この時期には別の地方の人が薄着で来てしまって後悔することが多いみたいだから、もしかしたらこのお姉さんもそうなのかなと思った。 細く白い腕をさする姿はあまりにも寒そうだ。スカートから出るすらっとした足は僅かに震えている気がする。 可哀想で見ていられなくなったので、僕の上着を貸してあげようと思い付いた。でも、お姉さんは躊躇っているようでなかなか受け取ってくれなかった。 前にヒカリが女の子は体を冷やしちゃいけないんだと力説していたのを思い出し、何とか受け取ってもらおうと説得したけれどやはりダメだった。背は確かに僕の方が少し低いけれど、着られないことはないと思うんだけどなぁ。 そんな風に貸す、借りられないの攻防が繰り返されている内に、お姉さんが困った顔をしているのに気付いた。今更だけど、もしかしてしつこ過ぎて不審者のようになっていたかもしれない。 しまった、何となく気まずい雰囲気だ。僕っていつもこうなんだよね。幼馴染のジュンにも空気読めない奴って言われるし……。 僕が無言になってしまったのを見かねたのか、結局お姉さんの提案で服屋に案内することに決まった。何だか逆に気を遣わせてしまったみたいで申し訳ない気分になったけれど、お姉さんと一緒に買い物できるのは少し嬉しかった。こんなこと、口が裂けても言えないけれど。 「そういえば名前、まだ言ってませんでしたね。僕コウキって言います。フタバタウンから来ました」 「私はリーファよ。マサラタウン……って、知ってるかな? カントーの田舎町なんだけど、そこ出身なの」 お姉さん……リーファさんはやっぱりシンオウの人じゃなかった。カントー地方と言えば都会のイメージがあるけれど、マサラタウンはフタバタウンみたいに小さい町らしい。こんなに綺麗でおしゃれな人が田舎町の出身だなんて、何だか親近感が沸いてしまった。 その後洋服屋さんに着くと、やっぱり寒かったのかリーファさんがほっと溜息をついて微笑んだのが見えた。 「ありがとうコウキ君、助かったわ」 これは、ここでお別れという感じの雰囲気、かな。空気を読むのって難しい。何となくもう少しリーファさんと居たくて、さよならを言われてしまう前に先手を打ってみた。 「あの、この後はどうするんですか?」 「んー、今日はもうポケモンセンターに行って休もうかなと思ってるけど……」 「僕もポケモンセンターに行くんですけど、その……一緒に行ってもいいですか?」 少しだけきょとんとした表情を見せたリーファさんだったけど、すぐに笑顔になり、それなら早く買い物を済ますねと言ってくれた。もしかしたら実は迷惑なんじゃないかって思わなくもないけれど、拒絶されなかったことが嬉しくて僕まで笑顔になっていた。 リーファさんがコートを探しているのをぼーっと眺めていたら、店員さんに「綺麗なお姉さんね」なんて言われてしまった。はっとして、兄弟じゃないんですと否定しようと思ったけれど、何となく照れて訂正できない内に店員さんは別のお客さんの所に行ってしまった。 「お待たせ、コウキ君」 「あ、はい! じゃあポケモンセンターに行きましょう」 さっきと違いコートを着て隣を歩くリーファさんを横目でちらりと盗み見た。確かに初めて見た時から綺麗な人だなと思っていたけれど、改めて他の人に言われるとなんだか恥ずかしくなってきちゃった。こんな綺麗な年上の女の人と話す機会なんてないもんなぁ。 ポケモンセンターに着いてから聞いてみたら、リーファさんは色んな地方を回ってバッジを集めているんだとか。もうカントーとジョウト、ホウエンのバッジは全部集めていて、シンオウもあと1個なんだって。つまり全部で31個だ。僕はまだ7個目だっていうのに凄いなぁ。 「それなら……、あ、コウキ君ってこの後ナギサシティに行くまで他の町に用事あるかな?」 「特にありませんよ。早くナギサジムに挑戦したいし!」 リーファさんが躊躇いがちに尋ねてきたけれど、意図がよく分からなくてぽかんとしてしまった。 「ええとね、もし良かったらなんだけど……、ナギサシティまで一緒に行って欲しいなって思って」 「え、良いんですか!?」 「迷惑じゃなければ……」 「迷惑なはずないです! むしろ僕からお願いしたいくらい!」 信じられない嬉しい誘い言葉に、思わずテーブルに乗り出して聞き返してしまった。 「本当に? ありがとう、嬉しいわ。私ずっと一人で旅してたから、誰かと一緒に旅をしてみたかったの。でも、人見知りのせいでなかなか他の人を誘えなくて……」 コウキ君なら誘えそうな気がしたの。思い切って言ってみて良かった。 そんなことを言われたら、僕じゃなくたって二つ返事でOKするに決まってる。 嬉しくなった僕はリーファさんともっと仲良くなりたくて、休むことなくリーファさんに話しかけた。