ホラー・狂愛夢

□警告
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「菜月、愛してるよ」

 菜月の父である鳳長太郎は、本当に愛おしそうな表情をしながら、いつも菜月にそう言う。シルバーに輝く髪といい、若々しい容姿といい、どこか異国の雰囲気を漂わせる容姿端麗な彼から発せられるその言葉は、実の娘である菜月にとってもあまり違和感を覚えない。

 しかし以前は今程頻繁にその言葉を娘に紡ぐ事はなかった。そうなったのは、多分菜月に母親が居ないせいだろう。片親の菜月に寂しい思いをさせない為に母の分まで自分が愛そう、という長太郎の優しい思いの表れなのだ。

「ありがとうお父さん」
「本当に愛してるんだよ」
「うん、私もだよ」

 菜月が高校に入学してすぐ母親は失踪した。長太郎が言うには、菜月の母、つまり長太郎の妻にはもう何年も前から外に恋人がいたそうだ。

 彼女は俺と菜月を捨てたんだ。そう言ってうなだれる長太郎の姿を見て、菜月はこれからは私が母の分まで父を大切にしようと決心したのだった。

「大丈夫だよ、私はずーっとお父さんと一緒に居るからね!」
「ああ、約束だよ……」
「約束ね!」

 自分でも子供っぽいなと思いつつも、菜月は菜月でそんな事を頻繁に長太郎に言っていた。何だかんだ言って親子二人幸せにやって来たのだ。




 しかし、幸せなはずのこの家では、最近奇妙な事が起こり始めていた。家全体が何となく、ゾワッと総毛立つような雰囲気に包まれている感じがする。そして、確かに閉めておいたはずのドアが開いていたり、棚の上の物が知らない内に落ちていたりするのだ。

「まさか……お母さん、なの……?」

 確証はなかったが、菜月はずっと母がもう死んでいるのではと思っていた。非現実的だが、母が幽霊になって何かしているのではないかと。そこで、彼女は玄関に置いたままにしてある母の靴を調べることにした。それにより疑惑は確信へと変わる。

「靴が、全部ある……」

 もし菜月の母が出ていったとしたら、靴が一足足りないはずだ。だが、靴は全てあった。つまり母は新しい靴で出て行ったか、靴を履かずに出て行ったかのどちらかだ。しかし、母が失踪直前に靴を買ってきた所など見てはいない。浮気をしていたとしても、少なくとも菜月が家にいる時間はずっと家に居たのだから気付かないはずがない。それなら履かずに出て行った、いや出て行かざるを得なかった、ということだろう。

「お、お父さん……」
「どうしたんだい?」

 母を殺したのは、父か、それとも第三者か。

「えっと……何だっけ、忘れちゃった……あはは……」
「はは、大事な事ならすぐに思い出すよ」

 父を問い詰めたい衝動にかられたが、それはできなかった。こんなに優しい父が本当にそんな事をしたのかと言う疑問と、母を亡くして父まで警察に捕まってしまったら、自分は一人ぼっちになってしまうと言う事実。それが菜月を思い留まらせた。

 更に言えば、父は本当に母を愛していたのに、何故浮気なんてしたのだろうかという母への不信感もあった。あんなに愛してくれていた父を裏切ったのなら、殺されたとしても自業自得なのでは……。菜月にはそう思えたのだ。この平穏な生活のため、菜月はこのまま気付かなかった振りをしていようと決心した。

 しかし、奇妙な現象はなおも続いた。


 ピト……ピト……


 ある夜菜月が寝ていると、誰かが家を歩き回る音で眼が覚めた。明らかに長太郎の足音ではない。恐怖を感じながらも聞き耳を立ててしまうのは人間の本能だ。

 するとピトピトという足音が徐々に近付いてくるのが分かった。

(来ないで……! お願いだから来ないで!!)

 そう念じながら蒲団に潜っていると、その足音は菜月の部屋の中にまで入ってきた。生温い呼吸が頬にあたる。薄目を開けると、そこには凄い形相の母が菜月を覗き込んでいたのだ。そして、耳元で地を這うような声が聞こえた。



「デ……テ……イ……ケ……」



 冗談じゃない、こんな家にはいられない! そう思った菜月だが、引っ越そうにも理由を父に言うことができずに悩んでいた。霊感の問題なのか、霊を見るのは菜月だけで、長太郎は何も感じていないようだった。

(何で? 殺したのはお父さんじゃないの? 何で私だけ怖い目に遭ってるの……?)

 仕方なく菜月は何を見ても、見ない振りをして日々を過ごしていた。

 しかし、ある時炬燵に入ると、ガリッという音がして足の小指に激痛が走った。何事かと思って炬燵布団をめくると、そこに母が居た。炬燵の中で、あの母が、横になっていた。

「菜月、どうかしたのか?」

 台所で料理をしていた長太郎がそんな菜月を不審に思い声を掛けてきたが、菜月は喉元まで出かかった叫び声を飲み込んで、あくまで冷静に、今まで通り何事も無かったかのように長太郎に返事をする。

「何でもないよ。あっ、宿題があったの思い出した!」
「もうすぐ夕飯ができるから、居間でやるといいよ」

 そういう長太郎の言葉に促されノートと教科書を取り出すため鞄を開ける。そしてその時初めて、鞄の底に四つ折になった便箋が入っている事に菜月は気付いた。


 そこには、切羽詰まった様な母の走り書きの字でこう書かれていた。


 逃げて菜月
 長太郎は狂ってる


 今まで母は菜月を逃がそうとしていたのだ。
 狂った父親の下から愛する娘を助ける為に……



「何見てるんだい菜月? ああ、怯えた表情も可愛いね。菜月、愛してるよ……。ずっと一緒だって、約束だろ……?」



ホラーと言うより狂愛と言うやつですねこれは。ヤンデレな鳳くんもいいな。


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