「ほら、あそこに機械鎧のお店が見えますでしょ? あの辺り、夜中になるとすすり泣きが聞こえてくるんですって。噂によると、子供の幽霊だそうですわ」 田舎には似合わないお嬢様風の出で立ちの女性は、まるで自分の手柄のように喋り続ける。刹也はメモを取りながら黙ってそれを聞いていたが、内心では如何にも有りがちな話だなと冷めた感想を持っていた。 (今回も期待外れだな……) 「実は近所の子供達がこの近くにある鉄工所に入りこんで遊んでいたらしく、機械に巻きこまれて死んでしまったそうなんですの……可哀想に。それ以来夜な夜な出るようになったとかで……。少し前には子供が一人神隠しにあったんですのよ。本当に怖いですわ……」 胡散臭い話だが、此処まで来た以上手ぶらでは帰れない。形だけはメモを取りながら、さらに二、三の質問をしておいた。 そして、そのまま女性に礼を言って別れ、教えてもらった機械鎧の店へ向かう。用件を言った俺を女主人は迷惑そうな顔で見たが、拝み倒して許可を得て、店の写真を数枚撮らせてもらいホテルへと戻った。 「はぁ……」 部屋で記事のアウトラインを考えてみたが、全く乗り気になれない。暫くすると写真放り出してベッドに仰向けになり溜息を吐く始末だ。本当はこんな記事が書きたい訳ではない。しかし、金のためには仕事を選ぶことはできなかった。 「幽霊、か。……そんなの居る訳ねぇし」 亡くなった子供は先程の女主人である祖母と二人暮らしだったそうだが、祖母は事件について頑なに口を閉ざしていた。刹也の問い掛けにも苦虫を噛み潰したような表情をしていた為、深く追求することができなかったのだ。 しかし、それより刹也が気になったのは、先の女性が言っていた神隠しの話だった。 この辺りは家も疎らな田舎だ。今日1日で大方の住人には話を聞くことができた。それなのに、自分の子供が神隠しにあったと言う話は聞かない。やはり、ただの噂なのだろうか。 (仕方ない。夜の写真も撮っておくか……) 夕食を済ませ、ふと思い立ったように工場へ行くことにした。人の少ない夜の村は酷く暗く不気味だった。工場跡へ近付くほどにその暗さは増していく。 「いたいよう……」 刹也の身体が反射的にビクリと跳ね上がる。それは確かに子供の声だった。 背後から聞こえるその声は、間違いなく自分のすぐ傍にいる。何故こんなに近付いて来るまで気付かなかったのか……。 変声期前の高い声。それは女の子と間違えそうになるが、恐らくは幼い男の子だろう。 カメラのシャッターに指をかけた姿勢のまま、刹也はごくりと唾を飲んだ。 足が震える。 「……いたい……いたいよう……」 幽霊なんて居る訳がない。そう思いつつも緊張と恐怖で心拍数が上がっていくのを感じながら、そろそろとカメラを下す。一度深呼吸をしてから意を決し勢いよく振り向くと、そこには小学生くらいの子供が一人で立っていた。 「おにいさん……ぼくいたいんだ……」 小さな手が伸ばされる。撫でる様にして脇腹に縋り付いてくるその手の感触に一気に竦み上がった。生きて帰れないかもしれない、そんな予感がした。 「……坊やはここで………死んだ、のか?」 自分の声が掠れているのに気付かないまま刹也は尋ねる。 「……ここで、おにごっこしてたの。にいちゃんと、ウィンリィと……。……いたいの……おにいさん…」 少年の手がまた伸ばされてくる。今度こそ刹也はびくっと身を引いた。少年の手が宙を泳いだまま止まっている。慌てて少年に会話の続きを促して、時間を稼ごうとする。 「ね、ねぇ君……痛いって、どこが痛いの? 怪我してるんだよね?」 少年は泣きながら首を横に振る。 「ううん。おにごっこ、してたの……ウィンリィがおにで、にいちゃんとふたりでいたずらして……おっきなきかいのとこに、れんきんじゅつでおもちゃのてじょうかけて……そのまんまにして、いえにかえっちゃった……」 (ちょっと待て。この子は……) 「本当はちょっとしたらすぐにもどるつもりだったんだ……それにすぐはずせるように作ったんだよ? でもウィンリィ死んじゃったって……てじょうはずそうとしてきかいにひっかかったんだよ…。きっとウィンリィ、さびしいんだ……ゆめにでてくるもん。『早く来て』って。『てじょうはずして』って……」 いつのまにか、少年の手ががっしりと刹也の腰を掴んでいた。少年の様子がおかしい。そう感じた刹也は何とか手を外そうと抵抗してみるが、恐怖の為か上手く動けない。 (相手は小さな子供のはずなのに、なんだこの力は……!) 「……兄さんも死んじゃって、ウィンリィの所にいったのに……。ねえ、お兄さん……いたい、いたいよ。……あっちでウィンリィが、待ってる……『早く来て』ってよんでる。けど、あっちにいったら、きっと仕返しされる……。兄さんだけじゃだめなんだよ……足りないんだ、まだ。いきたくない、ぼくここにいたいの、お兄さん……」 少年は始終下を向いていたが、ここに来てふっと顔を上げた。まだ小さいと思っていたが、思ったよりも大人びた顔だった。そして何より、その少年の何とも言えない表情に刹也はぞっとした。ここに居てはいけないと本能が言っている。 「じゃ、じゃあ……俺と一緒に帰ろうよ、ね……?」 引き攣った顔で言うが、少年の表情は全く変化しない。少年を振り切って走り出そうとしたその瞬間、突然走る何かの反応のような青白い光。そして、突如発生した静寂を破る大きな機械音。 刹也は小さく悲鳴を上げながら振り向く。使われていないはずの機械が動き出していた。 「何で……」 何故機械が急に動き出したんだ。そう考える前に刹也の身体は強い力に押され、思考はそこで終了した。 煩い機械音と共に、吐き気を催しそうな嫌な音が工場内に広がる。そして、耳を劈かんばかりの強烈な悲鳴が静かなリゼンブールに響き渡った。 「代わりに逝ってよ、お兄さん。僕、まだここに居たいんだ」 私の中で腹黒さんに定評のあるアルフォンスさん! |