「ヒュウ兄……僕もうダメだ……絶対リーファさんに嫌われた……」 「はぁ? 何したんだよお前。今日は一緒にバトルサブウェイに行くとか言って、珍しく浮かれてたじゃねーか」 今日は何だかリーファさんの元気がなかった。初めはそうでもなかったけど、時間が経つにつれて徐々に元気がなくなってしまった。何がいけなかったんだろう……。何か気に障ることをしてしまったんだろうか。また会う約束すらできなかった……。 やっぱり僕なんかがリーファさんに好かれる訳がない。いい加減、僕に誘われるのに嫌気がさしてしまったのかもしれない。 それでもこんな暗い奴の相手を嫌な顔もせずしてくれるのは、リーファさんが天使みたいに優しい人だからだ。きっとリーファさんは、僕が必死に活発で明るい振りをしていることも、本当は根暗な奴だってことも気付いているに違いない。 リーファさん、リーファさん……。どうしたら僕のこと、好きになってくれますか? 僕はまだレッドに成りきれてないのか? どこかにボロが出てる? ああ、やっぱり本物に会わないと。会って、観察して、本物そっくりに演じて…… 「おいキョウヘイ、大丈夫か? 最近外でもずっと無駄に明るく振る舞ってるみたいだし、無理してるんじゃないか?」 ヒュウ兄が僕を心配している声が聞こえる。心配かけてごめんね。本当の僕を知っていても仲良くしてくれるヒュウ兄のことは大好きだよ。でも、僕は自分を変えたいんだ。 とにかく、まずはグリーンさんに連絡を取って、レッドさんに会わせてもらわないと。 「言っただろ。会わせるつもりはないって」 「……どうしてですか?」 何で……どうしてですか、グリーンさん…… 「アイツは、お前の演じたレッドとは違う人間だ」 「でもモデルになった人なんでしょう?」 「そういう目で見てる時点で、お前はアイツと会う資格がない。アイツを傷つけるのが目に見えてるからな」 「そ、んな……自分は、ただ……」 話は終わりだとばかりに電話を切られてしまった。もう手がない。どうしよう、どうしたら……。 レッドさんに会えず、それどころかもう二度とリーファさんにも会えないかもしれないと落ち込んでいた僕だが、天はまだ僕を見放していなかったらしい。 信じられないことに、リーファさんから会えないかと誘ってもらえたのだ。 わざわざヒオウギシティに来てくれたリーファさんは、人目のない所でゆっくり話したいと言ってくれた。ポケモン達を自宅に預けてヒオウギの北にある見晴台に案内すると、幸いそこには誰もいなかった。 また会ってもらえた嬉しさだけで僕は舞い上がっていたが、リーファさんはやはり元気がなかった。 何て声を掛ければいいんだ。どうしたらリーファさんを元気づけられるのだろう。こんな時、レッドなら何て言うんだろうか……。 「私はキョウヘイ君みたいに社交的な方じゃないし、人見知りもするし……。キョウヘイ君が羨ましい……」 当たり障りない会話をした後、ふとリーファさんが寂しそうな顔でそんなことを言った。僕にはその言葉が理解できなかった。僕がリーファさんを羨むことはあっても、逆はあり得ないのに。 「そ、そんなことないっすよ! リーファさんは誰にでも優しいし、自分なんかよりずっと顔も広いし……! それに比べて自分は……」 僕はただ自分を偽って必死に明るい自分を、理想の自分を演じているだけで、貴女みたいに、本当に輝いている人とは全然違うんです……。 「キョウヘイ君はレッドに会いたいのよね?」 「え、何でそれを……」 「グリーンに聞いたの」 リーファさんはグリーンさんとも知り合いなのか。僕はたまたま共演したから顔見知りにはなれたけど、そうでもなければ元チャンピオンの知り合いなんて普通はできるものじゃない。 「グリーンさんとも知り合いだなんて、やっぱりリーファさんは凄いっす。リーファさんの人望の厚さがあればこそですね」 「グリーンとは小さい頃からの幼馴染なの。……彼は私なんかのことを、最高のライバルって言ってくれてる……」 「え……? それって、つまり……?」 