次男総受け

□四度目はありませんのでご安心ください
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 思い返してみると、みんな相変わらず病んでるなぁ。兄弟達のあの性格は、もう持って生まれたものなのかもしれない。そうでもなきゃ、俺がこんなに性格を変えてみても態度が全く変わらないなんておかしいよな。前回のことを引きずってるような台詞まであるし。まるで時間が戻ったことなんて関係ないみたいな……

「……いやいやいや……」

 ないない。それはない。え、だって、そんなこと……。
 俺はみんなのこれまでの態度を思い返して、ふと衝撃の可能性に思い当たった。あり得ないとは思うけど、一応確認しておかなければ。一応、な。ただ確認のためだから。まさか、そんな。あり得ないって。


 俺が慌てて踵を返して実家へ向かうと、ストーキングしていたトド松と十四松が驚いたように全速力でついてくるのが分かった。玄関を開けると、急に帰ってきた俺に驚いたチョロ松が動きを止めて突っ立っている。無視して二階の寝室へ入るとソファに一松が座っていた。俺と目が合った瞬間にいつもの半目が全開になり、そのまま硬直している。部屋の真ん中ではおそ松が不機嫌そうに寝転んでいた。邪魔な位置に居るおそ松を蹴って退けると、おそ松が驚いた顔で俺を凝視してくる。

 俺は一呼吸置くと、久方ぶりに腹の底から発声した。

「お前ら集合ー!!」

 時間を遡ってから今まで一度も自分から声を掛けたことのなかった俺が、こうして普通に呼び掛けているものだから、兄弟達が目を見開いて驚いている。皆できょろきょろと顔を見合わせた後に、そろそろと俺に近付いてきた。俺を囲むように並ぶと、そわそわと体を動かしている。落ち着きがないな。じっとしろ。

「お前ら、ちょっといいか……」

 無理矢理感情を抑えて言ったものだから、予想外に低い声になってしまった。兄弟達が一斉にピンと背筋を伸ばして小刻みに何度も頷いている。どうでもいいが、何でそんなに怯えられているんだ。そりゃ不良やってるから怖がられ慣れてるけど、兄弟にまで怖がられるとは思わなかった。

「色々言いたいことはあるが、とりあえず一つだけ聞きたい。まさか……記憶があるのか……?」

 五人が怯えたような表情を消して、きょとんとした顔で首を傾げた。凄いシンクロ率だ。こんな時に限って行動がいかにも六つ子なんだからもう。

「記憶って、もしかして最初の時と、次の時のこと?」

 チョロ松の言葉は大変な衝撃を俺に与えた。前回のカラ松事変でみんなに投げつけられた物よりも衝撃的だった。

「なーんだ、お前らも時間遡ってたのかよ。長男様特典で俺だけ二度目、三度目の人生が与えられたのかと思ってたぜ」

 へらりと笑うおそ松に殺意が沸いたんだが、ジャーマンスープレックスかけてもいいかな? 

 まさかそんな……何という事態だ……。時間を戻してもらった時に記憶があったのが俺だけじゃないなんて、俺のやってきたことは一体……。

 もうやだやだやだぁ! これが最終回なのに、「はたらく六つ子さま!」や「まつのけ」の放送予定がなかったなんてやーだー! あ゛ーっ!! 俺はただ、フリーター六つ子の庶民派ファンタジーとか、松野家6兄弟の平凡な日常を淡々と描いた作品が見たかっただけなのにー!
 
 ……だいぶ取り乱したが、紛れもない本心だ。俺、そんなに贅沢は言ってないよな!? ただ普通の兄弟がしたかっただけなの!

 だいたい記憶があるなら言えよ! 時間戻ってるんだけど何これ、とか一人くらい言うよな普通!?

「言って!? 記憶あったならちゃんと教えろよ!? 俺の十数年間は何だったの!?」

 まあこういうこともあるかなと思った、なんて返事が五つも返ってきた。流石思考回路も六つ子だな。俺がお前らの立場でもそう考えたんだろうか。考えたんだろうな。じゃあ仕方ない。って許せるか!

 五人から何かごめんと謝られたが、理由を分かっていないのに謝られても嬉しくない。しかしまあ、この可能性を考えていなかった俺も馬鹿だった。そう自分にだけ都合良くいくはずがないよな。

「もういい。もう面倒な演技もやめるし、俺だけでも真っ当に生きる」

 俺の言葉に五人は震撼した。驚いた時、見事に同じ顔になるのが面白い。

「え、演技だったの……?」

 トド松が恐る恐る聞いてきた。
 そうだよ演技だよ! あの痛いキャラや不良キャラを素でやってると思われるのはちょっと心外だぞ。そして驚く所はそこなのか?

