「菜月の為なら、僕は何でもしますよ」 そう語り掛けた六道骸は愛おしそうに菜月を眺めた。そして菜月が壊れてしまわない様にとでも言いた気に、優しく優しく抱き締める。 「ありがとう……」 菜月はそれを素直に喜んだ。幸せを感じた。自分はこんなにも幸せで良いのだろかとすら思っていた。別に本当に何かして欲しかった訳ではない。ただ純粋に、骸のその気持ちが嬉しかったのだ。 彼と過ごす時間の一分一秒の間でさえ、骸さえ居れば他に何もいらない。そう感じない瞬間はなかった。菜月はそれを伝える様に回す腕に力を込めた。 過去の暖かい記憶は、菜月の生きる希望となっていた。消えそうな命を繋ぎ止める役割を果たしていた。 菜月は重い病の為ある大学病院に入院している。医師が言うには、今夜辺りが峠らしい。家族や親戚、友人などが皆菜月の病室に呼ばれている。 しかし、その場に居る誰もが菜月の事に興味がなさそうだった。全く心配などされていない。動かず、喋れない身体でも菜月はそのことに気付いていた。しかし、菜月は決して悲しくはなかった。たった一人、自分を心配してくれる人物が居たからだ。 「……む、くろ……死にたくない……私、まだ死にたくないよ……」 六道骸その人だけは、菜月の手を握り最後まで声を掛けていた。遠ざかる意識の中、入らない力を精一杯振り絞って彼の手を握り返す。そのまま菜月は意識を手放した。 「え……? あ……夢……? 何だ、びっくりした……」 そこで目が覚めた。そう、それはただの夢だった。現実の菜月は健康そのものなのだから当然だ。少し嫌な夢ではあったけれど、あくまでただの夢でしかないと割り切って早く忘れることにした。 「菜月ちゃん!」 身支度を済ませてアジトの執務室に到着すると、ボスである綱吉が血相を変えて飛び込んできた。普段は落ち着いている綱吉がそんなに取り乱しているということは、何か大変な事があったに違いない。菜月は身を引き締めて次の言葉を待った。 「菜月ちゃん、骸がっ……」 菜月はすぐに骸に何かあった事に気付いた。嫌な予感が脳裏を過ぎり、心が聴きたくないと拒絶した。しかし、綱吉はそんな菜月の胸中など知らず話し続ける。 「骸が、今朝亡くなったらしい……」 それ以上は綱吉の言葉が頭に入ってこなかった。脳が理解を拒否している。そんな事、ある訳ない。だって骸はあんなに強いのに。病気だってしていなかったのに。滅多なことでは怪我だってしないのに。それなのに、死ぬなんて、そんなこと有り得ない……。 「そんなはずない……」 「辛いのは分かるよ……。俺だって辛い。でも、事実なんだ……」 「……ねぇツナ君。嘘、でしょ? 冗談はやめて……。嘘だよって言って……ねぇ、お願い……お願いだから……」 「……菜月ちゃん。ごめん、ごめんね……」 その後綱吉が何を言っていたか菜月は全く覚えていない。悲しくて悲しくて何も考えられなかった。 その後、菜月はボンゴレに関係者に何度も声を掛けられたが、誰に会ったか、何を言われたか、全く記憶にない。果てしない悲しみが菜月を追い立てる。彼女の精神はたった数時間でボロボロになっていた。 「最後に見たのが夢の中だなんて……」 今朝見た夢に出て来た、今は亡き自分の恋人を思い浮かべる。骸は死にたくないと泣く私を心配していてくれた。ただの夢の中だけど、彼だけは私に声を掛けていてくれた。きっとあれが現実だとしても、同じように私を想ってくれたんだろう。 なのにどうして。私は彼の死に目にも立ち会えなかった。 そう考えながら夢を思い出していた。彼を偲ぶように。すると、ふと夢の記憶が鮮明になった。 「え……? そん、な………」 信じられない。きっと何かの偶然だ。だってあれはただの夢なんだから。私は骸が居ればそれで良かったんだから。 だが、今思えば菜月がそれを彼に伝えた事はない。伝えなくても分かっていると思ったから。 ──菜月の為なら、僕は何でもしますよ。 いつか言われた言葉が思い起こされる。 「私はそんな事望んでなんかいなかったのに……ただ、一緒に居たかっただけなのに……!」 夢の中で菜月の手を握りながら声を掛けていた骸。菜月は彼が言っていた言葉をはっきり思い出してしまった。 「泣かないで下さい菜月。大丈夫、僕が代わりに死んであげます」 これもホラーではなく狂愛のジャンルかな。 |