テンションが高い僕に迷惑そうな顔をするでもなく、リーファさんはニコニコと答えてくれる。 そう言えば、リーファさんはどんなポケモンを持ってるんだろう? 色々な地方のジムを制覇したポケモン達だ。是非見せてもらいたいな。そう思って見せてもらえないか頼もうと思ったところ、リーファさんの方から着信音のような音が聞こえた。 「あ、ごめんね。電話みたい。……もしもし、ヒビキ君? 久し振りね、元気だった?」 ポケッチかな? いや、ちょっと違う。ジョウト地方で流行ってるポケギアってやつかもしれない。と言うか、ヒビキって誰だろう……。人の電話を盗み聞きなんて良くないのは分かってるけど、ついつい聞き耳を立ててしまう。 もしかして彼氏かな? そりゃこんな美人なら彼氏の一人や二人……って二人以上いたらまずいから。しっかりしろ僕! 「今ね、シンオウ地方のキッサキシティに居るの」 これくらいなら聞いてても大丈夫だよね……? リーファさんも席を離れようとしてないし、聞こえちゃうのは不可抗力ってやつだよね? 「それでね、コウキ君って男の子とナギサシティまで一緒に行くことになったの」 相手に僕のことを嬉しそうに話している。何となく優越感。 「あの、ヒビキ君? どうしたの? 聞こえてる? もしもし……?」 なんだか切れちゃったみたい、と少し不思議そうな顔をして僕に話しかけるリーファさん。 何だったのかしら? 何だったんでしょうね? そんな意味を持たない言葉を交わしつつ、僕はさっきの電話相手が誰なのか気になって仕方がなかった。でも、そんなプライベートなこと、知り合ったばかりなのに聞くことはできない。 僕だってちょっとは空気が読めるんだ。 少しの間があった後、とりあえず今度こそポケモンを見せてもらおうと話しかけた瞬間、またしても着信音が聞こえた。ああ、僕って不運だ……。 「な、何度もごめんね、コウキ君」 申し訳なさそうに謝りながら電話に出るリーファさん。別にリーファさんが悪い訳じゃないんだから謝らなくたっていいのに。 「どうしたの、グリーン? ……え、どうしてシンオウに居るの知ってるの? ……急に戻って来いって、どうして? ねぇ、グリーン? まさか、そっちで何かあったの……?」 リーファさんは会話が進むにつれて段々心配そうな顔で通話相手に話し掛けている。 「あっ……! 切られちゃった……」 「何かあったんですか?」 「よく分からないんだけど、幼馴染がすぐに帰って来いって……。理由は教えてくれなくて……何かあったのかしら……」 「何かあったのかもしれないんでしょ? それなら早く戻った方がいいですよ!」 一緒に旅できないのは残念だけど、もしかしたらリーファさんの周りの人に何かあったのかもしれないし、引き止めちゃ駄目だ。 せめて見送りをと思い、一緒にポケモンセンターを出た。 「私から誘ったのにごめんなさい。またいつか改めて一緒に旅をしてくれると嬉しいな」 そう言うとリーファさんはこっちでは珍しいリザードンを出した。 かっこいいなあ。それにとっても強そう。 「リーファさん、またシンオウに遊びに来てくださいね!」 「ええ、もちろん。まだナギサジムにも挑戦してないし、用事が済んだらまたすぐ来るね。コウキ君もジム戦頑張って。応援してるわ!」 リザードンに跨って飛んでいくリーファさんの姿を見つめながら、見えなくなるまで手を振り続けた。そういえば連絡先も聞けてないや。でも、僕ポケッチは持ってるけどポケギアは持ってないし、仕方ないか。 また、会えるかな……。 がっかりしながらポケモンセンターに戻ろうとしたら、急に前から何かにぶつかられて後ろへ吹っ飛ばされた。 「なんだってんだよー! ってコウキじゃんか。お前、毎回オレの目の前に現れるなよなー」 「いてて……もう、毎回毎回ぶつかって来るのはジュンの方じゃないかぁ……」 案の定、全力で走ってきたジュンに突き飛ばされた僕。理不尽な文句にももう慣れちゃったよ。 「そんなことより今ここにリーファさん来てなかったか!? ピカチュウを連れた女の人!」 「え!?」 な、何でジュンがリーファさんのこと知ってるんだろう。 「何だ、お前リーファさんのこと知らないのか? リーファさんはすげー強いんだぞ! オレのポケモン全く歯が立たなかった! もしお前もリーファさんに会ったらバトルしてもらえよ! じゃーな!」 言いたいことだけ言って走り去っていったジュン。 ジュンがリーファさんと既に知り合いだったなんて。しかもバトルしたことまであるなんて…… 言いようのない敗北感を覚えた僕は、ジュンに負けないようにポケモンを鍛え始めたのでした。 (次にリーファさんに会えたら絶対ポケモンバトルしてもらおう。それで僕の方がジュンより強いって思ってもらえるよう頑張ろう!) |