どれだけ探し回っても見つけられなかったカラ松が、今こうして俺の隣に居る。正直もう死んでもいい。それくらい好き。普通に大好き。「君のためなら死ねる」を本気で実行した俺に死角はねぇよな。 二度も俺の前から勝手に消えようとしたカラ松を、今度こそ絶対に俺の傍から離れないようにするためにどうしたか。俺は悪魔らしく、悪魔の契約を結ぶことにした。 内容は簡単だ。俺の血を好きなだけ飲ませてやる代わりに、二度と俺の傍から離れないと約束させた。実際の所、カラ松は吸血鬼だからどこまで効力があるのかは分からないけど、律儀なあいつはきっと契約を破らないだろう。 それにしても、あの時のカラ松はマジでヤバかった……。 俺は毎日でも血をやるつもりなのに、あの時だいぶ吸血して満足したのか、ちっとも血を強請ってこない。俺の理性はそろそろ限界だ。もっと飲んでいいんだよカラ松!? え、何で吸血されたいのかって? だって吸血してる時のカラ松って超絶エロ可愛いんだもん。しかも吸血されるの超気持ちいいし。俺って愛されてる! そして何より、あの雰囲気じゃなきゃ次に進めない。だって俺童貞だから。ていうかまだキスをしただけで、結局本懐を遂げられてないんだけど!? それもこれも、邪魔な弟達がいるせいだ……。 「あ、そう言えば」 兄弟と言えば、カラ松に他の兄弟の秘密を伝えていなかったことを思い出した。 「伝え忘れてたんだけどなカラ松、うちの家族、みんな人間じゃないから」 「!?」 カラ松は持っていた手鏡を取り落として、猫のフレーメン反応みたいな顔をしている。うん、そのぽかん顔も可愛い。 「ちなみに一松が死神で」 「え!? でも何か分かる……」 「トド松は魔女」 「男なのに?」 「十四松は天使」 「あー」 「チョロ松は泉の女神」 「だから男なのに!?」 「あと母さんは弁財天で」 「え、あの七福神の?」 「父さんは閻魔大王な」 「もう何でもアリだな!?」 カラ松のツッコミとかレアだな。チョロ松みたいなキレはないけど、珍しいものが見れてラッキーだ。俺がそんなことを考えていると、全然気付かなかった、とカラ松が落ち込んでいる。 でも、カラ松が気付かなかったことを不思議には思わない。吸血鬼にとって興味があるのは人間、というよりその血だけで、他の人外種族には基本的に興味を示さないからだ。 しかし、逆に俺達悪魔を始めとした他の種族は、優れた能力を持つ吸血鬼のことを実はとても気にしている。 その結果がこの松野家だ。 悪魔に堕ちた俺は必死にカラ松を探したが、あちこちを放蕩しているあいつはなかなか見つからなかった。カラ松を探す途中で出会ったのが、風変わりな吸血鬼とお近付きになろうとしていたこの松野家の面々だ。吸血鬼の癖に血だけでなく人間自体が大好きなカラ松なら、自分達とも仲良くしてくれるのではないか。みんなそう期待していた。 そして利害の一致から疑似家族になった俺達は、20年くらい前から松野家の“五つ子”とその両親という設定で一緒に住んでいる。と言っても、俺はすぐに自分の記憶と悪魔の力を封印して人間に成りすましていたから忘れていたのだが。もちろん怪しまれないようにちゃんと周囲の人間の記憶は改変している。 カラ松が怪我した俺を連れて家にやって来た時は、松野家(仮)一同震撼したらしい。でも俺の記憶は戻っていないし、打ち明けるタイミングがなくてそのまま普通の人間の家族として過ごしていたそうだ。まあ確かに、折角自分から飛び込んできてくれたのに、下手なことを言って逃がしたくはないわな。 カラ松はあいつらを人間だと思っていたため、軽い暗示をかけて最初から自分を松野家の“六つ子”の一員と思わせているつもりだったようだ。しかし、ただの人間はそれで騙せても、流石に俺を除いた人外六人相手にはその暗示も通用しなかった。 「人間じゃないんだよって言いたい! でも言えない!」 そんな葛藤を抱えながら、楽しい疑似家族生活を送る内に数年が経っていたらしい。 お前らじれった過ぎだろ! つーか俺だけ記憶ないのに、何勝手にお前らだけで楽しんでんだよ! まあ今こうして大団円を迎えているから許すけど。 「みんなカラ松が吸血鬼って知ったうえで、家族として一緒に暮らしてきた訳。