次男総受け

□死神カラ松が死に至るまで
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ある少年の最期

「俺は死神なんだ」

 それは麗らかな春の休日のことだ。カラ松は何の脈絡もなく僕にそう告げた。


 高校生になった僕達六つ子は少しずつ個性を見せ始め、一緒に居る時間も中学までと比べると徐々に減り始めてきた。その中でも僕はあまり子供の頃と変わっておらず、真面目で地味な性格のままだった。友達はいるが決して多くはない。勉強の成績は六つ子の中では良い方だが、全体で見ると取り立てて褒められるほどでもない。そんな平凡な性格だ。

 一方のカラ松は、演劇をしている影響か時々大仰な仕草で痛いことを言っては兄弟から疎まれることがあったが、何故かクラスでは人気があるようだった。何時でも明るく優しい性格が受け入れられ、痛い台詞もいつもの冗談かというように好意的に見られている。兄弟と一緒だとあまり喋らないが、外だと割と饒舌で話し上手なのも起因しているのかもしれない。

 僕はそんなカラ松に憧れていた。自分の好きなことをした上で周りにも受け入れられ、そして認められている姿が羨ましかった。自分は真面目なことが取り柄だが、その真面目さを失ってしまったら周りから見放されてしまうに違いない。


 カラ松がおかしなことを言ったのは、僕とカラ松が二人きりの日のことだった。普段はトド松と一緒に行動することの多いカラ松が、何故か今日は朝から居間で僕の傍を陣取っている。正直嬉しかったが、それを言葉にするのはなんだか恥ずかしくてできなかった。トド松はカラ松と遊びに行こうと思っていたようだが、家から離れる気配がないカラ松に焦れて結局一人で家を出て行った。

 二人きりになったのを見計らって、カラ松は静かに僕に告げた。自分が死神であると。

「え? カラ松、何言ってるの? そんな冗談、僕には通じないよ」

 当然僕はそれをカラ松の冗談だと思った。もしかしたら、と疑う余地もないくらいに、あっさりと冗談だと判断した。

「冗談じゃないんだ。これは死神だけが持つデスノートで、このノートに名前を書かれた人間は死ぬ」

 カラ松が取り出したのは、「DEATH NOTE」と書かれた真っ黒な趣味の悪いノートだ。見せてと言ってカラ松からノートを受け取ると、中をぱらぱらと捲ってみた。中には何も書かれておらず、1ページだけ破り取られていること以外は何の変哲もない普通の大学ノートだ。

 内心で溜息を吐きながら考えた。今度は一体何に影響されたのだろうか、と。他の兄弟ならこの辺りでカラ松のことを無視しそうなものだが、僕はこの茶番にもう少しだけ付き合おうと思った。だってカラ松の方から自主的に僕を構ってくれる機会は少ないのだから。せっかくのチャンスをふいにはしたくない。

「へー、じゃあ試させてよ」

 筆箱からペンを取り出すと、誰の名前を書いてやろうかと逡巡する。カラ松の名前を書いてやってもいいが、冗談とは言え、その不吉な行為は何となく躊躇された。

「駄目だ一松! やめるんだ! 本当に人が死ぬ!」

 僕の手が今にも動き出しそうになるのを見て、カラ松が慌てたように声を上げた。必死にやめろと言うカラ松を見て、どうせ嘘だと分かるのを焦っているんだろうと失笑した。

「あ、ちょうどいいや。この犯人の名前にしよう」

 たまたまテレビでやっていた立て籠もり事件のニュース。そこには犯人の顔写真と名前が映っている。画面で見た名前をさらさらとノートに書いてカラ松を見ると青褪めた顔でノートを見ている。暫く経っても特にテレビ画面の向こうで異常事態が起こっている様子はない。

