レッド成り代わり夢

□頂点と頂点の邂逅
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 勢いよく声を掛けてから、しまったと思った。
 後ろ姿でも分かる俺より少しだけ高いだろう背に、細い腰や長い髪。その人は間違いなく女の人だった。彼女の肩にはピカチュウが乗っている。ピカチュウはその人より早く俺の存在に気付いていたらしく、俺が声を出す前に耳をぴくぴく動かして反応していた。

 こんな華奢な女の人でも、このシロガネ山にいる時点で凄腕のトレーナーなのは間違いない。もしかしたら、レッドさんの情報も何か知っているかもしれない。あわよくば、知り合いだったりしないだろうか。

 しかし、その人が振り向いた瞬間にそんな考えは消え去った。そして、代わりに別の考えが浮かぶ。

 この人がレッドさんその人に違いない、と。

 男とか女とか、そんなことは些細な問題に過ぎない。ポケモントレーナーは実力が全てだ。男だろうが女だろうが、強い奴が覇権を取る。俺はそういう世界に生きてきた。

 俺の声に振り向いたその人は、俺の実力を見定めているかのようにじっと見つめてくる。その澄んだ瞳に射抜かれて、俺はその場から一歩も動けない。それと同時に、俺はポケモンバトルを挑みに来たことすら忘れ、その人に見惚れてしまった。
 彼女の持つ、人を魅了する綺麗な容貌と出で立ちは、まさに最強という名に相応しい。つい目を離せずに俺もレッドさんを見つめてしまっていると、ふとレッドさんの表情が僅かに歪んだ。

 あぁ、何してるんだ俺は! きっとレッドさんは俺が早く用件を言わないから怒っているに違いない。いや、もしかしたら早くバトルをしろということなのかもしれないな。

「あ、あなたがワタルさんを倒したグリーンさんを更に打ち破ってチャンピオンになり、しかもそれでは満足せずにチャンピオンを辞退して武者修行の旅に出たという、最強のトレーナー、レッドさんですよね!?」

 少しの間があった後、無言で小さく首を縦に振ったレッドさん。
 きっと俺に名乗るべきか考えていたのだろう。俺が駄目なトレーナーと判断されたら答えてすらもらえなかったのかもしれない。

「俺はポケモントレーナーになる前からずっとあなたに憧れていました! そして、あなたを超えたいと……そう思って自分とポケモン達を鍛えてきました!」

 最強にして無敵
 究極にして至高
 原点にして、頂点!

 そんなあなたを倒さない限り、たとえチャンピオンになろうとも、俺は最強を名乗れない。俺は俺自身を超えるためにも、あなたを必ず越えなければならない。

「俺と、俺とバトルして下さい!!」


 霰の降るシロガネ山の頂で、俺はレッドさんと初めて一戦を交えた。未だ興奮冷めやらない。ああ、手に汗握る最高のバトルだった。今日の一戦は、これから先一生忘れられないだろう。結果は俺の完敗だったけれど、悔しさよりも清々しさの方が圧倒的に大きかった。

 流石レッドさんだ。今まで戦ってきた誰よりも強かった。正直戦っている最中に自分が勝つイメージが全く沸いてこなかったくらいだ。
 つい先日トキワジムで何とか競り勝ったグリーンさんも、四天王やチャンピオンよりも強いんではないかと感じるほどの実力者だった。でも、この人はそのグリーンさんよりも更に強い。

 いや、もっと正確に言うのなら、バトルが上手いとでも言うのだろうか。ポケモン達のレベルを上げただけでは押し切れない強さがある。きっとレッドさんは、常人とは比べ物にならないくらいポケモンの持っている強さを引き出す才能があるんだろう。ポケモン達もレッドさんを信じて戦っている。その采配は寸分の狂いもなく、常に最善の一手を繰り出してくる。

 負けてしまったけれど、こんなに楽しいバトルをしたのは初めてだった。またこの人と戦いたい。

「俺、ヒビキって言います! また俺とバトルしてもらえますか……!?」

 勢いに任せて次のバトルの約束を結ぼうと声を上げると、レッドさんは表情を和らげてふわりと笑い頷いた。それはバトルをしていた時の凛とした表情とは全く違う。驚く程に優しく美しい微笑みを向けられ、俺は思わず絶句してしまった。

 圧倒的な力と、全てを包み込む優しさ。この人はまるで女神のような人だ。バトルは何度でもしたいけれど、正直もうこの人のことを越えられなくても良いと思っている自分がいる。

 本当に不思議だ。レッドさんに会うまでは、憧れていながらも超えたいと思っていた。なのに今となっては、ずっと超えられないまま、俺の目標であり続けて欲しいとさえ思う。

 俺の永遠の憧れの人。
 どうか常に俺の前に立ちはだかり、俺を導いてください。
 俺、一生貴女に付いていきます、レッドさん……

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