何でか分かるか?」 「えっ? 何でだろう……利用価値があるから、か?」 「ちっがーう! 馬鹿なのお前? もっと単純なことだよ」 利用価値とか、そういうややこしいことじゃない。ただ、みんなカラ松が好きだから仲良くなりたいだけなんだ。何で分かんねぇかな? 「もっと単純……はっ! だ、駄目だぞ! 人間を殲滅しろって言われても絶対にやらないからな!?」 「いやいやいや! 誰もそんなこと頼まないよ!? そんなこと望むの、俺の本当の親父くらいだかんな!?」 ちょっとその答えは予想外なんですけど!? 何この子怖い! 「え……ていうか、頼めばできるの……?」 「やらないと言っているだろ!」 「だからたとえばだって!」 「……。フッ……闇の帝王と呼ばれし俺にかかればその程度造作もないことだ! だが俺はカラ松ガールズやカラ松ボーイズを悲しませたくはない。俺は全ての人間を愛しているからなぁ! ……誰に頼まれてもそんなことはしないし、むしろ人間を害そうとする輩には容赦しないぞ」 このイタい言い回しを聞くとはったりではないかと思うかもしれないが、最後のやたら真剣な言葉を聞く限り事実なんだろう。 「昔ドラキュラが暴走した時は、流石の俺も本気でキレたしな」 「お、おぉ? ドラキュラって、ドラキュラ伯爵? あの有名な?」 親父が……あ、魔王サタンの方な。そのサタンが、ちっとも仲間にならないドラキュラのことを宿敵とか呼んでいた。最近見ないから諦めたらしいけど、カラ松は吸血鬼仲間として知り合いなのか。 「ああ、あいつは昔カラ松ボーイ、つまり俺の眷属だったんだが……あまりにもフール。おイタが過ぎた。キツイお仕置きをして地獄に封印しておいたから、もう暴れることはないだろう」 「ファッ!?」 「まあ、あと500年くらい経って、ちゃんと反省していたら解放してやろうかと思ってる」 「Oh……」 ドラキュラ伯爵……ちゃんと反省しろよ…… 「あの……ちなみに人間界制圧しようと思ったら、お前ならどれくらいあればできるの?」 「む、そうだな……一週間くらい、かな」 「一週間!?」 この間サタンが、「ドラキュラなど居なくとも、魔王である我が本気を出せば、三月もかからず人間界を制圧できるのだぞ」とか部下に威張ってたんだけど。うわぁ、超ダッセー……。身内としてめちゃくちゃ恥ずかしいわ。もうカラ松と魔王を交代した方が良いんじゃねぇの? 吸血鬼の魔王……最高じゃね!? 働くのは嫌いだけど、もしそうなったら俺、カラ松の右腕として本気出しちゃうぜ!? 「というかおそ松、人間界の殲滅も目的でないとしたら、結局どういう理由なんだ?」 「あぁ、脱線しすぎて忘れかけてたわ。はー……お前ね、人間を愛してるとか簡単に言うくせに、何で自分に向けられる愛には鈍感なの? 理由は簡単! 至ってシンプル! 俺たちみんな、お前が好きだから一緒に居たいんだよ!」 「えっそうなのか!? そ、そうか……フッ……俺もパピーやマミー、そしてブラザーを愛しているぞ!」 カラ松は本気で驚いたような顔をした後、いつものようにかっこつけ、そしてふにゃっと顔を綻ばせた。んん゛っ! かわいすぎか! 今の顔を他の奴らに見られていなくて良かった。 「……おそ松、本当は悪魔堕ちさせてしまったことを謝らなければいけないんだろうが、それ以上に嬉しく思ってしまっている自分がいるんだ。ありがとう。おそ松とずっと一緒に居られるなんて、夢みたいだ」 「ばーか、俺が勝手にやったことだ。お前が責任感じる必要はねーよ。それより、またあの時みたいに俺を置いていこうなんて馬鹿なこと考えたら、今度こそキレるからな」 「う……あの時のことは本当にすまないと思ってる。……だって寂しかったんだ。お前をいつか看取らなければいけない日が来るのかと思ったら、耐えられなくて……」 あああ! しゅんとしてるカラ松も可愛いいい! 健気すぎて吐血するわ! 「はあ?? 寂しいから離れたとか、お前俺を萌え殺す気か!? 前はただの人間だったけど、俺だって今は悪魔、しかもサタンの息子なんだぞ。お前とだってそれなりに互角にやりあえるんだからな? 俺様が本気出せば、流石のお前だって1日……いや、3時間くらいなら魔界に閉じ込められるんだからな? たぶん!」 