次男総受け

□松野チョロ松は鍛えたい
2ページ/2ページ


(節穴なのは僕の目だった……!!)


 兄弟達がカラ松を怪力だと思っている、なんていうのがただのポーズに過ぎないことにチョロ松は今更ながら気付いた。あいつら絶対分かっていて黙っているんだ、と憤りながら今後の身の振り方を考える。

(姿形が見えない、どこにいるかも分からないモブなんかを警戒している場合じゃなかった! 敵は松野家にあり……!)

 チョロ松が意気込んだところで襖がスパンと開くと、そこには四つの同じ顔があった。

「ちょっとー、二人だけで何やってんの?」

 トド松が拗ねたような顔で入ってくるのを筆頭に、残りの兄弟全員が寝室に入ってきた。十四松は楽しいことなら俺も混ぜてとはしゃぎ、おそ松と一松はニヤニヤとチョロ松を見ている。

「ちょうど良かった。ちょっとコンビニ行って酒とつまみ買って来て、カラ松」
「は? 何故俺が」
「長男命令で〜す! 安心しろって、ちゃんと金やるし、今日は特別に釣りもお前にやるから」
「……仕方ないな、今日だけだぞ」
「おー、ビール一本と裂きイカだけでいいからな」


 カラ松に千円札を渡してコンビニに行かせたおそ松は、悪魔のような顔でチョロ松に詰め寄った。

「チョロ松〜、お前何しちゃってんの?」

 おそ松だけでない。他の兄弟もみんなゲス顔でチョロ松を見下ろしている。

「俺達六つ子だよ? カラ松兄さんが兄弟で一番痩せてるのも、いつの間にか一番力が弱くなってるのも、全部気付いてマッスル!」

 十四松の言葉を受けて、やはりみんなが気付いていたということを自分だけが知らなったのかと、チョロ松が唇を噛んで悔しそうにした。

「カラ松兄さんは別に僕達にどう思われているかとか気にしてないみたいだけど、変に筋トレとか始められちゃうと厄介だから、極力筋力のことは言わないようにしてたんだよねぇ」

 トド松の言葉にチョロ松がどういうことだと聞く前に、一松が口を挟んだ。

「クソ松に箸より重い物を持たせないように気を配って苦節五年……俺達は遂にここまでやり遂げた……!」

 一松が顔を手で覆いながら、感極まって「おお、神よ……」などと天を仰ぎ見ている。相変わらずキャラがブレブレだなとチョロ松が呆れる。

「お前な、俺達の努力を無に帰すつもり?」

 おそ松がチョロ松をジト目で見ながらそう言うと、他の兄弟も同じようにチョロ松を睨んでいる。一体どういうことだと問い掛ける間もなく、兄弟達は好き勝手に語り出した。

「やっぱり僕も男だし、カラ松兄さんには男らしいとこ見せたいんだよね。たまに荷物持ってあげたりすると喜んでくれるし、そういうのデートみたいで良いよね〜」
「野球してる時に応援してくれるカラ松兄さんすっげー可愛いんすよ! カラ松兄さんに応援されるとめっちゃやる気出る! 一緒に野球はしないよ。だってカラ松兄さんが怪我しちゃうから」
「あの怪力だったカラ松が、俺に碌な抵抗もできないなんてマジ滾る。俺が胸倉掴んだ時に、あのほっせぇ腕で一生懸命引き離そうとしてくるのとかホントヤバい。あ〜、本気で泣かせてぇわ」
「昔はマウント取っても簡単にどけられちまってたけど、最近は抵抗されても全然平気! あいつの力じゃびくともしなくなったし、片手でカラ松の両手を拘束する自信もある! は〜、早く俺の下で啼かせてぇ〜!」

 チョロ松はキレやすい男だが、これはキレても仕方ない、むしろキレるべきだろうと自分に言い聞かせた。
 末の弟二人の言うことは百歩、いや千歩譲って許そう。正直アウトかもしれないが、まだギリギリ兄が大好きな弟の範疇と言えなくもない。
 だが長男と四男、テメーらは駄目だ。考えるまでもなくアウト。実の兄弟に対して何を考えているんだ。まさか兄弟が兄弟を狙っていたなんて知りたくなかった。

「おめぇら何トチ狂ってんだ! 僕達同じ顔の六つ子だぞ!?」
「そんなん今更だろ? 男同士で兄弟で……そんなの分かってるっつの」

 チョロ松はおそ松の言葉に息を呑む。タブーとか倫理観だとか、全部考慮したうえでこの兄弟達はカラ松が好きなのだ。

 四人は口を揃えて言った。
 男としては好きな相手よりも力が強くありたい。力で押さえ込んで手篭めにしたいと言うのは男の本能だ。でも、どう頑張ってもカラ松の怪力には勝てる気がしない。ならカラ松を弱体化させよう。そんな馬鹿な計画を立ててから早五年。何故か計画は上手くいった。

