ホラー・狂愛夢

□入れ替わる
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 アラームが鳴り響く。そして浮上してきた俺の意識。その煩い音源を何とかしようとベッドから手を伸ばしたが、目覚ましを止めてから暫し考え込んでしまった。

 俺はこんな音の目覚まし時計は持っていない、と。

 慌てて身体を起こして見れば、そこは見慣れぬ部屋だった。

「え、ここどこだ……? 俺の部屋じゃ、ないよな……」

 有り得ない状況に目は一気に覚めてしまったが、しかし、冷静に状況を観察している俺は案外マイペースな人間なのかも知れない。

 一先ず昨日の事を思い出してみるが、やはり特に変わったことはない。

 いつものように学校で授業を受け、部活に精を出し、帰りに後輩の赤也と連れ立ってゲーセンに寄ったくらいだ。帰宅時間が遅いと母親に注意されたりもしたが、それ以外に特筆すべきことは何もない。夜も普通に自分の部屋で眠りに就いた。

 なのに何故、こんな見知らぬ場所に寝ているのだろう。これは夢なのか。いや、こんなはっきり意識があるのにそれは有り得ない。

 少し考え込んでもう一度時計を見れば、長針と短針が上下一直線に伸びている。普段なら七時に起きれば十分間に合うのだから、まだ1時間は寝ていられたはずだ。

 結局何も分からずじまいだが、俺の寝ていたこの部屋には生活感があり、誰かが住んでいる家であることは予想できる。とりあえずこの家の家主に会って話をしなければと思い立ち上がると、ふと視界に鏡が入ってきた。


 鏡に映っているのは俺の姿ではなく、昨日も一緒に居た後輩の赤也だった。


 悲鳴をあげなかったのは、それほど驚かなかったから、なんてことでは決してない。あまりのことに驚きすぎて、声も出ず茫然としただけだ。

 鏡に向かって手を上げ下げしてみたり、顔に触ってみると、鏡の中の赤也が同じ行動をしている。どう考えても信じ難い事実だが、俺と赤也は入れ替わってしまったらしい。そんな非科学的で非現実的な話を誰が信じてくれるだろうか。これは戻れるまで赤也として過ごした方が得策だ。

 そう言えば今頃、俺の家では赤也が悲鳴でも上げているのだろうか。それともまだ何も知らずに眠っているのかも知れない。

「とにかく戻るまでは赤也らしく行動しよう……。それから学校に行ったらすぐに俺の身体の赤也に会わないとな」

 まずは朝練前に赤也と話し合うことが必要だ。俺の家からより赤也の家からの方が学校までの道のりが長いことや、慣れない道のりを通わなければいけないこともあって、俺は普段より随分早めに家を出た。




「よう、おはよう!」

 学校の敷地内に入るといきなり背後から声を掛けられて驚いた。振り返った先にあるのは正しく自分の姿だ。

 普段聞いている自分自身の声とは多少違いがあるが、これが客観的に聞こえる俺の声なのだろう。それにしても、朝が苦手な俺はいつも朝練の際にはこんなに愛想が良くないはずだ。やはり赤也が俺になっているのだろうな。

「お、おはよう……ございます。あの……今日、何か変な事ないっすか?」

 周囲から変な目で見られない様に赤也の口調を真似して話し掛ける。自分に敬語を使うのは何だか気味が悪いが、これで赤也にも伝わるだろう。

「え……いや、別に……?」

 微妙な間が気になった。きっと赤也に違いない。だが、入れ替わっていることについて話す気はないのか、さっさと部室に行ってしまった。



 朝練の間中、赤也の動きやプレースタイルをそれとなく見ていたが、どう見ても俺そのものである。自分のプレーを自分で見たことはないから分からないが、たぶん俺も普段あんな動きをしているはずだ。深く考えなくとも、赤也の実力なら俺のプレースタイルを真似することなど容易いことは分かる。
 むしろ俺の方が他のメンバーにいつもと違うと怪訝な顔をされてしまった。赤也の心配なんかしている場合ではない。


 結局その日は赤也とほとんど話すことなく帰宅してしまった。意図的に避けられていたように感じるのは気のせいだろうか。

 しかし、不安も大きかったが、こいつの身体で1日を過ごすのも割と楽しかった。授業も1年前にやったことだから楽だったのもある。あてられた問題をすんなり答えたら教師に驚かれ、少し赤也の成績が心配になった。

 そして明日どうなっているかは分からないが、後輩想いな俺は一応出された宿題をやっておいてから床に就いた。





 次の日の朝、聞きなれたアラーム音によって目が覚めた。時間は七時。周りを見渡せば間違いなく俺の部屋だ。勢いよく起き上がり、鏡を覗きこむ。良かった、俺だ!

 ついでに携帯を開いてみると、何故か昨日の日付が表示されていた。どうもしっくりこないが、どうやら昨夜までの出来事は夢だったらしい。あまりにリアルな夢だったが、そう考えれば全て辻褄が合う。

 その時は不安や恐怖もあったが、夢だと思えばなかなか楽しい出来事だった。そう考えながらいつも通り学校へ行く支度をした。




 通学時間の短さを実感していると、前の方にあいつが歩いていた。夢と同じ光景だ。違うのは、今日は俺が赤也の後ろに居るという点だけ。

「よう、おはよう!」

 正夢だと機嫌を良くした俺は、夢の中の赤也のように愛想良く声を掛けてやった。



「お、おはよう……ございます。あの……今日、何か変な事ないっすか?」



気が付けば名前変換がないという失態を犯してしまいました。
無限ループって怖いですよね。赤也はどうなったのか、そして夢主は明日どうなるのか。


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