「おそ松、何でそんな強気なのに、発言は弱気なんだ……」 仕方ない。いくら悪魔になったとはいえ、カラ松とじゃ年季が違いすぎる。まだサタンにも勝てないのに、1週間で人間界を制圧できるカラ松を制圧するのは絶対に無理だ。 っていうか今日のお前表情よく変わるね!? 俺もうキャパオーバーなんだけど!? マジで今日他の兄弟(仮)が居なくて良かった。母さんと父さんはカラ松のことを本当の息子のように思ってるみたいだから良いけど、他の兄弟達はマジでヤバいから。 「お前……他の奴らの前でかっこつけ以外の顔見せるの禁止」 「え、うん? 俺がかっこいいのはいつものことだろ?」 うーん、全然分かってないけどまあいいや。どうせ俺カラ松の傍から離れないし。そういう契約だからな。 ちなみに他の兄弟達がどのくらいヤバいかというと、兄弟を愛していると豪語するカラ松のために、カラ松がいる前では「俺達六つ子、六倍じゃなくて六分の一!」とか言っちゃう程度には仲の良い兄弟を演じられるくらい。 そしてカラ松がいなくなった瞬間に、全員敵意丸出しで殺し合いが始まる殺伐系兄弟になっちまうくらい。 とにかく、表面上は兄弟を演じているものの、あいつらは全員カラ松を狙っていて常に火花を散らしている。いや、ちょっと言い直しとこう。あいつらは! 俺の! カラ松を! 付け狙っている悪質人外ストーカーで! 全員俺の敵だから! まず死神の一松は、カラ松の魂を自分の物にしたくて仕方がないらしい。よくカラ松の後ろでめっちゃ悪い笑顔で大鎌を振り上げている姿を見かける。 でも吸血鬼は滅多なことじゃ死なないから、まずその機会は訪れないだろう。いつもカラ松にだけ暴力的だったのは、何かのはずみで大惨事に繋がって運よくカラ松の魂を刈り取るチャンスができないかと狙っているからだ。 でも死神って基本的に死者の魂を連れて行くのだけが仕事だから、意図的に殺すのは無理だからな? というか万が一カラ松の魂を手に入れたとして、どうするつもりなのあいつ。 チョロ松は潔癖な所があり、吸血鬼なのにこの世に誕生してから一度も人間を殺したことのないカラ松のことを、穢れない聖母の如く思ってるみたいだ。“綺麗なものは綺麗な場所に”の精神で、何かにつけて自分の泉に連れて行きたがっている。これだからシコ松は。 そもそも吸血鬼を聖水とも言える女神の泉に連れて行くとか拷問かと思ったが、カラ松ならたぶん泉でバタフライできるくらいには大丈夫だな。むしろ逆に泉が一瞬でアンデッドの巣窟になるんじゃないか? 何にせよ連れて行かせる気はない。 魔女のトド松は極めて珍しい真祖の生体サンプルが欲しいようだ。高い再生能力を持つ吸血鬼の血液や内臓なんかを混ぜた秘薬を作ろうとしている。 真祖の癖に人間に甘いカラ松ならどうせいつか死ぬだろうから、僕がもらったって良いよね? なんて考えているドライモンスターだ。あざとい仕草の裏側では、馬鹿な吸血鬼だと嘲笑っている。 って言うのは思いっきり建前で、本当は「何かヤバい奴らがカラ松の周りに集まってる。カラ松鈍感だから僕が何とかしてあげなきゃ。カラ松は僕が守らなきゃ。ていうかもっと構ってよカラ松!」って考えてるの、兄ちゃん全部知ってるからな。 お前ってドライモンスターの皮を被ったウェットモンスターだよなぁ。 十四松は天使。もうほんと天使。大好きなカラ松とずっと一緒に遊びたいからって、わざわざ下界に部署異動したんだと。 他の奴らの理由を聞いた後だと拍子抜けするよな。しかもカラ松が幸せになれるようにって、毎朝早起きして一生懸命天使の加護を与えている。何その健気さ。 でもそれって、悪のカリスマ・真祖吸血鬼であるカラ松には呪いのようなもんじゃねぇの? この前カラ松がトラックに足の指轢かれてたの、だいたいこいつのせいだと思います。 天使マジ無邪気すぎて外道。 と、まあこんな感じで兄弟達(仮)がカラ松のことを気に入っているのは周知の事実だが、俺はカラ松を渡す気はさらさらない。が、あいつらはみんな人外で、しかも俺は松野家としては長男を名乗っているが、実際は元人間で、人外としては一番若輩者だ。簡単に負けるつもりはないが、万全を期して臨まないとな。敵情視察は基本だろ? |