 おそ松達はできるだけ力を使わせないよう、力仕事はさりげなく肩代わりしてきた。楽な事が大好きなカラ松は、そうやって兄弟が甲斐甲斐しく力仕事を代わってくれるのをありがたく享受している。そして、カロリーを控え目に保つため、カラ松のおやつは大体他の兄弟に搾取された。ちなみにランニングを勧めたのはトド松だ。

 そうしている内に筋力が落ちていることにカラ松自身も気付いていたが、別に困ることはなかったので気にしなかったようだ。

「なぁ、自称常識人のチョロ松く〜ん? お前もあのか弱いカラ松が好きだろ?」
「は、はぁ!? 何言ってんだよこのクズ長男!」
「でも、お前は好きな子守ってやりたいタイプじゃん。昔より今の方が、もっと守ってやりたくなるだろ?」

 チョロ松はおそ松に言われた言葉に動揺したが、そんなことはないと自分に言い聞かせた。

「誤魔化さないでよチョロ松兄さぁん。てめぇがいっつもクソ松の細い腕を舐めるように見てるの、俺達全員知ってっからな」
「そ、それは! 昔より随分痩せたから心配してるだけで……!」
「ふーん、カラ松のこと見てるのは否定しないんだ」

 一松が口角を上げ、悪い顔でチョロ松を誘導する。そして、四人はじりじりとチョロ松に詰め寄り、カラ松の細い腰や細い手足、弱弱しい腕力について語る。チョロ松はただカラ松のことを心配していただけのはずなのに、次第に庇護欲が湧き上がり変な気分になってくる。チョロ松が自分達と同じ世界に落ちようとしているのを見て四人がニヤニヤと笑っていると、ガラガラと玄関の開く音がした。

「帰ったぜ、ブラザー達!」

 カラ松がコンビニの袋を持って寝室に入って来た。ビールとつまみをおそ松に渡すと、釣りで買ってきたと思われるスナック菓子数袋を弟達に渡す。みんなで食べようと思ってと言いながら笑うカラ松。弟達は珍しく兄らしい行動を取ったカラ松を見て、カラ松マジ女神、結婚しよ、と感動した。たとえば、もしおそ松に買い物を頼んだら、財布の中を空っぽにされた挙句、目的のものすら買ってきてもらえないだろう。

「カラ松兄さん! 筋トレ始めたんすか!?」
「え? ああ、うん。一応今日から始めた、のか?」

 菓子を食べながら十四松が核心に触れる質問をした。カラ松はちらりとチョロ松を見てから、とりあえず肯定した。

「カラ松〜、お前はそのまんまで良いんだって。めんどくさいことするの嫌いだろ? 俺も嫌ーい。だから兄ちゃんと一緒に家でダラダラしてようぜぇ」
「えー、家に居るのもいいけど、外に遊びに行かない? ねぇねぇカラ松兄さん、また服買いに行こうよ。僕がモテるコーデしてあげるからさ!」
「カラ松兄さん、今度野球の試合があるからまた観に来てよ! 僕絶対ホームラン打つから応援して欲しいっす!」
「さっきは……ごめん。ちょっと機嫌が悪かっただけ。許してくれるよね? 仲直りの印に……一緒に猫、見に行かない?」

 兄弟達がカラ松を取り囲む。トド松は右手を優しく取り、十四松は背中から負ぶさるように抱きついた。一松は左腕を掴んで怪しい手つきで撫で回し、おそ松は正面から腰を抱き寄せるように掴んでいる。改めて見ると、同じ身長なのに体格差がある。チョロ松はセクハラするなと叫びながら、必死で兄弟達を引き剥がそうとした。

「なぁに、チョロ松兄さん? 僕達今カラ松兄さんと話してるんだから邪魔しないでよー」

 トド松に疎まれるが、その程度で怯んだりはしない。
 兄弟に囲まれるカラ松を見てチョロ松は思う。カラ松はオザキを敬愛し男らしさを目指しているはずなのに、どんどんゴール地点から遠ざかっている。

(もう守ってあげたい系男子にしか見えないんだよバカぁ……!)

 血管の浮き出る華奢な腕。片手で簡単に握れてしまう細い手首。傷のない長く綺麗な白い指。良いじゃないか。女のように細い腰や、スキニーパンツの似合うすらっとした足。全部そのまま守ってやりたい。カラ松が怪力という個性を失ったって、大切な兄弟であることに変わりはないのだから。
 
(カラ松を鍛えるとかそんな悠長な事を言ってる場合じゃない。ほっといたらあいつらの毒牙にやられる。僕が守ってやらないと……!)

 お前は僕が守ってやるから。もう鍛えなくていいから。だからそのまま、綺麗なままでいて。



 意識高い系の松野チョロ松が最近始めた自己研鑽はジム通い。今回は口だけでなく実際に行動に移していることから、その本気度が窺える。


 目的は、他の兄弟よりも筋力をつけるため。
 目標は、松野カラ松をお姫様抱っこできるくらいの腕力をつけること。

前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