レッド成り代わり夢

□似非紳士のカントー進出
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「あれ? ユウキ君、どこ行くの?」
「何だ、ハルカか。まぁ、ちょっとカントーにな」
「え、カントー!? それ、ちょっとってレベルじゃないよ! そんな遠くまで何しに行くの?」
「何しにって……強い奴を探すために決まってるだろ?」

 この二年間でホウエン地方は回り尽くした。ポケモンリーグも制覇したし、今ではこの地方にはオレと互角に戦える奴なんてまずいない。最強を目指して進んできたが、実際にその位置に辿り着いてしまうと、案外つまらないものだ。

「そっかぁ。ユウキ君が満足できる相手なんて滅多にいないもんね」
「バトルしてて楽しいのは、ダイゴさんくらいだな」

 唯一あの石マニア、もといチャンピオンのダイゴさんだけが、今の所オレが本気を出せる相手であり、勝敗もほぼ互角の人だった。ただ、お互いいつも同じポケモンで戦わせるのにはそろそろ飽きてしまった。

「でももっと新鮮な、心躍るようなバトルがしたいんだ」

 だから一度別の地方を旅してみようと思った訳だ。流石にイッシュは遠すぎるので、カントー・ジョウト・シンオウの中から選ぶことにした。
 まずシンオウは最初に却下。どう考えても寒すぎる。温暖なホウエン地方から出たことがないオレなんて、雪が降っている光景すらまともに見たことがない。それなのにシンオウでは人の背丈よりも雪が積もる地域もあるらしい。有り得ない。
 シンオウ以外ならどちらの地方でも良かったので、とりあえずカントーに行くことにした。ジョウトとカントーの間にはリニアが走っており移動も楽らしい。カントーに飽きたらジョウトに行けばいい。

「ねぇユウキ君! 私も今度カントーに遊びに行くから、その時は案内してね!」

 オレは遊びに行くんじゃねぇっつの。そう喉元まで出かかったが、ハルカに文句を言われては面倒だから言わなかった。適当に返事をしてやれば嬉しそうにはしゃいでいる。相変わらず単純な奴だな。

 という訳でハルカに見送られつつ、実家のあるミシロタウンから東の港町ミナモシティへと飛んだオレ。ちなみに比喩ではなく実際にポケモンで飛んだ。空を飛ぶマジ便利。

「えぇと、カントー行きは、と……」

 港に着くと今度はホウエン・カントー間を往復している連絡船に乗り込んだ。ポケモンリーグの本部がある地方だけに、他の地方行より本数が多くて助かる。そのままカントーまで飛んでいければ一番楽だが、まだ一度も行ったことのないカントーへは行くことができない。大人しく船旅を楽しもう。


「へぇ、ここがカントーか」

 高速船に揺られること数時間、オレはついにカントー唯一の港町であるクチバシティへと到着した。なかなか活気のある街だ。確か豪華客船のサント・アンヌ号も停泊したことがあるらしい。

「……で、どこへ行けば強い奴と戦えるんだ?」

 ポケモンリーグのチャンピオンと戦えれば一番良いのだが、この地方のバッジがないとリーグに入れてすらもらえないはずだ。とりあえずジムに挑戦するか? でもわざわざ8個も集めるのは面倒だな。

「もっと手っ取り早く戦える場所があればな……」

 少し下調べが足りなかったか。一体どこへ行けば良いのかさっぱりだ。仕方ないので誰かに聞いてみることにする。クチバの街をうろつきながら、声を掛けられそうな……要は暇そうな人を探す。
 そんな中ふと海を眺めている一人の女性に目が行った。

「うわ、スゲェ美人……」

 自分の好みにドストライクであったため、思わず声が出てしまったが、幸いその人には聞こえなかったらしい。
 海を眺めているその人の長い髪は、潮風に靡いてきらきらと輝いている。少し愁いを帯びた表情はやけに扇情的に見え、オレは思わず唾を飲み込んだ。

(綺麗だ……)

 単純な言葉だが、今オレの知る中で最もこの言葉に相応しいのはこの人だった。それでいて肩に乗せているピカチュウが可愛らしさも演出している。美しさと可愛らしさの絶妙な組み合わせだ。
 折角だしこの人に声を掛けてみよう。運よくお近づきになれれば一石二鳥だしな。

