レッド成り代わり夢

□年下の男の子
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「凄い……ここがライモンシティ……」

 周りを見渡せばポケモンジムだけでなく、バトルサブウェイやスタジアム、トライアルハウスといったバトル施設が立ち並ぶ。ミュージカルホールや遊園地等のテーマパークも充実したイッシュ地方一の商業都市、ライモンシティ。
 街の至る所にはネオンが輝き、多くの人が楽しそうに笑いながら行き交っている。
 他の大都市といえば、カントーのヤマブキやタマムシ、ジョウトのコガネ、ホウエンのカナズミ、シンオウのコトブキ、そしてイッシュ一のビジネス街ヒウンシティ辺りが有名だけれど、娯楽都市という観点から見るとライモンシティが随一なのではないかと思う。
 誰に聞いても田舎と言われるマサラタウンから来た私は、周りから浮いたりしてないかと少しだけ心配になってしまった。

「わ、大きい……!」

 遊園地の近くまで来ると大きな観覧車がよく見える。今まで見た中で一番大きい観覧車に少し興奮してしまった。
 ここイッシュ地方に来た目的はポケモントレーナーとしての修行のためなんだから、本来ならポケモンジムみたいなバトル施設に行くことを優先すべきかもしれない。

「でも、たまには良いかな」

 田舎者だからか、大都市という場所に来ると心が踊る。少し見て回っても罰は当たらないだろう。そう自分に言い訳して、まずはライモンシティに入ってすぐに目についた観覧車のある遊園地へと足を運んだ。

 どうせ一人だしすぐに出るつもりであったが、誘惑に負けて観覧車に乗ろうと近づくと、係員さんが申し訳なさそうに声を掛けてきた。

「申し訳ありませんが、この観覧車は二人乗りでして、お一人では乗れないんです」
「そうなんですか……。この子と一緒でも、ダメですか……?」
「た、大変心苦しいのですが、ポケモンは人数に数えられないんです。申し訳ありません……。い、一緒に乗って差し上げたいくらいなんですけど、そうもいきませんし……」
「いえ、無理を言ってすみませんでした。残念ですが、また来ます」

 ピカチュウにも観覧車からの景色を見せてあげたかったけれど、規則なのだから仕方がない。また今度誰かを誘って一緒に来よう。本当に申し訳なさそうにしている係員さんに謝罪して、その場を離れた。

「何かお困りですか? 俺でよければお手伝いしますよ!」

 少し立ち止まって観覧車を見上げていると、急に後ろから声を掛けられて少し驚いた。振り向いて見ると、同世代くらいの男の子が私に向かって爽やかな笑顔で微笑んでいる。

「ありがとうございます。でも困っている訳ではないんです。ただ、観覧車に乗ろうと思ったら一人じゃ乗れないみたいで……」

 私も笑顔で答えると、男の子は急に顔を引き攣らせた。顔色も悪い。何か悪いことを言ってしまったかしら。

「か、観覧車……夏……!」
「あ、あの……大丈夫ですか……?」

 冷や汗を流している目の前の人が流石に心配になって恐る恐る声をかけると、我に返ったように私を見つめてきた。

「だ、大丈夫! 大丈夫です! 貴女が一緒に乗ってくれるなら、嫌な事全部忘れられる気がします! そう、全部……!!」
「え……?」

 よく分からないことを力説しながら、彼は私の手を取った。突然のことに驚いてしまい動けずにいる私に構わず、男の人は話を続けている。
 この手、どうしたらいいんだろう。知らない男の人に手を握られているなんて、少し恥ずかしい。

「俺が勝ったら一緒に観覧車に乗ってください! それでいいですか? 俺、他にもそうやって知らない人と一緒に観覧車に乗ったことがあるんですよ。結構楽しいですよ? ……あの悪夢さえなければ、ですけどね……」
「悪夢……?」

 どうやらポケモンバトルをして私が負けたら一緒に観覧車に乗らないといけないらしい。でも、そもそも観覧車に乗りたかったのは私なのに、その条件でいいのだろうか。
 そう疑問に思っていると、相手は私から離れてエンブオーを繰り出した。

