次男総受け

□極上の赤ワインを君に
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 ここは……ああ、何だ家か。あれ、でも何で俺は家に居るんだ? 確か俺は路地裏で喧嘩をしていたよな。10人くらいの不良に絡まれて、でも難なく往なしてやっていたはずだ。そして、威勢だけは良いそいつらを心置きなく打ちのめし、爽快感と共に大通りへ出ようとしていた、はず。その辺りから記憶がない。

 目覚めた瞬間から混乱しっぱなしだった。気が付けば外に居たはずなのに家に帰ってきており、周りには誰も居ない。他の家族はどうしたのだろうか。頭部と身体の痛みに顔を引き攣らせながら起き上がってみても、やはり分からなかった。

「つーか、何で意識失ってんの俺?」

 完全に覚醒した頭をフル回転させて考えてみる。一番可能性が高いのは、帰ろうと油断していたところを残党に後ろから不意打ちされたということだ。しかし、結局のところすぐに意識を失ってしまった自分は、事実を記憶に留めることすらできなかったのだから、いくら考えてみても真相は見えてこなかった。

「やめやめ。考えたって分かる訳ねぇし」

 そもそもどうして自分はこんな所に寝ていたのだろう。気絶させられたなら道で倒れていても可笑しくないはずだ。

「もしかして、夢遊病?」
「目が覚めたのか」

 驚いてその姿勢のまま顔だけを声の方向に向ければ、俺より少し年上くらいの男がこちらを見ている。俺が警戒して動きを止めている間、相手も特に動くことはせず俺をじっと見ている。

「は、お前誰……? 何で俺んちに居んの?」
「どうした、おそ松兄さん? 弟に向かって誰なんて酷いじゃないか。俺は、おそ松兄さんの弟の、カラ松だろ?」

 ああ、そうだ。何を言ってるんだ俺は。こいつは弟のカラ松じゃん。

「そうだよな、何か俺寝ぼけてたみたい。お前は俺の弟で、六つ子の次男のカラ松だよな」
「む、六つ子……!? あ、ああ、いや。そうだ、俺は松野家に生まれし次男、松野カラ松だ。細い裏道でおそ松兄さんが倒れているのを見つけてな。慌てて連れ帰ったんだ。ブラザーの危機に無意識に気付いてしまう俺……まさにシックスセンス!」

 イタタタタ……肋折れるぅ。カラ松ってこんなイタい奴だったっけ? いや、イタい奴だったか。

 そう言えば、今まで気が動転していて気が付かなかったが、俺は布団に寝かされており、更には御丁寧に包帯や絆創膏によって怪我の治療までされている。

「カラ松が手当てしてくれたのか?」
「あぁ。もう無茶しないでくれ、おそ松兄さん」
「へへっ、そっか。お前ってイタいけど、優しい奴だよな。サンキュー」

 笑っているはずのカラ松の顔が、酷く複雑そうな表情に見えたのは何故だろう。




 カラ松は兄弟に優しい奴だと思う。他の兄弟と一緒に悪乗りすることは多いが、自分が何かされてもあまり怒らない方だ。でも、俺が喧嘩をして帰ってくると、いつも顰めっ面で小言を言ってくる。だから、俺も次第に喧嘩をしなくなった。あの日俺が意識を失う怪我を負ってから3年経つが、ここ1年は全く喧嘩をしていない。

 ところで、カラ松は喧嘩などで無駄に怪我をするのが許せないんだと俺は思っていたが、最近少し違うのではないかと思い始めた。それに気付いたのはほんの些細なきっかけだった。

 例えばある日、チョロ松との兄弟喧嘩で二人して青痣を大量に作った時、カラ松は仕方ないブラザー達だと言って笑っていた。大した怪我ではなかったし、俺も別に気にはしなかった。しかしまたある日、俺が冷蔵庫にあった林檎の皮を剥いていた時に手を滑らせて指を切ってしまったのを見て、カラ松はやけに冷たい声と態度で俺を責めた。
 結果としては、いつものように手当てをしてくれた訳だから、それほど気にすることではないのかもしれないが、その時の俺は大変な違和感を覚えた。だって、こんなのただの事故じゃん。俺が悪いんじゃないし。剥いてた林檎、お前にもやろうと思ってたのになぁ。一体何がカラ松の逆鱗に触れてしまったのだろうか。

 よく分からない、カラ松のこと。ずっと一緒に居たはずなのに、あいつのことは意外と知らない。何でだ? 俺達六つ子のはずなのに。俺はあいつの唯一の兄で、一番近い存在だと自負しているんだけどな。




 外は既に真っ暗で少し肌寒い。今日は家に誰もいないから、パチンコ帰りに近所の居酒屋で夕食を済ませた。早く家に帰ろうと早歩きで歩いていると、見知った人影を見つけたので近寄ってみる。

「カラ松、あんな所で何やってんだ?」

 それはすぐ下の弟だった。しかも一人でなく、女と一緒に歩いている。彼女なのか? そう思った瞬間に嫉妬心が湧き上がってきた。どちらにって、それは当然一緒に居る女の方にだ。
 俺はあの日カラ松に助けられた頃から、ずっとカラ松のことが好きだった。その前はどうして好きじゃなかったのか分からないくらい、今ではあいつのことを愛している。

「チッ……邪魔してやる……」

 カラ松が何かを言うと、女はすっと腕を絡ませて路地裏の方へとカラ松を引っ張って行った。許さない。カラ松がその女を好きかどうかなんて関係ない。俺から離れるなんて、許さない。

