ホラー・狂愛夢

□シチュー
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 俺の彼女はとても優しくて可愛くて、そのうえ料理上手な本当に自慢の彼女だ。付き合い始めた当初、俺は自分がマフィアのボスをやっていることを黙っていたのだが、嘘を付いていることに耐えられなくなり、振られることを覚悟してそれを打ち明けた。
 しかし、菜月は俺の職業を知ってもなお拒絶することなく付き合い続けてくれている。

「ディーノ、あの……明日も会える、かな?」

 忙しい俺を気遣って遠慮がちに聞いてくる姿は愛おしくてしょうがない。会いたいと思っているのはお前だけじゃないんだ。きっと俺の方がずっとお前に溺れている。24時間お前と一緒に居たいと思ってやまないのだから。本当は今だって仕事も全て投げ出して菜月をどこかに連れ去ってしまいたいと切望している。

「あぁ、勿論だ。それに菜月に会えると思えば仕事も捗るしな!」
「ふふ、頑張ってね」

 ふわりと綺麗に笑う菜月を見ると酷く安心する。だが、こんなに元気そうな彼女は、実は心臓に重い病気を患っていた。普段の生活は問題ないのだが、いつ心臓発作が起こるか分からないという時限爆弾を抱えている。だから、俺はいつも気が気じゃなかった。何かあった時の為にも出来るだけ側に居たいんだ。

「じゃあ、明日も夕飯作って待ってるね」
「あぁ、悪いな」

 本当は泊まっていきたいのだが、俺はいつ敵に狙われるか分からないため仕方がない。菜月を危険な目に合わせる訳にはいかないからだ。

「おやすみなさい、ディーノ」
「おやすみ、菜月」

 軽く口づけを交わすと菜月が頬をうっすら赤く染めた。このまま手を出したい気持ちを抑え、俺は彼女の家を後にした。明日もまた菜月に会えることを信じて疑わず。





 翌日の夕方、俺は再びお忍びで菜月の住むマンションにやって来た。いつもならインターホンを鳴らすと待ち構えていたのかと思う程すぐに返事があるのだが、今日はなかなか返事が返って来ない。
 悪いと思いつつも手が離せないのだろうと自己解釈して、渡されていた合鍵で勝手に入ることにした。

「菜月、居ないのか? ……あ、今日はシチューか?」

 匂いに誘われてキッチンに入ってみるが誰も居ない。そもそも料理を作っていた気配すらない。

可笑しいと思いつつ寝室を覗いてみたがやはり居なかった。すると、ふと浴室の電気がついているのに気が付いた。

「なんだ、風呂か」

 ほっとした俺は浴室の前に立ち菜月に声を掛けた。

「菜月、俺だけど。返事がないから勝手に入っちまったぜ? ……菜月?」

 聞こえないはずはないのだが、返事が一向に返ってこない。急に不安になった俺はドアを開けようとするが、内側から鍵がかかっており開けることができなかった。
 本格的に焦り始めた俺が扉に何度か体当たりをして無理矢理中に入ると、ぐったりした菜月が浴槽の中にいた。

「菜月!? しっかりしろ菜月っ! 今助けてやるからな!」

 菜月は追い焚きをしたままの浴槽内で頭と肩だけ出していた。恐らく入浴中に心臓発作を起こして動けなくなってしまったんだろう。

 菜月の死など考えられなかった俺は、とにかくすぐに病院に連れていかなければと思い、彼女を外に出すことだけ考えていた。

 しかし、湯船に両腕を突っ込もうと手を伸ばした瞬間、俺は湯からは激しく立ち上る湯気の熱さに思わず手を引っ込めた。一体何度になっているのか皆目見当が付かなかったが、とてもではないが中に手を入れられそうにない。これでは心臓でなく大火傷によって死んでしまう。

 ただ、幸い菜月の脇の下と湯の間には手を差し入れられるだけの隙間があった。これなら助け出せる。

 菜月の脇を掴んで浴槽から勢いよく引きずり出した俺は、しかし再び彼女を湯船に落としてしまった。

 あまりの恐怖と絶望感に悲鳴は声にならない。



 一度引き揚げた彼女は胸から下の肉が全て湯の中に崩れ落ち、俺が引っ張った勢いにより背骨だけが身体からずるずると引き抜かれてしまったのだ。身体の中心からは血にまみれた背骨が垂れ下がっている。



 後の検死によって分かったのは、彼女が発作を起こしたのは昨夜俺が帰宅したすぐ後だということだ。追い焚き状態のまま彼女は丸一日の間煮え立つ湯の中にいたらしい。その為完全に身体の肉が煮崩れてしまったらしい。


 肉の煮えた香りが漂う湯船の中は、まるでシチューのようで美味そうだと思った。



最後に異常な発言をしているのは、恐怖と絶望で狂ってしまったから、ということにしておいてください。


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