次男総受け

□拝啓 親愛なるブラザー。今日も俺は元気に戦っています。
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 あれは遡ること一か月前のことだ。いつものようにカラ松ガールズを探して街を彷徨っていたら、急に俺の前に黒塗りの車が現れた。スーツの男達に囲まれ、よく分からない話をされ、仕舞いには車に連れ込まれる始末だ。あまりに突然のことに、ろくな抵抗すらできなかった。これは所謂誘拐ではないか? しかし、チビ太の時は酷い目にあったが、今度は全く酷いことをされていない。むしろとても丁寧に扱われている。こんな扱いされたことない。何だか知らないが、ちょっとだけ嬉しい。話を聞くと、スーツの男達は政府の人間らしい。国の機関のくせにやることが強引過ぎる……。

「審神者になっていただきたい、と言えば、我々が貴方に何を望んでいるか分かるかと思います」

 え、全然分かりません……。政府の広い建物の中で更に奥まった部屋に連れて行かれると、役人は実に簡潔に話を進めた。簡潔過ぎて全く理解できなかった。だって内容が突拍子もなさ過ぎる。時間遡行軍とかいうテロリストのような奴らを倒すために、俺に戦って欲しいと言う。もちろん一人で戦う訳ではなく仲間達と共に戦うそうだが、そんなこと急に言われて、はいそうですかとは答えられない。

 ちなみに拒否権はないらしい。傍若無人すぎるぞ政府。そもそもテロリストと戦うって何だ。いつからここはギャグ漫画の世界からバトル漫画の世界に変遷したんだ。週刊少年ジャンプじゃないんだから、急な路線変更はやめてほしい。俺達に与えられた設定なんて、ただのニートな六つ子という、全く戦闘には使えない設定だけだ。特殊能力とか持ってないから。それでもあえて俺の長所を上げるとするのなら、ちょっと人より力が強いことくらいだ。つまり俺はザ・一般人! 痛いのも怖いのもノーサンキューだぜ。

 とは言え、「俺が必要」とか「力を貸してくれ」と懇願されたら、誰だって悪い気はしないだろ? 正直労働なんて不毛なことはしたくなかったが、これだけ真摯に請われれば、少しくらい協力してやろうと言う気にもなるものだ。そして何より、給料が出ると聞いたからな。しかも、危険な仕事だから高給らしい。……まあ、少しくらい働いてみるのも刺激があって良いかもしれないな。

 それにしても、まさか兄弟で最初に自立するのが俺になるとは、ブラザーの誰も思いもしなかったことだろう。俺も思わなかったぜ。あ、そうだ。せっかく稼いだ金を搾取されないよう十分注意しなければ。

 と言う訳で、政府の奴らの言うことを了承した俺は、早速戦地に連れて行かれるらしい。Oh……急すぎるぜ……。心の準備する時間とかないのか。俺が呆然としていることなど役人共は全く気にせず、ゲートのような場所に案内された。一体何が始まるんだ?

「それではまず、初期刀を選んで頂きます。この五振りの刀から一振りをお選びください」

 だからもっと詳しい説明を、と言いたいところだが、たぶん無視されそうなので大人しく選ぶことにする。どれが良いんだろうか。刀の良し悪しはよく分からないので、とりあえず一番近くにあった刀を手に取った。随分と綺麗な刀だ。本物の日本刀、か。これで戦うのだろうか。テンション上がるな。刀? もちろん使ったことはない。

「松野さん、貴方なら大丈夫だとは思いますが……、どうか大切になさってください。どの刀も名だたる名刀ばかりです。優劣をつけ、扱いに差をつけるなど言語道断」

 役人が辛そうに顔を歪めながら言った。て言うか、え、名刀……? 量産型の刀じゃなくて? 日本刀って確か結構高いよな。名刀と呼ばれるレベルの刀となると、相当ヤバい値段が付くんじゃ……

「意図的に折ったり、酷い扱いをしたり……そう言った不敬な輩が増えていましてね。そういった審神者は当然厳罰に処されます。まあ、貴方なら決してそんなことはしないと信じていますよ、松野さん」

 わざと折ったりはもちろんしないが、意図的でなく、誤って折ってしまった場合はどうなるんだ……? まさか、弁償とか……? 無理無理、ニートの俺に払える訳ない。これからニートじゃなくなるが、俺が貯金0であることに変わりはない。絶対折らないようにするしかないじゃないか。むしろ傷一つ付けないよう気をつけよう……。とりあえず、この刀だけは死んでも守ろう。だからそんな目で見ないでくれ。視線で人が殺せるなら、三回くらい殺されてると思う。

「では、松野カラ松さん。これから貴方を、審神者として就任していただく本丸に転送させていただきます。本丸にはナビゲーター役のこんのすけという管狐がおりますので、詳しい説明はそこで聞いてください」

 ふむ、狐が案内してくれるのか。戦地に赴くにしては随分とファンシーだな。とりあえず、ホンマルとはたぶん城の中核を表す本丸のことだろう。だが、サニワは聞き覚えのない言葉だ。結局俺が政府の役人の説明で理解できたことは、敵は時間遡行軍というテロリストで、日本刀を使って戦う、これだけだ。こんな無知で大丈夫か? 大丈夫じゃない、問題だ。言っとくが、俺が馬鹿な訳ではないからな。専門用語が多すぎるんだ。まずはそのサニワのことから説明してくれ。何故サニワなるものを知っていること前提で話を進めるんだ?

