないよ。

 だから、カラ松兄さんがチビ太に誘拐された時、本当は助けに行ったって良かったんだ。でも、他の兄さん達がスルーする中、僕だけが助けに行くのはあまりにも不自然だからできなかった。カラ松兄さんは強い人だから、僕らの助けは必要としていない。大切なのは、絶対に裏切らない味方の存在だけ。そうでしょ?
 ……なのに、何で? カラ松兄さんがこんなことで傷つくはずがない。どうして帰って来ないのさ、カラ松兄さん。今回のことは、昔二人でやった悪戯とそんなに変わらないよね? だから、カラ松兄さんなら分かってくれると思ってたのに。僕だけはカラ松兄さんを裏切らないってこと、分かってくれてるんじゃなかったの? 全部僕の勘違いだった? それとも、また誰かに唆されたのかな? カラ松兄さんは優しいから他人の言うことを簡単に信じてしまう。痛い性格で周りから孤立したと思っていたけれど、それでもまだカラ松兄さんに惑わされて、愚かにもカラ松兄さんを手に入れようとする身の程知らずな奴がいるのか。カラ松兄さんの交友関係は全て把握しているはずなのに、おかしいなぁ……。ねぇ、早く帰って来てよ兄さん。

「今帰ったぜブラザー」

 ああ、相変わらずかっこつけちゃって。そんな痛い所も嫌いじゃないよ。それよりカラ松兄さん、一体どこに行ってたの? 僕を置いて急に居なくなっちゃうなんて酷いじゃん。一体誰と会ってたの? やっぱり助けに行かなかったこと怒ってるんだよね? ごめんなさい、謝るよ。他の兄弟が居なければ助けに行けたんだけど、やっぱり僕は末弟だから、上の行動には逆らえないんだ。分かってくれるでしょ。
 本当に他の兄さん達、邪魔だなぁ。血の繋がりだけでカラ松兄さんを繋ぎ止めていることが忌々しい。何ならもう一回過去に戻れないだろうか。今急に思い付いたけど、それって凄く良い考えかも。もう一回過去に戻れたら、今度こそ上手くやってみせる。カラ松兄さんには僕だけがいればそれでいいって実感させてあげるのに。他の兄さん達は痛いカラ松兄さんを受け入れられなかった。そんな奴ら捨て置けばいい。兄さんには僕だけがいればそれでいい。

 だって、カラ松は僕だけの兄さんで、僕だけの相棒なんだから。


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