 ほら、何も起こらないじゃん。そう言ってカラ松をからかってやろうとした直後、ニュースキャスターがやや慌てた様子で原稿を読んだ。

――今、現場から最新の情報が届きました! 犯人が自殺をした模様です! 人質は……

「は? 嘘、でしょ……?」

 僕は事態を飲み込めず、ただただ呆然とテレビを凝視していた。そして、理解すると同時に次第に恐怖が襲ってくる。

 本当にこのノートは死神のノートなのか。本当にカラ松は死神なのか。もしこのノートが名前の通り死を与えるノートだとして、そうであればこの犯人を殺したのは誰なのか。

「カ、カラ松……」
「一松、お前は何も悪くない。これは俺のノートのせいだから、お前は何も気にしなくていいんだ」

 青褪めたままのカラ松から目が離せなかった。本当なの、カラ松が死神ってこと。本当なの、このノートが人を死に至らしめるデスノートだってこと。殺したのか、僕が、この犯人を。

「大丈夫、大丈夫だ一松。ごめんな、俺がお前にこんなものを見せたばかりに。これはたまたま運が悪かっただけなんだ」

 そうだ、僕は悪くない。だって知らなかったんだ。いや、カラ松は確かにこれがデスノートだと伝えてはいたけれど、それを本気に捉える人間が一体この世にどれだけいる? 誰だって冗談だと思うに決まってる。
 それに、死んだのは犯罪者だ。真っ当な人間じゃない。……だからって、死んで良かったと言えるのか? 殺して、良かったのか?

「僕が、殺した……僕が?」

 カラ松が僕に何度も大丈夫だと言ってくれるが、何が大丈夫なものか。
 つい先日近所のおじさんが死んだと聞いた時、それほど親しくなかったから別に対して悲しくもなかったし、へえと思ったくらいだ。テレビでよく見る芸能人が交通事故で死んだと知った時も、若いのに可哀想だなあと漠然と考えただけだ。そして、犯罪者が獄中で病死したとニュースで見た時なんかは、悪いことをした報いが来たんだろうと少しいい気味だと感じてしまった。

 でも、今この瞬間、今まで実感したことのなかった死というものを痛烈に理解している。死んでいい人間だったかどうかが問題なんじゃない。自分の手で殺してしまったことが問題なんだ。

「一松、すまない。俺は怖くなってしまったんだ。誰かに……いや、一松に聞いてほしくて」

 カラ松の言葉で少しだけ意識が現実に戻されたように思う。そう言えば、カラ松はどうして急にこんなことを告げたのだろう。他の兄弟でもなく、僕に聞いてほしかったことって何。

「死神は自分のデスノートに人間の名前を書いて殺すことで、その人間の残りの寿命を自分の寿命とするんだ」

 カラ松は自分が死神という前提で話を進めているが、先程のように冗談だとは決して思えなかった。

「でも俺は、そんなことできなくて……」

 それはそうだろう。優しいカラ松に人を殺すなんてことできる訳がない。こうして今、僕ですら途方もない罪悪感と恐怖に駆られているのだから。あれ、でもそれだとカラ松の寿命はどうなるの。

「俺、18で死ぬんだ」
「ど、どういうこと? 何で? 死神なのに死ぬの?」

 訳が分からなくてカラ松に詰め寄った。カラ松が死ぬ? しかも18歳で? そんな、後数年しかないじゃないか。そんなこと信じられない。信じたくない。

「死神大王から18年分の寿命は貰ってるけど、まだ誰もノートに書いてないから、その寿命がなくなったらそのまま死ぬんだ。あ、でもさっき一松が書いた犯人の寿命が5年だけあったから、23くらいまでは大丈夫、かな」
「そんな……や、やだ! カラ松死ぬなよ! 早くノートに誰かの名前書いてよ!」

 困ったように笑うカラ松を見て、もう自分のことなんてどうでも良くなった。そうだ、犯罪者の名前を書けばいい。さっきみたいに悪い奴が死ねば世間の人間だって助かるはずだ。そしてカラ松も死ななくて済む。

「カラ松、どうして!? 書かなきゃだめだ!」 

 なのにカラ松はノートに名前を書く気はないのか、僕の心からの叫びを聞いてもただ悲しそうに笑うのみだった。

「カラ松が書かないなら僕が書く……!」

 カラ松からノートを奪い取ると、放り出していたペンを再び手に取って誰かの名前を書こうとした。
 だが、書けない。恐怖に手が震える。誰の名前を書けばいいんだ? 死んでもいい犯罪者。一番死んでもいいのは誰だ?