「突然すみません。トレーナーとバトルがしたいのですが、どこか良い施設をご存知ないですか?」
「あ、えっと……そう、ですね……トキワのトレーナーハウスなんてどうでしょうか?」
「トキワシティ、ですか」

 急に話し掛けられて驚いたのか、少し目を見開いてオレを見つめるその女性。視線が絡み合った瞬間に気持ちが高揚するのが分かった。

(あぁ、これが一目惚れってヤツか……)

 すぐに微笑を浮かべて親切にオレの質問に答えてくれたその人は、オレがカントーの住人ではないと気付いたのか、何とトキワまで案内しましょうかと提案してくれた。
 何という優しさだ。ハルカにもこの他人への思いやりの気持ちを見習わせたい。

 ポケモンに乗って空を飛んでいる間、がっつかない程度にこの女性と話をした。彼女はカントーのマサラタウン出身で、オレと同じくポケモントレーナーとのことだ。マサラは田舎だと笑っていたが、オレの実家のあるミシロも相当な田舎なので話が合った。田舎に住んでいることを心の底から感謝したのは初めてかもしれない。

 そんなこんなでトキワシティにはあっという間に到着してしまった。楽しい時間はあっという間だな。
 トレーナーハウスに着くと、折角だからとポケモンバトルに誘われた。1秒でも長く一緒に過ごせるチャンスだと、オレは二つ返事で承諾する。

「ここがバトルフィールドです。……お手柔らかにお願いしますね」

 冗談っぽく言いながらふわりと微笑む彼女に、危うくノックアウトされそうになる。何とか表情を崩さず向き合い、モンスターボールに手をかけたその瞬間、ふと迷いが生じた。

 この人相手に本気を出していいものか。

 自分で言うのもなんだが、オレはかなり強い部類に入る。ホウエン地方のポケモンリーグを制覇し、チャンピオンのダイゴさんと互角以上という時点でそれは証明されているはずだ。そんなオレが本気で戦えば……。

 流石に女性相手にポケモンをフルボッコにするのは気が引ける。だが、もし手を抜いたのを気付かれたらこの人の気分を害してしまうかもしれないし、そもそもトレーナーとして失礼にあたる。
 それならいっそ、初めから全力で行くべきか。それに強さを見せることでオレのアピールにもなるかもしれない。
 よし、申し訳ないがここは本気で行かせてもらおう。

「お願いね、ピカチュウ」

 肩に乗っていたピカチュウが彼女の肩から飛び降り、勇ましくオレの前に出てきた。ピカチュウといえば素早さはそこそこあるが、進化途中のポケモンであり基本的にあまり強いとは言えない。しかし、このピカチュウはなかなか強そうだ。

 オレも心躍らせながらモンスターボールを投げて最初のポケモンを出した。






 白熱したバトルが繰り広げられる中、オレの最後のポケモンが倒れたところでバトルは終了した。オレの敗北という形で。

「ありがとうございました。凄く楽しかったです」
「は、はい……こちらこそ、勉強になりました」

 負けるなんて微塵も思っていなかった俺は、唖然としてしまった。
 カントーはこんなにレベルの高いトレーナーばかりなのか……!? 余裕でチャンピオンクラスの強さじゃねぇか! それともこの人は本当に四天王かチャンピオン、なのか……?

「あなたとポケモン達、とても信頼し合っているんですね。強い絆で結ばれているのが分かります。あ、そうだ。これ、良かったら使ってあげて下さい」

 オレが倒れたポケモンをモンスターボールに戻そうとすると、その人は回復アイテムを手渡してきた。これがダイゴさんとかだったら間違いなく突っぱねていただろうオレだが、この人にはそんなことをする気にはなれなかった。むしろ感謝の気持ちでいっぱいだ。ポケモン達とオレの絆を褒められたからかもしれない。

「ありがとう、よく戦ってくれたな」

 もらった傷薬を早速使うと、元気になったバシャーモが嬉しそうに声を上げた。

「その子、アチャモの最終進化系ですよね。もしかして最初のパートナーですか?」
「はい、ホウエンで旅を始めてからずっと一緒の相棒です」

 バトルが終了したらそのまま別れることになるかと思っていたが、幸運にも一緒にポケモンセンターへ行くことになった。

「やっぱりそうなんですね。その子が一番強かったし、あなたも一番信頼してるみたいでしたから。私の最初のパートナーはこの子なんですよ」

 大人しい人だと思っていたが、意外と積極的に話し掛けてくれる。それだけポケモンが好きなんだろうな。会話の話題となってくれたバシャーモ、グッジョブだ。流石オレの一番の相棒。
 そして一番強かったピカチュウが彼女のパートナーらしい。ピカチュウと微笑みあう姿は最高に可愛い。

