レッド成り代わり夢

□仮面の下
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 少し前にポケウッドで知り合ったキョウヘイ君。彼はヒオウギシティ出身のトレーナーさんで、いつもアクティブな格好の活発な男の子。

 ヒオウギシティと言えば、トウヤ君の幼馴染であるチェレン君がジムリーダーを務めている。そのこともあってか、キョウヘイ君はトウヤ君達の後輩ポジションらしい。

 いつも明るくハキハキしていて、きっと体育会系な性格なんだろうと思う。どちらかと言えば内気な私は、明るい彼とは正反対の性格といった感じだ。でも、キョウヘイ君はそんな私なんかのことを慕ってくれているらしい。

 キョウヘイ君はトレーナーとしてよりも、ポケウッドの俳優として活躍している。とても人気のある役者さんで、ファンも大勢いる。
 私も友人になってからキョウヘイ君の出ている映画は全て観たけれど、どれも演技が素晴らしくて感動してしまった。

 その中でも一番好きなのは、彼が主演の「Legend of Red」というタイトルの映画だ。あの映画の主人公はキョウヘイ君をモデルにして脚本を書いたような、まるでお手本のような主人公だった。

 映画としては本当に素敵だった。キョウヘイ君はとてもかっこよく主人公を演じていた。
 でも、本当のところは心の底からは楽しめなかった。そんなこと、キョウヘイ君に失礼だから決して言えなかったけれど。

 あの映画にはグリーンやワタルさんが本人役で出演していたけれど、どうして止めてくれなかったのかと理不尽にも文句を言いたくなってしまう。

 確かに創作だからと言われればそれまでかもしれない。でも、グリーンもワタルさんも出演していて、あの時の試合を再現されていて、しかもポケモンリーグ本部が監修まで務めているのを見てしまったら、流石にそうなんだと思わざるを得ない。
 
 確かに世の中に“レッド”という人物の噂が流れているのは知っていた。
 ヒビキ君がその噂について凄く詳しかったから、仲良くなってから色々教えてもらったけれど、実態と全然違っていて驚いてしまった。表面上だけ見れば、自分のリーグでの成績と映画の中のレッドは同じかもしれない。

 でもあれは、絶対に私じゃない。私はあんなに決断力もないし、勇敢でもない。映画の中の彼とは似ても似つかないのに、どうして……。



「ポケウッドに出演すること、教えてくれれば良かったのに」
「自分から言うのが恥ずかしかっただけだ」
「グリーン、演技が上手でびっくりしちゃった」
「茶化すな」

 昔だったら、当然だと言わんばかりに映画出演したことを自慢してきそうだけれど、目の前のグリーンはちょっと照れたように優しく笑うだけだった。
 変わったなと思うけれど、別に嫌な訳ではない。むしろ、今の優しいグリーンの方が好きだったりする。昔は嫌われているんじゃないかと悩んだ時もあったくらいだから。


「キョウヘイに、お前に会いたいと言われた」

 急に表情を険しくしたグリーンが静かにそう言った。一瞬意味が分からなかったけれど、つまりキョウヘイ君は、“レッド”に会いたいと言うことなんだろう。

 キョウヘイ君は映画の中のレッドに憧れているようだった。映画の主人公は確かに格好良くて、憧れるのも無理はない。

 レッドは世間で流れている噂が元になって作られたキャラクターだから、最早私がその元になった人物だなんて自分でも信じられないし、そんなこと思うのは烏滸がましいとさえ感じる。

「リーファ。俺のライバルは、後にも先にもお前しかあり得ない。他の奴に演じられるのが癪だったから出演しただけで、あの映画についてどうも思っちゃいない」

 グリーンはそう言ってくれたけれど、でももしキョウヘイ君がレッドのモデルが私だと知ったら……? 映画のレッドと全く違う私に幻滅するんじゃないかしら。私だって、自分自身よりもキョウヘイ君の方が余程“レッド”らしいと思う。

 いつか“レッド”として会わなければいけない日が来るのだろうか。それを考えると“リーファ”としてキョウヘイ君と会うのすら辛くなってしまう。


 それでもキョウヘイ君の人の好さには勝てず、誘われれば喜んで会いに行ってしまう。今日は久し振りのバトルサブウェイで、キョウヘイ君と一緒にダブルトレインに挑戦する予定だった。



「リーファさん、喉乾いてませんか?」
「そうね、ちょっと乾いたかも。連戦で流石に疲れちゃった」
「自分が何か飲み物を買ってきます!リーファさんは休んでいてください!」
「あ、待ってキョウヘイ君!」
「っ……! す、すみません、迷惑でしたか……?」
「えっ!? そ、そんなことないわ。ただ、キョウヘイ君に悪いと思って……。えっと、その……一緒に行きましょう?」

 キョウヘイ君はどうしてこんなに私に良くしてくれるんだろう。そう思ってから気付いた。きっと私だからでなく、彼自身がいい人だから、自然とそういう振る舞いになるんだろう。私の方が年上なのも、体育会系な彼にとってはきっと気を遣う要因だ。別に私が特別な訳じゃない。

 やっぱりキョウヘイ君は映画の中と同じで、素晴らしい人物だと思う。それなのに、私が勝手に引け目を感じているせいで、今日はどこか気まずい雰囲気が流れてしまっている。


 どうしてだろう。最近は友人も増えたし、昔より少しは積極的な性格になれたと思っていたのに。

 いつもなら帰り際にするはずの次に会う日の約束も、今日はできずに帰ってきてしまった。

 ごめんなさい、キョウヘイ君。私は臆病で弱い人間なの。でも、あなたには幻滅されたくない。

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