 足音を立てないようにそっと二人を追って路地裏に入った。そこでは予想通り、カラ松と女が仲睦まじく絡み合っている。ように見えたが、何か様子がおかしい。

「カラ松……? 何やって……」
「お、おそ松兄さん……」

 カラ松は女の首筋に顔を埋めているが、そこからは真っ赤な血が滴り落ちている。俺が声を掛けたのに驚いて離したカラ松の口の端からも一筋の血が伝った。場違いにもその表情が酷く扇情的に見えた。

「その人、誰……つか、首に噛み付いて……? え……? 何、してんの、お前……?」

 カラ松はあまり慌てた様子もなく、女の首を一舐めしてその場から立ち去らせた。よく見ればカラ松の口にはいつもはないはずの大きな牙が見えている。俺は顔を引き攣らせるしかできない。

「見ての通りだ、おそ松」

 カラ松の冷たい声が、混乱している俺を正気にさせた。本当に吸血鬼なの、お前。伝承とかじゃなくて本当にいるんだ。でも、お前俺の弟じゃん。何でお前だけ吸血鬼なの?

「軽蔑してるのか? 怯えてるのか?」

 聞きたいことは色々あったのに、何一つ言葉にはならなかった。ただ、これだけは言わなければ取り返しの付かないことになると分かった。

「する訳ねぇだろ! 俺はお前が何者であろうとも、お前のことが好きだよ」
「そっ、か」
「なぁ、俺も吸血鬼にしてくれよ。俺、お前と生きていきたいんだ」
「……お前は本当にあいつそっくりだよ、おそ松」

 昔おそ松と同じことを言ってくれた人が居た。そう言ってカラ松は力なく笑った。カラ松がそんな表情を見せる相手に対して嫉妬に駆られる。でもきっと、そいつと一緒には生きられなかったんだろう。だってカラ松は今俺の目の前に居る。俺ならお前にそんな顔をさせたりしない。

「悪いが、吸血された人間が吸血鬼になる、なんてのはただの迷信なんだ」
「え……そう、なのか……? 本当に……? お前、俺のこと騙してんじゃないの?」

 カラ松は何も言わない。嘘だと言ってはくれない。

「何だ……そっか」

 俺は何とか笑って見せたが、内心は落胆と悲しみでいっぱいだった。もし俺も吸血鬼になれれば、そんな寂しさを感じさせずにずっと一緒に居てやれるのに。そんな浅はかな考えも、ただの伝説を信じていた俺の無知さを前に砕け散ってしまった。

「ありがとうおそ松。そう言ってくれただけで、俺は凄く嬉しいんだ」

 馬鹿野郎、そんな顔されたら、諦められなくなるだろ。


 

 俺はその後、カラ松と別れて街をぶらぶらと歩いていた。
 どうしたらカラ松と一緒に居られる? どうしたらあいつは離れていかない?

「……何で俺は今、あいつが離れていくと思ったんだ?」

 正体がバレたと言っても俺にだけだ。しかも、俺は受け入れているんだから、カラ松が居なくなる理由はない、はずだ。でもそれだけでは駄目な気がする。きっとあいつは俺から離れて行ってしまう。何故だか分からないが、そんな確信があった。

 では、一体どうしたらいい。

 分からない、分からない……
 どうしたら、カラ松を俺の傍に縛り付けられるんだ……




「てめぇ、松野おそ松だな!? 昔は世話んなったな! 最近見ねぇから、随分探したんだぜ?」

 俺が必死に考えていると、下品な笑い声が俺を取り囲んだ。気付いたら路地裏に来ていたらしい。周りを囲むのは一目で分かる不良だ。こんな奴ら知らない。でも、たぶん昔ボコしてやった奴らなんだろう。あー、こいつらも暇ね。俺は今真剣に考えてんのに、何邪魔してくれちゃってんのかね?

「はぁ? 俺さ、今すげー機嫌悪いんだけど??」

 一人じゃ勝てないからって仲間連れてくるとか、プライドないのかよ。何人居たって負ける気がしない。暫く喧嘩からは離れていたが、昔の感覚は失っていなかった。そう時間もかからず全員地面にひれ伏させた俺は、さっさとその場を離れようとした。こんな奴らと遊んでる暇はねぇんだよ。


「だから俺機嫌悪いって言ったじゃーん。じゃーな、あとは自分達で何とかしろよ」

 クズ共に背を向けて歩き出そうとしたその瞬間、背中に鋭い痛みと衝撃が走った。

「は、はは……やってやった……!」
「っ……ふっざ、けんな……! 許さ、ねぇ……!」

 背部に走る激痛。見ればナイフのようなものが俺の背中に突き立てられている。今まで素手の殴り合いしかしてなかった癖に、そんなん反則だろ。お前ら絶対豚箱にぶち込んでやるからな。

「くそっ……動けねぇ……」

 耐えきれずその場に倒れこんだ。いつの間にか不良共は居なくなったらしい。
 痛みと出血のせいで意識が遠のいてきた。元々は飯を食いに出ただけで携帯すら持っていなかったから救急車も呼べない。こんな路地裏では誰にも見つけてもらえないだろう。これはたぶん、助からないな。

 こんな死に方するなんて情けねぇ。カラ松の言うこと聞いて、もっと早く喧嘩なんてやめときゃ良かったな。心配されるのが嬉しいからって、馬鹿なことしたわ。


 ああ、最後にカラ松の顔、見たかったな。

 死んだ後に復活して吸血鬼になれたりしないだろうか。
 そうしたら、ずっとお前と一緒に居られるのに。

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