 そういえばバトルや会話に浮かれてこの人の名前を聞いていなかったな。オレとしたことが、一番重要なことを忘れてどうする。

「ところで、今更ですが貴女のお名前を伺っても?」
「そういえば、これだけ話しているのに名乗ってませんでしたね。私はリーファです」

 リーファさん、か。名前も素敵だ。つーか、ヤバイなオレ……これが恋ってものなのか。

「オレ……いえ、ボクはユウキと申します。それから、敬語なんていりませんリーファさん」
「えーと……」

 少し困ったような表情を見せるリーファさん。オレが年上か年下か分からず躊躇っているのだろうか。予想だと同い年か少し年上ではないかと思うが……。でもそんな謙虚な所にも好感が持てる。

「ボクは16なんです。……女性に年齢を聞くなんて失礼かとは思いますが、リーファさんはおいくつなんですか?」
「今17歳です。……ユウキ君の1歳上ね」

 年下と分かったからか少し砕けた話し方に変えてくれた。嬉しいが、リーファさんが年上であることを少しだけ残念に思う。間違っても年上が嫌なのではない。ただ、普通に接していたんじゃリーファさんはオレを弟のようにしか見てくれないだろうことを懸念しているだけだ。さて、どう攻めるか……

「それにしてもリーファさんは本当にお強いんですね。驚きました。是非またボクとお手合わせ願えませんか?」
「ありがとう。でもユウキ君も凄く強かったわ! 少し状況が違えばユウキ君が勝っていてもおかしくなかったと思うの。私でよければまたいつでもお相手します」

 少し首を傾けながら嬉しそうに笑うリーファさん。
 ああ、まさに天使の微笑みだ……。

 顔良し、スタイル良しな時点で相当モテるに違いないが、性格も素晴らしすぎる上にバトルセンスも最上級。こんな完璧な人がこの世の中に居ようとは、カントー恐るべし。



「よぉリーファ。トキワに来てたのか」
「あ、グリーン!」

 ポケモン達の回復を終え、ポケモンセンターから出たところで一人の男と鉢合わせた。男はリーファさんを知っているようで、オレを無視して話し始めた。リーファさんはリーファさんで、心なしか表情が一段と柔らかくなった気がする。この男とは一体どんな仲なんだろうか……。

「……で、そいつは誰だ?」
「彼はユウキ君って言って、ホウエン地方から来たトレーナーさんなの。礼儀正しい人で、それからとっても強いのよ!」

 リーファさんが嬉しそうにオレのことを紹介してくれた。相手が男なのは気に入らないけれど、そんなに楽しそうに話されたら勘違いしてしまいそうになる。

「ふーん、ホウエンねぇ。そんな遠い所からわざわざナンパしに来たのか?」
「ちょ、ちょっとグリーン……!」

 あぁ、成程ね。こいつもオレと同類らしい。オレを睨みつけるその目からは独占欲が滲み出ている。だけどそんなあからさまな挑発、オレが乗るはずないだろ?
 そんなことより、男の失礼極まりない言葉に焦り、困っているリーファさんに声を掛けよう。

「……すみませんリーファさん、恋人がいるのに馴れ馴れしく話し掛けてしまって……。不躾でしたよね」
「え……!? あ、あの……! グリーンはただの幼馴染なの……!」

 慌てた様子で否定するリーファさんも可愛いな。

「あれ、そうなんですか? とても仲が良いから、てっきり付き合ってるのかと思いましたよ」

 リーファさんの様子を見るところ、どうやらこの二人は本当にまだ付き合っている訳ではなさそうだ。つい顔がにやけそうになるのを抑えてあくまで良い人を演じるオレ。一方のグリーンとかいうこの男は、リーファさんの否定の言葉に表情を歪めている。いいザマだ。

 この男の片想いなら、オレにもまだチャンスはある。
 ……いや、たとえ両想いだったとしても奪ってやるけどな。

 

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