「俺の名前はトウヤです! 綺麗な貴女のお名前は?」
「え、え……? 綺麗だなんて、そんな……。あの、私はリーファと言います……。えぇと……お願いね、ピカチュウ」

 流れるようにお世辞を言われてしまい、益々恥ずかしくなってしまう。彼みたいな人を女慣れしてるというのかもしれない。

 いけない、冷静になってちゃんとバトルしないと。ピカチュウはバトルがしたかったのか、何だか殺気立っている。私が落ち着かなくちゃ。



「ありがとう、フシギバナ」

 6対6のフルバトルが終わり、最後に戦ってくれたフシギバナをボールに戻した。いつもより好戦的だったピカチュウは、一匹で全体の半分くらい働いてくれた気がする。そんなに戦いたかったなら、遊んでいないで早くジム戦をさせてあげれば良かったと少しだけ反省した。

「ははっ……マジかよ、強すぎ」

 トウヤ君は呆然とした顔で驚いている。やっぱり私は弱そうに見えるのだろうか。戦った相手にはだいたい驚かれている気がする。

「あの、バトルとっても楽しかったです。また機会があれば……」
「俺が負けたんで、俺が一緒に観覧車に乗ります」

 また機会があればバトルしましょうと言おうとしたところでトウヤ君に遮られてしまった。

「えっと?」
「俺が勝ったらリーファさんは俺と一緒に乗る、リーファさんが勝ったら俺がリーファさんと一緒に乗る。条件としてはそれでイーブンでしょ?」

 確かに条件としてはそれで平等になるけれども、それって全く勝負をする意味がないんじゃ……。そう聞くこともままならず、行きましょうと観覧車の乗り場に向かって歩いていくトウヤ君。

 とりあえず後ろから着いて行くと、さっきの係員さんが私を見て驚いたような複雑な表情をしている。心なしかトウヤ君のことを睨んでいるような気もするけれど、客を睨むはずがないし、きっと気のせいだろう。


 観覧車で向かい合って座ると、トウヤ君が私を見てニコニコとしている。じっと見られると恥ずかしい。

 私は視線を逸らすためにも景色を見ようと、徐々に上っていく観覧車の窓から外を見ることにした。一度ボールに入ってもらったピカチュウも外に出して、肩の上から景色を見せてあげた。

 ライモンシティの都会ぶりに改めて感心しながらも、視線を感じて何となく落ち着かない。

「誘った俺が言うのもなんですけど、ピカチュウがいるとは言え、初めて会った男と二人きりで観覧車に乗っちゃうなんて、リーファさんって結構遊び慣れてる?」
「え……!?」

 びっくりしてトウヤ君を凝視してしまった。ピカチュウも不機嫌そうに鳴き声を上げている。
 そんなこと全然考えてなかった、考える余裕もなかった。バトルしようと言われてバトルし、観覧車に乗ろうと言われて一緒に乗って……。確かに考えなしだったかもしれない。
 トウヤ君が良い人だから大丈夫なんて問題じゃない。きっとはしたないって思われている。

「あの、私、そんなつもりじゃ……」
「すみません。気を悪くしちゃいました? 俺って思ったことをすぐ口に出しちゃうみたいで、よく妹にも怒られるんですよ。でもリーファさんのこと悪く言ってる訳じゃなくて、リーファさん超美人だしそんな無防備じゃ危ないですよって言いたかったっつーか……いやマジで男なら絶対ほっとかないっていうか。あ、別にナンパしてる訳じゃないですよ? 俺、女なら誰でも口説くようなそんな軽い男じゃねぇし。でもリーファさんくらい綺麗で魅力的な人を口説かないのは逆に失礼にあたるじゃないっすか。つまり俺はリーファさんに……って、ここまで言わなくても、意味、伝わってますよね?」

 つらつらと澱みなく綴られる言葉を脳で処理しているとなかなか口を挟むことができず、トウヤ君のマシンガントークに圧倒されてしまった。
 一区切りつけて爽やかな笑顔で私を見るトウヤ君には申し訳ないけれど、正直途中から会話についていけていない。
 とりえず謝っておこうか。でも、何となくお世辞を言ってもらったというのは分かるので、お礼もいるかもしれない。

