ホラー・狂愛夢

□くねくね
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「信じるか信じないかは自由だが……これは俺が幼い頃の話だ」

 正確には俺が小学校に上がるか上がらないかの頃だったと思う。俺の家では毎年夏休みに田舎の祖父母の家に帰省していた。

 お前は知らないと思うが、実は俺には刹也という名の兄がいる。
恐らく今の友人でそれを知っている者はいないはずだ。その兄と俺は少し歳が離れており、兄は当時小学校の高学年だった。

 いつも兄と俺は父の実家に着くとすぐに外へ遊びに出ていた。都会に住んでいる俺達にとっては田舎の自然がとても珍しく、山の方へ行ってみたり田んぼの周りを駆け回ったりして毎日過ごしたものだ。

「俺は毎年帰省を楽しみにしていた。だが、その年は……」

 忘れもしない、あれは帰省して二日目の出来事だった。

 その日も良い天気だったので、俺達はいつも通り二人で外に出ていた。時間は太陽も昇りきった正午頃。ふいにそれまで吹いていた爽やかな風が止んだかと思えば、突如生暖かい風が俺達の傍を吹き抜けた。

「何だか急に暑い風が吹いてきたね、兄さん」

 暑さにうんざりした俺は愚痴を零すように兄に話し掛けたが、兄は俺の方ではなく別の方を見ている。何だろうと思い俺もその視線を追うと一本の案山子があった。

「兄さん、あの案山子がどうかしたの?」
「いや、もっと向こうだ」

 当時からあまり目は良くなかったが、目を凝らして見れば案山子の向こうに何となく白い物体が見える。しかも、それはじっと見ていると何だかくねくね動いているように見えた。

「国光、あれ人に見えないか?」
「え? そう言われれば……」

 兄の言葉に更に集中して見ると、頭と手足の形が確かに見える。喩えるならば、白いスーツを着た人のようだ。

 しかし、その動きはどうみても人のものではない。くねくねと動かす手足は、関節が有り得ない方向に曲がっているような、そんな奇妙な動きだった。真っ白い色もさることながら、その不気味な動きが俺の恐怖を増長させた。

「何だろうなアレ。……そうだ、ちょっとここに居ろよ、国光!」

 俺が止める間もなく兄は家の方へと駆けていった。一人取り残された俺はその不気味な物体から目をそらしながらも、何故だか気になってしまい横目でチラチラと眺めていた。

「お待たせ国光! 爺ちゃんから双眼鏡借りてきたぜ!」

 あのくねくねが気になって仕方なかった兄は、家から双眼鏡を持ってきたらしい。

「俺が先に見るから待ってろよ」

 そう言うと兄は面白そうに双眼鏡を覗き始めた。

 しかしその直後、兄の様子が急変した。

 顔を真っ青にして冷や汗を流し、ガタガタと震えている。その尋常では無い様子に不安になった俺は慌てて声を掛けた。

「に、兄さん……!? 一体何が見えたの……?」





ワ カ ラ ナ イ ホ ウ ガ イ イ ……




 それは既に兄の声ではなかった。

 驚く俺はその場に立ち竦んでしまったが、兄はそのまま家の方に歩いていった。
 俺はその時、兄をそこまで恐怖させたあの白い物体に、子供特有の強い好奇心で興味を持った。兄の落とした双眼鏡を手にしても、すぐには覗かず少し考え込んだ。やはり多少の恐怖がある。
 しかし、好奇心には勝てず、意を決して覗こうとした瞬間、祖父が血相を変えて叫びながら走って来るのが見えた。

「見てはならん! あの白い物体を見てはならん……!!」

 あまりの剣幕に気圧された俺は双眼鏡を取り落とし、目を見開いて祖父を見ていた。

「見たのか!? あのくねくねを見たのか!?」
「ま、まだ、見てません……」

 俺が口籠りながら返事をすると、祖父は今までの険しい表情を緩めて安心した表情でそうかと言った。しかし、その表情もすぐに悲しそうなものに変わり、声を殺して泣き出した。そんな様子を見てどうしたらいいか分からない俺は、祖父の手を握りながらどうしたのかと尋ねた。祖父はそれに答えることなく、静かに俺の手を握り返してきただけだった。

「家に帰ろう国光」
「……はい」

 俺はそのまま祖父に連れられ家に帰った。そこで祖父が涙した理由を知ったのだ。

 家には先に帰った兄が居た。だが、その兄は既に俺の知る兄ではなかった。

 兄であった人は、狂ったように笑いながら乱舞している。そう、まるで田んぼで見たあの白い物体のように、四肢をくねくねと動かし踊っていた。
 それを間近で見た俺は、田んぼのくねくねを遠目で見た時とは比べ物にならない程の恐怖を感じた。

 そして、もう以前の兄さんには戻らないことを子供ながらに悟ったのだ。

「刹也はここに置いておくのが良いだろう。何年かしたら田んぼに放してやろう」

 東京に帰る日、祖父は両親にそう言った。つい昨日まで一緒に遊んでいたのに、もう兄さんには会えないかもしれない。その絶望感が、散々泣いたはずの俺に、再び枯れるほどの涙を流させた。

 泣きじゃくる俺が両親に無理矢理乗せられた車の中から家の方を見た時、ずっと狂気的な笑顔で踊っていたはずの兄が、俺に手を振っているように見えた。

 その表情は以前の兄と同じ優しい笑みだったが、一つだけ違うのはその目から涙を流していたことだ。兄のあんな悲しい笑顔を見たのは後にも先にもあれきりだった。

 その後兄がどうなったのか、俺は知らない。




 家に帰った俺はテニスを始めた。兄がいつもやっていたテニスを。

 俺は兄を思い出すかのようにテニスに没頭し、確実に力をつけていった。その当時は分からなかったのだが、今なら理解できる。兄はジュニア大会で頻繁に優勝するほど強い選手だった。ずっと続けていればプロにもなれたのではないかと思う。

 だからこそ、俺は兄の分まで頑張ろうと決めたんだ。兄の成し得なかった夢を叶えるために。

 その為にもまずはこの全国大会だ。必ず優勝してみせると心の中で兄に誓った。




「それじゃあ手塚は、刹也さんにはその後会っていないのかい?」
「親に田舎には行くなときつく止められていたからな……」
「そうか。でも、どうして今になって僕にその話を?」

 確かに今更こんな事を話した所で兄が帰って来る訳でもない。そして、増えてしまった犠牲者達も決して戻っては来ない。どうせ話すことになるのならばもっと早く話しておくべきだった。

 これは全て俺の責任だ。

「手塚のせいではないよ。あれは運が悪かったんだ」
「まさか部員達があんな所に旅行に行くとは思いもしなかった……。不二、お前だけでも行かなくて良かった」
「風邪を引いたのは運が良かったのかな。でもたとえ手塚が日本に居なくても旅行の事は報告するべきだったと後悔してるよ。……何とかして早く選手を5人集めないとね」
「ああ」




酷い落ちですね。若干二人が黒い気もしますが、お気になさらずに。


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