 俺が今の性格も前の性格もわざと演じていたんだと伝えると、兄弟達が「演技で良かった」、「カラ松がおかしくなってなくて良かった」と言いながら心底ほっとしている。
 一松に至っては、「僕のせいじゃなかった」と言って咽び泣いているが、こんなことする羽目になった原因の五分の一は普通にお前のせいだからな。無論、残りの五分の四は他の奴らのせいだ。

 あー……今までやって来たことは意味がなかったのかと思うと、もうどうでも良くなった。それにどうやら兄弟達の言葉を聴く限りでは、ヤンデレのベクトルは俺にのみ向けられているらしい。
 よくよく思い返してみれば、みんなして「カラ松だけが好き」みたいなこと言っちゃってたよな? 今頃になって気付いた。
 どうしようモテ期来た。すげぇ嬉しくない。可愛い女の子にモテたい。でも現実は甘くない。

 まあ、それはとりあえず置いといて、みんな俺の事が好きなら、俺がちゃんとコントロールさえしてやれば、ヤンデレも何とかなるんではないだろうか? 兄弟達の性格を変えることが無理なのは三度目にしてよく分かった。記憶があるなら更生させるのはたぶん無理だ。だったら暴走しないように手綱を握ればいいんだろ?

 就職、結婚、孫を見せると言う親孝行が無理でも、せめて両親や世間様に迷惑をかけないよう責任を持って最後までみんなの面倒は見てやるさ。俺だってみんなが大好きだからな! 勿論兄弟としてだけど!


「カラ松兄さん、兄さんには僕だけいればそれでいいでしょ? 他の奴らはカラ松兄さんの上っ面しか見てない。兄さんのことを一番よく分かってるのは僕だけだよ……」
「わがままは言わないよ。ただ一生カラ松兄さんを見守らせてくれたらそれでいいんだ。でも、できたらカラ松兄さんを見るのは俺だけがいいなぁ。他のみんなが見る必要ないよね……?」
「今まで俺がお前に怪我させた分、俺に全部やり返していいよ。お前から与えられるなら痛みでも嬉しいし。でもカラ松が他の兄弟を気にかけるのは許せないんだよね……ねぇ、俺だけ見てよ……」
「カラ松には苦労をさせないから。僕がカラ松を守ってあげる。他の奴らがカラ松を邪険に扱ってるの、本当にムカついてたんだよね。僕なら絶対カラ松に辛い思いなんてさせないよ。僕だけがカラ松を救ってあげられるんだ……」
「いい加減理解しろよ。お前は俺のモノなの。他の奴らに現を抜かしてると、流石の俺もキレるよ? お前を俺だけのモノにできないなら、やっぱりもう他の奴らをみんな消すしかねぇよな……?」

 おっと、考えに浸って黙っていたら、いつの間にか病み発言が出てきている。みんなが俺のことをそういう対象として好きなのだと気付いたら、兄弟達の放ってきた言葉が全て貞操の危機に思えてきた。今まで俺の尻が無事で本当に良かった。

 それにしても、本当に右を見ても左を見てもヤンデレしかいない。まさにエイトシャットアウツだな。何かもう流されちゃった方が楽なんじゃないか? そう思わなくもないが、兄弟のためにも今回は絶対に引かんぞ。

 って言うか、俺ちょっとくらい怒ってもいいかな? いいよな。こんなに頑張ったのに骨折り損のくたびれもうけだった訳だし。

 あ、あと前にも言ったけど、もう一度言っておく。何度でも言っておく。

 ヤンデレ。ダメ。ゼッタイ。

「甘やかしても駄目、痛い言動で呆れさせても駄目、不良になって恐れさせても駄目。お前らときたら、この俺の努力を悉く無駄にしてくれたよな。一体何故お前らはそんなヤンデレニートになってしまったんだ? 俺が許しても世間様はそんなの許してくれないぞ。そんなんじゃ、今は良くてもいつか生きていけなくなるかもしれないと考えたことあるか? 親はいつまでも生きてないんだからな? そこんところちゃんと理解してるか? ……お前らが更生して社会に出るためには、もういっそのこと俺という存在がこの世界から消えるしかないのか?」

 少し怒りを込めて言った俺の突然の提案に、兄弟達が混乱している。やめろとか、そんなの駄目だとか言って俺を止めようとしてくれる。ああ、やっぱり何だかんだ言っても兄弟に好かれているのかと思うと嬉しいな。
 まあ、ヤンデレはノーサンキューだけど。兄弟達は慌てているからか、ヤンデレ臭が一時的に消えている。今がチャンスですね、分かります。ここから畳み掛けるぜ!

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