グリーンさんは言っていた。 レッドとは昔からの付き合いで、自分のライバルは後にも先にもアイツ一人だけだ、と。 「……レッド、さん……? 貴女が……?」 困ったように少し目線を逸らしたその仕草こそが肯定の証だ。そうか、そうだったのか……。グリーンさんが会わせたがらないのも無理ないよな。グリーンさんはリーファさんが大切でしょうがないんだろう。だから僕なんかには会わせたくないんだ。 何だ、会っても無駄だったんだ。 だって、いくら僕でもリーファさんを演じることはできない。そんな恐れ多いこと、できるはずがない。 「そう、みたい。キョウヘイ君も知っての通り、私は映画の中のレッドとは似ても似つかない、全然違う人間なの。噂があるのは知っていたけど、噂は噂だと思ってあまり気にしてなかった。でも、映画になって、とても人気が出て、世間が求めているのはこういうレッドなんだと実感した……。前も言ったけれど、レッドを演じているキョウヘイ君は、本物より本物らしかったわ。憧れちゃうくらいに。けど、私にはキョウヘイ君が会いたがってくれるほどの価値なんて……」 「それは違います……!」 何故そんなことを言うんですか? そんな辛そうな顔をしないでください。 僕はただ理想の自分を見つけて、それを演じただけなんです。貴女がレッドかどうかなんてどうでもいい。ただ貴女に好ましく思ってもらえる自分を演じたかっただけなんです…… 「自分は……僕は……! リーファさんが思ってるような明るい奴じゃないんです! 自分の暗い性格が嫌で、いつも自分を偽って、演じてきました。あの映画の主人公は、まさに理想の自分だったんです。演じていて楽しかった。このまま自分もこんな人間になれたらって……」 そうすれば貴女に好かれると思った……! 「もしかして、私が勝手にキョウヘイ君のことを明るくて活発な人だって思っていたから、重荷に感じてしまったの……? ごめんなさい……」 ああ、失望されてしまった……。これで今度こそリーファさんに嫌われてしまった。 でも、良いんだ。リーファさんみたいな人に自分を偽っているのは許されることじゃない。最後に本当のことを言えて良かった。 「自分の嫌な所を直そうとしているキョウヘイ君はやっぱり凄いと思う。性格なんて変えようと思って簡単に変えられるものではないのに、キョウヘイ君はちゃんと理想の自分に近づいてる。……私は変わろうとすらしなかったから……」 今まで僕がしてきたことは無駄じゃなかった……? 変わろうとすることは悪いことじゃない、のか。僕は今まで通り、演じていてもいいのか? 「それにキョウヘイ君がどんな性格だとしても、いつでも一生懸命な所を尊敬してるって気持ちは、初めて会った時から変わってないわ」 グリーンさんは映画のレッドと本物のレッドは違う人間だと言っていた。確かにそうだ。 レッドは勇ましくはあったけれど、リーファさんのような全てを包み込むような包容力や泣きたくなる程の優しさはなかった。 「……きっとみんな僕と同じなんです。リーファさんに “レッド”を求めてる訳じゃない。あの主人公に自分の理想を当てはめているだけなんです」 少し眉を顰めて怪訝そうな顔をしたリーファさんは、それでも僕の言いたいことを察してくれたらしい。 瞳を潤ませながらもそっと微笑んでくれたリーファさんは本当に綺麗で、手の届かない人だと思い知らされる。 でも、“レッド”なら、リーファさんにも近付けるよな……? あの主人公なら、きっとこうして目の前のヒロインを慰めるはずだ。 「自分は、今のままのリーファさんが好きなんです。無理して変わる必要なんてありません。いえ、お願いですから、リーファさんは変わらないでいてください」 貴女が“レッド”に憧れるのなら、自分が完璧に演じて見せます。 だからリーファさんは変わる必要なんてない。そのままの貴女が最高に素敵なんです。僕の好きになった貴女のままでいてください。 |