次男総受け

□お前の愛だけが俺を幸せにできる
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 目が覚めると俺の頭は空っぽだった。自分は誰なんだろう。ここはどこなんだろう。周りに居る人間達は何者なんだろう。何故それが分からないのかすら分からない。怖い。怖くてたまらない。

 ふと、手に持った一冊の本に気が付いた。読まなければいけない気がした。
 読んで分かったことは、それが日記帳であり、俺が俺に宛てて書いた備忘録であることだ。俺の記憶がないのは交通事故に遭ったことが原因らしい。しかも俺の場合は厄介なことに、過去の記憶を失っただけでなく、新たな記憶を1日しか保持できない前向性健忘という障害も負っているようだ。よくよく日付を見れば、俺が退院したらしい日付から既に1ヶ月が経っている。

 何てことだ。大変なことになった。俺はこれからどうやって生きていけばいいんだ。自分の行く末を考えると、とても恐ろしい。こんな俺は、一人では絶対に生きていけないだろう。ここを放り出されたら野垂れ死ぬしかない。それでも俺が完全に取り乱さずに済んだのは、周りにいる兄弟と思われる人達の存在のお蔭だ。

 日記の中で、俺は兄弟達の優しさを知った。面倒なことになった俺を見捨てずに、嫌がりもせず俺の手助けをしてくれる。兄弟がいるからこそ、俺は今日まで生きてこられたのだろう。

 俺が日記を読んでいる間に他の兄弟達が起き出し、俺に向けて朝の挨拶とともに自己紹介をしてくれた。みんなそっくりだが、意外と仕草や喋り方が違うので何とか見分けられそうな気がする。
 こうして兄弟達と挨拶を交わし、自己紹介をしてもらうことは、俺にとっては初めての記憶だ。だが、きっと毎日同じことを繰り返しているに違いない。兄弟達は毎日同じことを繰り返しながら、一体何を思っているのだろうか。


 今日は昼過ぎに母さんが今川焼を買って来てくれた。何となくどんなものかは分かるが、味は覚えていなかった。食べるのが楽しみだ。全部で三個あるそれは、一人半分ずつにすれば均等に分けられる。揉めなくて良かったな。俺が安心して見ていると、兄のおそ松が半分に割った片方を俺に手渡してくれた。さりげなく大きい方をくれたのは気のせいだろうか。
 もらった今川焼きを頬張ると、とても甘くて美味しい。おそ松を見ると、彼もまた俺の方を見ており、ぱちりと視線が交わった。「美味いな」と声を掛けると、楽しそうに「そうだな」と返ってくる。ああ、兄弟がいるって幸せだな。

 俺の日記には兄弟にしてもらって嬉しかったことがよく書かれている。その中でも特に、唯一の兄であるおそ松の名前は頻繁に出てきていた。恐らく俺にとっておそ松の優しさは、分かりやすく受け入れやすいんだろう。
 俺もできるだけみんなに感謝の気持ちを伝えたいと思い、最近はできるだけ家事をしているらしい。今日も慣れない料理を作ってみたら、兄弟はみんな笑顔で食べてくれた。そしておそ松は、とても優しい顔で頭を撫でて礼を言ってくれた。少し恥ずかしかったが、それ以上に嬉しい。もっと喜んでもらいたい。これが好きという気持ちなんだろうか。よく分からない。


 明日の俺が混乱しないように、この気持ちは日記に書かないでおこう。

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