「あの、ごめんなさい……えと、ありがとうございます……?」
「何で謝るんですか? リーファさん、俺の言いたいことちゃんと理解してないでしょー。でも、そんな所も可愛いなぁ……」

 どうしよう、完全にトウヤ君のペースに飲まれてしまっている。からかわれてるのかしら……。

「リーファさんって大人っぽいし、もしかして俺より年上?」

 急に話が変わって今度は年齢の話になった。どうやらトウヤ君は私より1歳年下らしい。ユウキ君もそうだけど、私より年下なのにこういう、異性との接し方に慣れている感じで羨ましい。

 私なんかは、男の人に褒められるとお世辞だと分かっていても緊張してしまうし恥ずかしい。
 グリーンだけは幼馴染だから自然体で接することができていたけれど、最近はそのグリーンまで私の服装や髪型を可愛いと煽ててくるから困る。男慣れしていない私が勝手にドキドキしてるのを見て、みんなは面白がってるのかな、と勘ぐってしまう。

「あー、やっぱり俺の方が年下なんですね。年下の男ってどうですか?」
「どうって……?」
「もちろん、付き合えるかってことですよ」
「そ、そんなの考えたことないから、分からないわ……」
「そうですか」

 トウヤ君が考え込むように黙ってしまい、どうしていいか分からなくなったところで、タイミングよく観覧車が地上に到着した。

 先に降りたトウヤ君に手を引かれながら降りる。こういう動作を自然にできるって凄いな、と感心した。お礼を言って別れようとしたら、トウヤ君がポケットから何かを取り出した。

「ライブキャスター持ってますか? 番号教えてくださいよ」
「ごめんなさい、ライブキャスターっていうのは持ってなくて……ポケギアとかなら持ってるんだけど」

 実はジョウトに行った時にヒビキ君に勧められて買ったポケギアだけでなく、ユウキ君からもらったポケナビ、コウキ君にせがまれて持つようになったポケッチの3種類の通信機器を私は既に持っている。流石にこれ以上買う気にはなれなかった。

「ポケギア? もしかしてリーファさんイッシュの人じゃない?」
「ええ、カントー出身なの」
「へえ、そうだったんですか! 行ったことないなカントー。なら今度俺もカントー行ったらポケギア買うんで、番号教えてください! 手に入れたら絶対連絡します!」

 言われるがままにポケギアを見せて番号を教えてしまった。さっき遊び慣れてるのか、なんて聞かれたばかりなのに、軽率だったかもしれない。でもトウヤ君は良い人だし、大丈夫な気がする。

「俺さっき年下の男はどうかって聞きましたよね。考えたことないなら、考えといてください。俺、リーファさんとはもっと仲良くなりたいんで! それじゃ、また連絡します!」

 トウヤ君はそれだけ言うと笑顔で走り去ってしまった。
 仲良くって、どういう意味で……? 他のみんなと同じで、友達って意味でいいの? それとも……

 私が固まっていると、足元に居たピカチュウが私の足を軽くつついている。何だか怒ってるように見える。

「どうしたのピカチュウ?」

 ピカチュウはトウヤ君の走って行った方を見た後、私を見ながら怒った顔で手をバツの形にしている。

「トウヤ君が、ダメってこと?」

 ピカチュウがうんうんと頷いているけれど、理由が分からなくて困ってしまう。
 そう言えばピカチュウ、この前はグリーンやユウキ君達のこともダメって言っていた気がするけど……どういうことだろう。

 困り果てた私に向かってピカチュウがぴょんと飛び乗ってきた。ピカチュウを抱きしめながら撫でてあげると、機嫌が直ったようで可愛らしい声で鳴いている。

「ふふ、機嫌が直ったの? 良かった」

 ピカチュウには悪いけれど、もしトウヤ君から本当に連絡が来たら、きっと私は嬉しいと感じるんだと思う。
 連絡、来るかしら……?

 

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