刻まれた証

□03.戯れ
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 悠輝は自分に痛い程の視線を寄越して来る跡部に気付かぬ振りをしながら、今にも笑いで吊り上がってしまいそうになる頬を抑えるのに必死だった。跡部は少なからず悠輝の思惑に気付いているのだろう。

(気付かれた所でどうなる訳でもない。精々俺を警戒していればいい)

 憎しみを込めて跡部のことを嘲笑っていた悠輝だが、ふと宍戸の自分に対する無防備さに気付き多少考えを改めた。悠輝へ警戒心を全く抱いていない宍戸の反応、つまり一般人の反応を目の当たりにしてしまえば、跡部の洞察力には目を見張るものがある。その鋭さは、たとえ気紛れにでも自分の部下にしたいと思わせる程だ。

「ここのテニス部は大所帯のようですが、現在何人のマネージャーがいるんですか?」
「一人だけだ。桐生は器用そうだからな。正式に入ってもらえればこちらとしては助かる」

 心にもない言葉をありがとう、そんな皮肉を心の中で返しながら、口では謙遜の言葉を紡ぎ微笑む。だが、そんな穏やかな表情からは想像もつかないほど、悠輝は腸が煮えくり返る思いをしていた。

「一人、ですか……」

 一人。その言葉に悠輝は苛立ちが募った。少し前までは二人だったんだろう? そう言ってやったら目の前の少年達がどんな反応するのか試してやりたいと言う衝動に駆られた。もちろん今この場でそんなことを問い詰めたりはしない。

「マネやりたいって女子は結構居るんだけどな、大抵が部員目当てで仕事をおざなりにするから新たに入部させるのをやめたんだとよ。特にこいつの追っ掛けは多いからなあ……。なあ、跡部様?」

 跡部は茶化すように笑う宍戸を不機嫌そうに睨み返しつつも、不遜な態度で当然だと返した。実際跡部は非常に整った顔立ちをしており、女子生徒に人気があるのは容易に想像ができる。この氷帝学園の生徒会長を務めているという事実も、跡部の知名度と人気を圧倒的な物にしている要因だった。

「まあ桐生は男だし、真面目そうだからきっと入部させてもらえるぜ」

 宍戸が人懐こい笑みを浮かべてそう付け加えた。確かに普通に考えれば男子生徒がマネージャーになれば他に現を抜かすことなく仕事に集中するだろう。体力や力もあるので重宝されるはずだ。一時はどうなることかと思ったが、案外簡単に入部できるかもしれないと悠輝は少しだけ安堵した。

 そんな気持ちに加えて無邪気に笑う宍戸に多少毒気を抜かれたからか、悠輝は今迄の愛想笑いとは違う自然な笑みを浮かべた。その違いに二人が気付いたかどうかはまた別の話だ。

「余談だが、今居るのはレギュラー専属のマネージャーだ。うちは部員数が200人を超えているからな。全員分のマネージメントをするのは不可能だ」
「200人、ですか……」

 悠輝は軽く目眩がした。一般的な部活の部員数がどれほどかは分からないが、平均して1学年に70人近くの部員が居ると言うのはかなり多い方ではないだろうか。そんな驚きから言葉に詰まっていると跡部が続けて言った。

「後で監督の所に連れて行ってやる。精々上手く交渉するんだな」
「ありがとうございます」
「じゃあ桐生、放課後待ってるぜ。あ、ちなみに俺はC組だからな」

 跡部には傲慢な態度がやけに似合うな、と全く関係ないことを悠輝が考えていると、昼休みの終了を告げるチャイムが騒がしい教室内に鳴り響いた。焦ったように教室から出て行こうとする宍戸を反射的に悠輝が引き止める。

「何だ?」
「てめぇ……自分が何しに来たと思ってるんだ」
「……あぁ、そうだった! サンキューな跡部!」

 悠輝の代わりに跡部が呆れたように返す。それに対し一瞬何を言っているんだこいつと言うような顔を見せた宍戸だが、すぐに本来の目的を思い出し、差し出された英語の教科書を受け取って走り去った。

 黙って見送った悠輝は複雑な心境だった。彼らは本当にただの14、5の子供なのだ。たとえ彼らに非があろうとも、これから自分が行おうとしていることに巻き込んで良いのだろうか。断ち切ったはずの迷いは未だに悠輝の心の奥に巣くっていた。

(甘さを捨てきれない自分は、まだまだ軍人としては半人前なのかも知れないな……)




 授業後、悠輝は跡部に連れられテニス部の顧問をしている教師に会いに行った。教師の名は榊と言い、この氷帝学園で音楽を教えているらしい。今後の為にもテニス部に入部することが最も効率的だと判断した以上、是が非でも入部を認めてもらわなければならない。
 公の場で話すことに慣れていることもあって、教師を説得する口上は悠輝の口からすらすらと出た。跡部が見守る中、マネージャーになりたいと言う偽りの熱意を榊に訴えかける。その甲斐あってか、現在一人しか従事している者の居ないマネージャーの座を手に入れることができた。

「何と言うか……個性的な先生ですね」
「教師は道楽でやっているという噂がある」
「それはそれは……」

 テニスコートに向かうために廊下を歩きながら、二人はくだらない話で間を持たせる。跡部は見掛けに因らず慎重な男だった。悠輝に不信感を募らせながらも、踏み込んで何かを訊ねたりはしない。
 本来ならそんなことを気にする必要などないのだが、そこまで気が回っていないらしい。転校生相手に、以前どこに住んでいたのか、何故転校してきたのか、なんてことは好奇心に逆らわず質問してもおかしくはないはずだ。

「やはり僕なんかには興味すら持てませんか?」
「何の話だ」
「いえ、転校してきた理由とか何も聞かないんだなぁ、と思いまして」
「……聞いて欲しいのか?」

 跡部が全く詮索をしてこないことに、悠輝は良くも悪くも気が抜けてしまった。深くは関わりたくないと彼の本能が言っているのだろうか。その徹底ぶりはまるで悠輝に対する自分の言動にストッパーをかけているようだった。

「そういう訳ではありませんが」
「今すぐ知る必要もないだろ」

 そんな跡部の判断は決して間違っていなかった。

(お前は何も知らないまま、俺に情報だけ与えてくれればそれで良い。それ以上関わろうとすれば、その身を打つだけだ。)

 悠輝はそんな考えをおくびにも出さず、そうですねと一言だけ返しておいた。

 その後二人が辿り着いたテニスコートは、思いの外早く到着したせいかまだ数人の部員しか居なかった。このテニス部には立派なレギュラー用の部室と、広さだけはある一般部員用の部室、そして然程広くはないマネージャー用の部室がある。悠輝はマネージャー専用の部室で真新しいジャージに袖を通した。

 一人になると自然と笑みが零れる。先程までの愛想良い微笑みではなく、まさに不敵な面構えと言うに相応しい表情だ。本人でさえ初日からここまで順調に行くとは思っていなかったのだから無理もない。

 悠輝は一人、怒りと憎しみに震えながら嗤った。

(ああ、楽しみだ。お前はいつ俺に気付くんだろうか。可憐なお姫様の皮を被った獰猛な獣よ。)


To be continued ...




まだ庭球キャラが二人しか登場していませんね。早く他のメンバーも出さねば。夢主は決して悪役ではないはずです。

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