「あの、ところでサニワって一体……」
「それでは松野さん。時間がありませんので早速このゲートの前に立ってください」

 俺の言葉はスルーされるものだ。ああ、分かってたさ。……でもちょっとは俺の話聞いてぇ!

「本丸はこの世界とは別の時空にあります。故にこの世界との通信は、政府のサーバーを介した回線でしかできません。つまり、今お持ちの端末も本丸では使用できません。そして、審神者という職業には守秘義務が課せられますので、本丸から出ることは政府の許可が必要です。基本的には本丸から出られないと思ってください」

 え、何それ聞いてない。連絡も取れない上に滅多に家に帰れないなんて、もっと早く言ってくれ。ああ、これじゃあブラザー達が悲しむじゃないか。って言うか俺が寂しい。だが、今更帰りたいとか言えないしなぁ……。まぁ、絶対に家に帰れない訳じゃないし、仕方ないか。

「それでは起動します。合図したらゲートをくぐってください」

 役人に促されるがままにゲートを通り抜ける。壁しか見えていなかったはずのゲートの向こうに、何故だか荒野が目に入る。体が全てゲートを通り抜けようとしたその瞬間に、後方から小さな呟きが聞こえてきた。


「あ」


 ちょっと待て! あって何だ、あって! 何か物凄く嫌な予感がするんだが!? 勢いよく振り返ったが、そこには既にゲートはなかった。何だったんだ、あの「あ」は……。絶対なんかヤバいことに巻き込まれた気がする……。不憫枠の俺の勘がそう告げている。

 とりあえず現状を把握しよう。ええと、ここは本丸、ではないよな。完全に屋外だしな。では、ここは一体どこなんだ。誰か俺に教えてくれ。助けてくれブラザー!

 仕方なく本丸を探すために歩いていると、遠くに人影が見えてきた。運が良い。近付くと、時代錯誤な狩衣を着たイケメンだった。おお、何か神々しい。気軽に話し掛けたら「無礼者」とか言われそうな雰囲気だ。

「すまないが、本丸がどこにあるか知らないか?」

 俺が話しかけるとイケメンは少しだけ驚いたような顔をした後、ふっと微笑んだ。思ったよりふわふわした印象だ。どんな顔してもイケメンとかちょっとムカつくな。

「はっはっは、すまんな。俺はまだ主を持たぬのだ。故に本丸の場所は知らん。それにしても、随分高い神力を持っているようだな。見ない顔だが、さぞ優秀な刀工に作られた名刀とみた。……いや……お主、まさか人間か?」

 「人間か?」とか生まれて初めて言われたんだが!? 俺が人間以外の何に見えるっていうんだ。絶対ヤバい人間だこいつ。本丸の場所も知らないようだし、早めに離れよう。

「あ、ああ。残念ながら人間だぜ。知らないならいい、邪魔したな」
「天下五剣であるこの俺ですら付喪神と見紛う程の霊力の高さ、魂の美しさ。そして、それに見合った見目麗しい姿。……お主、俺の主になってくれんか?」
「え、遠慮しておこう……」

 やっぱりヤバい奴だった! 俺は誰かに養われる気はあっても、誰かを養う気はない! いくら美形でも男は結構だ! 俺は恐怖からその場を逃げるように走り去った。死ぬ気で走った後、後ろを振り向けば奴はいなかった。良かった、逃げ切れたようだ。

 ふー、怖かったぜ。それにしても、走りまくったのに本丸は見当たらない。困ったな。しかし天は俺を見捨てていなかった。少し先にまた人影が見えてきたのだ。先程のことがあるので迂闊に話し掛けづらいが、背に腹は代えられない。彼らに助けを求めよう。
 ひとまず本丸とやらの場所を知らないか聞こうと近付いていくと、その集団は大人から子供まで、合わせて六人いるようだ。そしてよく見ると、何故か全員刀を構えている。 ……まさか、あれが刀で戦うと言うサニワ!? そうに違いない。サニワは刀で戦う人間のことらしいしな。早くも仲間を見つけてしまうとは、俺はなんてラッキーガイなんだ。だが、様子がおかしいな。俺は更に近付いたところで絶句した。

「何というクレイジーワールド……あの化け物は何なんだ?」

 よく見れば、骨っぽいモンスターがサニワに襲いかかっている。テロリストとは聞いていたが、化物だなんて聞いてないぞ! 何あの化物。超怖い。形勢が不利なのか、サニワ達は怪我だらけで辛そうだ。このまま見捨てる訳にもいかない。彼らは俺と同じく、戦う運命の下に生まれし仲間なのだからな。フッ……俺もこの日本刀をもってして、あのモンスター共の魂を輪廻に還してやろう。この刀でな! いや、待て……折ったら、弁償……?

