次男総受け

□松野チョロ松は鍛えたい
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 兄弟で一番力があるのは誰なのか。子供の頃なら兄弟全員、迷わずカラ松と答えていた。怪力はある意味カラ松の個性であり、長所でもあった。
 では、もしも今、同じ質問をされたら何と答えるのか。兄弟達はかく語りき。

 長男のおそ松は当たり前のように。
「怪力? カラ松のこと?」

 四男の一松はつまらなそうに。
「アイツの取り柄とか、怪力くらいじゃないの?」

 五男の十四松は楽しそうに。
「カラ松にーさんの力は凄いんでっせー!」

 六男のトド松はどうでも良さそうに。
「あー、はいはい。カラ松兄さんといえば力自慢でしょ?」

 兄弟達は深く考えず、当然の如くカラ松と答えた。

 しかし、チョロ松は眉を顰めて言う。
「あいつらの目は節穴か? あいつら馬鹿なのか? いや、馬鹿だった。カラ松が怪力だなんて、そんな訳ない。あの細腕のどこにそんな力があると思えるのさ?」
 
 子供の頃のカラ松が兄弟一の力持ちであったことはチョロ松も否定しない。高校生くらいまでは、カラ松は兄弟の中でも筋肉質であり体格が良かった。細すぎず、ごつすぎず、理想の体型だ。密かに他の兄弟がカラ松の体格に憧れていたことは、実は本人だけが知らない。筋肉がつけば当然力も強くなるので、カラ松が他の兄弟より怪力であったことは自然の摂理である。

 しかし、このニート生活数年目の今、カラ松の力は兄弟の誰よりも弱く、人並み以下にまで落ちていた。何故他の兄弟は気付かないのかとチョロ松が不思議に思う程、それを裏付ける証拠はいくらでもある。

 たとえば先日、チョロ松が街を歩いていた時のことだ。スーパーの近くで米を抱えて必死の様相で歩いているカラ松にばったり会った。スーパーからまだあまり距離がないはずなのに既に辛そうにしているカラ松を見て、チョロ松はビニール袋の持ち手を半分持った。それでも徐々に歩みが遅くなるカラ松を見かねて、結局チョロ松が家まで米の入った袋を持って帰ってやったのだ。最初は遠慮していたが、恥ずかしそうに笑いながら感謝を告げる兄を見て、チョロ松は何とも言えない気分になった。

 かっこつけの延長なのか、はたまたただの癖なのか、カラ松はよく腕まくりをしている。他の兄弟は誰も気に留めていないだろうが、チョロ松はいつだってあの曝け出された前腕から目が離せなかった。肌の白さもさることながら、あの腕の細さは兄弟でも随一だ。筋肉も脂肪も少なそうなその腕は、いつも血管が浮き出ており、関節は骨ばっている。指は細長く、ニート故か手荒れもない。白魚のような手と言うと言いすぎかもしれないが、男の癖に綺麗な手をしているなとチョロ松は常々思っていた。あの腕で怪力と言われてもとても信じられないが、兄弟達は昔のイメージを持ったままなのか、カラ松が非力だとは夢にも思っていないようだ。

 では何故、昔体格も良く怪力だったカラ松がそんな事になってしまったのか。別に聞くも涙語るも涙の事情がある訳ではない。人に言えないような並々ならぬ事情がある訳でもない。ただ単に運動不足なだけだ。ただし、カラ松は体力は割とある。あくまで筋力がないだけだった。

 ここで他の兄弟を引き合いに出してみよう。まずトド松。彼は女性にモテるために色々努力をしている。ジムに通っているのもその一環だ。細マッチョを目指して筋トレをしているらしい。そのため、あざとい仕草で中性的な自分を演出している割に比較的筋力はある。十四松は言わずもがな。いつも野球をしているので兄弟で一番体力も筋力もある。一松は一見体力も筋力もなさそうだが、猫をよく抱き上げているので意外と腕力はある。体力はほどほどだ。おそ松は昔やんちゃをしていたこともあり、兄弟で一番喧嘩慣れしている。体力や筋力は兄弟の中でもバランスが良く上位と言えるだろう。そしてチョロ松。ドルオタで運動ができなさそうに思われがちだが、兄弟で一番俊足なのは彼だし、アクティブなオタクは割と体力がある。グッズを大量に持ち帰るための筋力だって備えている。

 では、カラ松はどうか。他の兄弟同様モテたがっており、自分磨きに余念がないところはトド松と変わらない。しかし、カラ松は細かいことは考えない男だ。とりあえず、太って体型が崩れるのを防げばいいという程度の考えしか持っていない。太らないためにどうすればいいのか。どこをどう鍛えるかなんていう細かいことは考えず、カラ松はとりあえず毎日走った。面倒なことは決してしないカラ松が毎日走ることができているのは、それが既に日課になっているからだ。本当に良く続いていると思う。

