ホラー・狂愛夢

□廃病院
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 私がマネージャーを務める氷帝学園男子硬式テニス部。その中で一体誰が言い出したのか、大会の間の息抜きと称し、レギュラー、そして不本意ながら私は肝試しに行くことになった。

「明日の夜、例の病院に行くからな! じゃ、跡部んちの前に集合ってことで!」

 やたらノリノリな岳人が勝手に景吾の家を集合場所に決める。自分以外の仕切りで勝手に話を進められた事で景吾が文句を言っているが、一番分かりやすくて誰の家からも行きやすい為、景吾以外の面々――当然私も含む――は暗黙の了解の如くスルーしておいた。





「よし、全員集まったな。さっさと行くぞ」

 私達は景吾の家から少しばかり郊外にある、“出る”と噂の廃病院にやってきた。夜ということも相俟って、その不気味さはかなりのものだった。
みんなと一緒とは言え正直入りたくはない。

 しかし、悲しいかな私以外の男共は少しも怖がる素振りを見せない所か、楽しんですらいる。特にこう言うことに興味がないと思っていた長太郎がビデオカメラを持って来ていたことには驚いた。

「折角ですから。これだけ不気味ですし、何か映るかもしれませんよ、菜月先輩」
「や、やめてよ長太郎……!」

 長太郎が人好きのする笑顔を貼り付けてこちらを見る。たぶん、本人にしてみれば全く悪意はないのだろうが、故意に私を怖がらせようとしているのではないかと疑いたくなる。

「菜月、怖なったら遠慮せず俺に抱きついてええんやで」
「馬鹿なこと言ってねぇで早く入りやがれ忍足」
「ちょ、跡部……さり気なく俺を先頭にするのはやめてくれへん……?」

 言葉を遮りながら景吾が侑士の背中を押して建物に入っていった。益々恐怖を感じ始めた私の事などお構いなしに、他のメンバーも次々と廃病院の入口へと足を進める。ちなみに慈郎はいつの間にか寝てしまったようで樺地に運ばれている。一体何しに来たの……。

「長太郎、もうビデオ回してるか?」
「今から撮り始めるところです」

 それじゃあと言って咳払いをすると、亮が冗談混じりにカメラの前に立ち、テレビのリポーターのように実況しながら病院の中へと入っていく。岳人もすっかりそれに便乗して一緒に実況し始めた。そんなこんなで肝試しにしては騒ぎすぎではないかとと思う程いつも通りのテンションだったので、私の恐怖もいつしか和らいでいた。

「お邪魔しまーす」

 暗くてはっきりは見えないが、それほど廃れているようには見えない。いくら手入れされていないとは言え、やはり数年でそこまで変化する訳ではないようだ。よくあるホラー映画の類は大袈裟に脚色してあるだけらしい。

「思ったより荒れてねぇな」

 今まさに私が考えていた事と同じ事を、多少がっかりしたような口調で亮が言う。

「やっぱりこんな所、何も出ないわよ」

 すっかり強気になった私もそんなことを言ってみる。そして、更に奥へと向かった私達は、かつては手術室だったらしい場所で古いカルテを見つけた。当然機器類は何もなかったが、落したまま気付かれなかったのか、カルテが1枚だけ落ちていたのだ。

 岳人がそれを戦利品として持って帰ろうと言ったのを侑士がやめておけと窘めていたが、他のメンバーに置いて行かれそうになったので咎めるのを諦めたようだ。結局岳人はカルテを持って来たらしい。

「お邪魔しましたー」



 こうして肝試しは何事もなく終了した。物足りなさを感じつつも、もう一つのお楽しみである長太郎の撮影したビデオと、岳人の持ち出したカルテを携えて帰途についた。早くビデオを見たいと思った私達は、明日が休みなのを良いことに、もう一度景吾の家に集まり早速見ることにした。
景吾の家の豪勢な大型テレビにあの病院が映る。

「お邪魔しまーす」

 岳人の挨拶と共にカメラが病院の中に入っていった、まさにその時だった。



いらっしゃい……



 私達は目を見開きながら顔を見合わせる。今、確かに誰かの声が聞こえた、女の声だ。

「ね、ねぇ……今……」
「……とりあえず、続きを見ようぜ」

 どうやら女の声が聞こえていたのは私だけではなかったらしい。怖くなって手を胸の前で握り締めていると、画面はさらに病院の奥へと進んでいた。

「思ったより荒れてねぇな」


ありがとうございます……


 一度目は気のせいかと思った私も信じざるを得ない。

「やっぱりこんなところ、何も出ないわよ」


そんなことありませんよ……


 自分の声の後に律儀に返される女の声。私達の顔はみるみる青ざめていった。空耳などではない。女の声は間違いなく録音されている。

 やがて画面は明るくなり、カメラが病院の外へ出たのが分かった。その後長太郎が振り向いたらしく、カメラの端に少し遅れていた侑士と岳人が映った。岳人の手には戦利品と言っていたカルテが見える。

「お邪魔しましたー」



チ ョ ッ ト 待 テ !



 今度の声は今までとは違い、男のように低く、陰気で、攻撃的な声であった。ここで長太郎がカメラを止めたのか、声の聞えたすぐ後に映像は途絶えた。信じられない事態に私達が言葉を失っていると、突然部屋の電話が鳴り出した。驚いて全員で顔を見合わせたが、家主である景吾は無視もできず、仕方なく電話に出た。

 景吾の持つ受話器からかすかに聞こえてきたのは、あのビデオに録音さていた女の声だった……。


「もしもし、こちらは◯◯病院ですが、先程お持ち帰りになられたカルテを返していただけないでしょうか……」



肝試しネタ再び。興味本位で肝試しするのはあまり良くないみたいですね。


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