「一松、いいんだ」

 震える僕の手をそっと包み込みながらデスノートを取り返したカラ松が、慈愛に満ちた顔で僕に微笑みかけた。

「死神なんでしょ? 何でそんな甘いこと言ってんだよ。お前の命かかってんだぞ。お願い、お願いだから死なないで。僕カラ松が死んじゃうなんてやだよ……」

 震える声で懇願したってカラ松は最後まで頷いてはくれなかった。僕が呆然としていると、カラ松は「少し一人で考えさせてくれ」と言って家を出て行き、やっと帰ってきたのは夕飯の時間だ。
 そして帰ってきたカラ松は、もう話は終わったと言わんばかりに全く違う話しかしてくれなかった。




 あれから5年が経過した。カラ松に秘密を打ち明けられたあの日の夜、俺は一晩中寝ないで考え、そして覚悟を決めた。カラ松が書かないのなら、自分がデスノートに人間の名前を書いてやる、と。しかし、翌日俺が死神やデスノートのことを問いかけても、カラ松は首を傾げるだけだった。何度詰め寄っても、脅して吐かせようとしても、カラ松は口を割らなかった。

 それならば、せめてデスノートを見つけ出してカラ松の寿命をこっそり伸ばしてやろうと考えたのだが、一体どこに隠したのか、あの黒いノートを見つけることは現在まで叶っていない。5年間ずっとその調子だ。どういうつもりなのか分からない。兄弟に相談したくとも、本人があの様子では証明することもできず、信じてもらえないだろう。

 数年後にカラ松が死んでしまうかもしれないと悩んだ俺は、あの後しばらく飯も喉を通らなくなり、学校へもあまり行けなくなった。その上、人を殺してしまったという罪悪感もあったから歪んでしまったのだと思う。

 そんな俺を兄弟達は心配してくれたが、打ち明けられない悩みを抱えた俺が立ち直ることなく、そのままの性格で成長してしまった。今では弟に闇松とか言われる始末だ。

 何故カラ松はあれ以来話そうとしないのか。本当は話すつもりがなかったのに話してしまい、それをなかったことにしようとしているのか。俺に話したのは間違いだったと後悔しているのか。疑問は尽きないが、それに応えてくれる者はいない。

 そもそもどうしてあの時カラ松は俺にだけ話したのか分からない。何か意図を持って他の兄弟ではなく俺を選んだのだとしたら、それは不謹慎だが嬉しいと思ってしまう。リーダーのおそ松でもなく、頼りになるチョロ松でもなく、仲のいい十四松やトド松でもなく、俺を選んだ理由があるのなら、いつか教えてほしい。勿論お前の寿命を人並みにまで伸ばした後にだけれど。

 あまりにも死神のことに関する話だけ反応が悪いし、ノートも一向に見つからないので、最近ではあいつに騙されたのではないかと思うようになってきた。
 あれは演劇をやっていたカラ松の渾身の演技で、それなのに何とも悪いタイミングで本当に立て籠もり犯が自殺してしまったから、怖くなってあのお遊びをなかったことにしたのかもしれない。

 もしそうだとしたら、騙されて性格が歪んでしまった俺をどうしてくれるんだと怒りが湧いてくる。でも、騙されていたのなら、それでいい。カラ松が23歳で死ぬと言う話もあいつの詰まらない嘘だったんだ。そうであればどんなに素晴らしいことか。

 そう思っていた矢先のことだ。

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