 ここで問題なのは、それだけ運動をしているのに食事の量が他の兄弟と変わらないことだ。有酸素運動でエネルギーを大量に消費しているのに摂取エネルギーが増えなければ、当然徐々に痩せていく。トド松のように筋トレをしている訳ではないので、筋肉も一緒に落ちていく。こうしてカラ松の筋力は、いつの間にか兄弟の頂点から底辺へと落ちてしまった訳だ。

「い、一松……!」

 チョロ松がカラ松の筋肉事情について考えていると、悲痛な叫び声が聞こえてきた。またかと思い居間を覗き見ると、案の定カラ松が一松に胸倉を掴まれて涙目になっている。今日は一体何を言ったのか。カラ松は一松の腕を掴んではいるが、結局されるがままになっている。一松は心なしか楽しそうだ。

「お前さぁ、たまにはやり返せよ。いくら兄弟が大事でも、抵抗する時は抵抗していいんだぞ?」

 ニヤニヤしながら言うおそ松を見て舌打ちをした一松がカラ松を解放した。そして言われたカラ松は疑問符を浮かべたような顔でおそ松に言い返した。

「いつも結構抵抗してるんだけど……?」

 チョロ松は雷に撃たれたような衝撃を受けた。ヤバい、この軟弱な兄は放っておいたらいつか大変な目に遭うんじゃないか? 絡まれて腕を掴まれたら絶対に振りほどけないだろうし、殴られたら簡単に吹っ飛ばされてしまう。これは実に由々しき事態だ。何とかしてやらないと。一瞬でそこまで考えた。

「カラ松、ちょっとこっち来て」

 おそ松はカラ松の言葉を聞いて何を考えたのか、顔色一つ変えていない。そんなおそ松を無視してカラ松を風呂場に引っ張っていくと、チョロ松は有無を言わせず体重計に乗せた。そして二度目の衝撃を受ける。

「50kg台半ば、だと……? お前、僕より10kg近く軽いのか……?」
「ははは、六つ子なのにそんなに違う訳ないだろブラザー?」
「馬鹿! 実際違うんだよこのバカラ松! 見ろ、僕の体重を!」
「おぉ……マジか」

 同じ遺伝子の六つ子のはずなのに、生活習慣の違いでいつの間にか差ができていたらしい。ここまで痩せているとはチョロ松も思っていなかった。

「ちょっと僕と腕相撲して」

 そう言いながらダイニングテーブルの上に右肘をついて手を差し出した。カラ松は困惑しながらもチョロ松の手を握り、腕相撲の体勢をとる。握った手の華奢具合にチョロ松は動揺したが、自ら合図をして本気の力を出した。結果は言わずとも分かるだろう。チョロ松の圧勝だ。カラ松は笑顔で凄いなと褒め称え、それとは対照的にチョロ松は項垂れる。

(昔なら絶対僕が惨敗してた。力が弱くなってるのは分かってたけど、いつの間にこんな非力になっちゃったんだよ、カラ松兄さん……)

 チョロ松は考える。こんなひ弱なままでは危ないので、とにかくカラ松の筋力を取り戻すことが先決だ。まず、食事量を増やさなければ。そして筋トレ。しかし、問題はどうやってカラ松にそれを続けさせるかだ。ランニングだけはもう日課になっているので続けているが、基本的にめんどくさがりであるカラ松が筋トレみたいな継続する意思が必要なことを始める訳がない。次男は責任がないだとか、最後まで実家から離れないなんてクズ発言をしている人間が、努力という面倒なものを進んですると誰が思うだろうか。
 やはり自分がコーチ役になってカラ松を鍛えるしかない。思い立ったが吉日と言わんばかりに、チョロ松はその場からそっと逃げようとしていたカラ松を捕まえて、誰も居ない寝室へと連れて行った。

「おい、カラ松。筋トレするぞ」
「えぇっ!? 何で!?」
「何でじゃない、やれ」

 極悪人のような顔で言われ、カラ松が萎縮する。既に涙目だが、チョロ松は更に低い声でカラ松を脅すように告げる。

「これは持論だが、筋力アップに一番効くのは無酸素運動だと思う……。今お前に必要なのは、ランニングによるダイエットではなく筋トレだ。 室内だからちょうど腕立て伏せしやすいしな」
「チョ、チョロ松? 何かいつもと雰囲気違う……人類最強感に溢れてる……」
「いいからさっさと腕立て伏せしろやぁあ!」
「はいぃぃぃ……!」

 カラ松に腕立て伏せをさせ始めたチョロ松。その吊り上がった眉は、次第にいつものようなタレ眉に戻っていった。数回実施しただけでもう腕がプルプルしているのを見て、段々可哀想になってきたのだ。可愛いと思ってしまった事実はすぐに脳内で否定した。

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