「フッ……刀を使うまでもない。この得物で十分だぜ」

 持ってて良かった蛇矛。そう、あれだ。22話で俺が持ってたやつ。ちなみにガトリングガンとかも出せるぞ。どこから出したのかって? そんなことは気にするな。ギャグアニメは何でもアリなんだぜ。

「すまないな、憐れなモンスター達。俺のクールな矛捌きの前にひれ伏してもらおうか」

 俺の非公式な喧嘩強い怪力設定が火を噴くぜ。という訳で蛇矛を振るって敵と思われる化物に斬りかかってみた。避ける隙は与えないぜ! 俺が斬りかかった化物は動かなくなった。さらに他の化物が襲いかかってくるのをいなしながら、次々と倒していった。おお、人外相手でも意外と戦えるじゃないか。めちゃくちゃかっこよく戦えてるんじゃないか、俺!? 一回くらい死ぬかなと思ったけど、普通に勝てた! 流石俺!

「あ、あんたは一体何者なんだ……?」

 軍服のような短パンの美少年が俺を見て目を丸くしている。こんな子供まで戦わせるなんて、政府は全く外道だな。

「フッ……俺の華麗な戦いっぷりに見惚れてカラ松ボーイになってしまったんだろ? だが、すまない軍服ボーイ。俺はカラ松ガールズしか受け付けていないんだ!」
「え、あー……。とにかく、危ない所を助けてもらい感謝する。俺の名は薬研藤四郎だ」

 どうみても子供なのに、やたら貫禄がある低音ボイスだな。子供ながらクールじゃないか、薬研とやら。

「俺は松野家に生まれし次男、松野カラ松だ」
「手に持ってるそれは、旦那の本体か?」

 本体って何だ? そう聞く前に、別の人物俺に話し掛けてきた。

「槍みたいだけど、御手杵君の本体とは少し形状が違うね」

 眼帯をしたイケメンがまじまじと俺の矛を見ている。みんな日本刀なのに俺だけ違う武器を持っているのが気になるのか。

「この蛇矛がどうかしたか?」
「蛇矛? 何それ」

 何それと言われても……。矛の一種で、確か三国志で張飛が持ってる武器だったか。あくまで創作の話だが。本当は明の時代に創られた武器らしい。

「へぇ、カラ松って言ったっけ。お前凄いんだね。俺は加州清光。助けてくれてありがとな」

 黒いコートを着た加州とやら声を掛けられた。いい笑顔だけど……お前血だらけだぞ、大丈夫か!?

「それより、あの化物は何なんだ?」
「旦那は知らないのか。あれは歴史遡行軍と呼ばれる奴らが送り込んでくるんだ。要は敵だ」

 なるほど、つまりあの化物を倒すのがサニワの役目という訳だな。理解したぜ。

「こんな敵、怪我さえしてなけりゃ苦戦してねぇのによ……!」

 長髪の青年が悔しそうに呟いた。みんな普通に立って喋ってるけど、結構な重傷だ。あの……本当に大丈夫か?

「とにかく一度本丸に帰ろう。主の機嫌を損ねるのは避けられないだろうけど、このままここに居るよりはマシだよ」
「本丸と言ったか!? 俺もそこに連れて行ってもらえないだろうか?」

 探し求めた本丸! そうか彼らもサニワだから本丸に帰るんだな。そうと分かれば、是非本丸に案内してもらおう。彼らは怪我もしているので、早く戻って手当てをしなければならないしな。

「俺達の本丸に? なぁアンタ、悪いことは言わねぇから別の部隊に拾ってもらえよ。俺達の本丸には、来ない方が良い」
「助けていただいた御仁には礼を尽くすべきでしょうが、あの本丸にお連れする訳には……。何卒ご容赦下さい」

 槍を携えた長身の青年が困ったように笑いながら言われ、それに続いて水色の髪の青年にも拒否されてしまった。その理由は分からないが、俺を思って言ってくれているのだとは感じた。本丸と言うのはそんなに危険な場所なのだろうか。しかし俺は本丸に行き、敵と戦うと言う使命を果たさねばならない。

「世界平和のためだ。本丸が俺を呼んでいる。いいから連れて行ってくれ」

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