刻まれた証

□04.接触
2ページ/2ページ


 短時間の会話の中で、少なくともレギュラーは皆感じのいい生徒だと思った。ただ、あの眼鏡を掛けた少年、忍足侑士はどうやら俺を疑っているらしい。跡部以外で自分に疑いをかける人物などいないと思っていた。クラスメイトから聞いた、氷帝の天才の呼び名の理由はテニスの上手さだけではないようだ。

 とは言え、跡部の方が立ち回り方は上手いだろう。跡部はその疑いに触れてはいけないと気付いている。どうせなら、俺の期待を裏切らないようにそのまま大人しくしていてくれ。

「全員集合しろ!」

 そうこうしている内に榊監督が来たようで、跡部がコートに向かって声を張り上げている。部活が始まったと言うのに、目的の人物は未だ現れていない。対象がいないと歳不相応な自分がこんな場所にいるという事実が恥ずかしくなってくるので早く来て欲しいものだ。
 そんなことを考えながらぼんやりと前を向いていたら、監督にこちらへ来いと目配せされた。挨拶しろと言うことなのだろう。仕方なく選手達の前へ出る。

「彼は新しくマネージャーをやってもらうことになった桐生だ」
「三年の桐生悠輝です。精一杯皆さんのお手伝いをさせていただきたいと思っていますので、よろしくお願いします」

 監督に紹介され既に本日何回目かも分からない挨拶をすれば、お願いしますとどこか気怠そうな200人近い部員の声がコートに響いた。その後練習についての説明がいくつかあってから解散になった。

 本格的に活動が始まっても、未だに例の女子生徒は来ていない。俺は今まで身体を鍛えることはあっても趣味や娯楽としてのスポーツ経験は全くないので、マネージャーが何をすれば良いのかいまいち分かりかねていた。色々な意味で早く来て欲しいと思いながらも、ひとまず指示された仕事だけを従順にこなしていった。

「遅くなってすみませーん!」

 申し訳なさがあまり感じられない謝罪の言葉を叫びながら、笑顔で入って来た一人の女子生徒。その姿を見て男だらけのテニスコートが色めき立った。

「優里亜、何かあったのか?」
「岳人先輩! 実は帰りに先生に用事を頼まれてしまって。遅れてすみませんでした」
「良いって良いって。それより大変だったな。お疲れ!」

 この女なのか。元々写真がなかったので今この場で初めて見るが、どうも予想とは大分違う。初めて見た冴島優里亜は本当に普通の少女だった。
 あの事件を起こしたのが本当にこの少女なのか。何かの間違いではないだろうか。そう疑いたくなる。

「優里亜、こいつにマネージャーの仕事を教えてやってくれ。今日からマネージャーになった桐生だ」
「分かりました! 任せて下さい、景吾先輩! 桐生先輩、ですね? 私は冴島優里亜と言います。よろしくお願いします」

 他の部員が練習に戻る中、俺達は軽く自己紹介をしあってマネージャーの仕事に取り掛かった。この女の情報はあまりにも少なすぎるため、何かを掴めないかと積極的に話し掛けてみた。しかし、軍部に所属している内に自然と培われた話術を駆使してみても、所詮は中学生の会話だ。大した収穫は得られなかった。

 唯一分かったことと言えば、この女の素晴らしい演技力くらいだ。もしこれが素の態度だとしたら好人物と言える。年相応の快活な少女だ。しかし、そんなはずはない。

 話しかけてくる部員には笑顔で対応しつつも、一部に対し明らかに穏やかでない感情を向けている。それなのに、そんな感情に気付かないレギュラーや他の部員達には随分と人気があるようだ。もっと世俗的に言えば、非常にモテているらしい。


「お疲れ様でしたー!」

 数時間後、空も大分暗くなり星が瞬き出した頃、部員達の疲れと爽快感の混じる挨拶がコート上に響く。当然部員程ではないが、マネージャーも案外疲れるのだと言うことを今日一日で身をもって知った。

 片付けをしながら、今更ながらに自分は何をやっていんだろうと脱力してしまう。自分で言うのも何だが、軍ではそれなりに良い階級に就いている。その俺が、年齢的には問題しかない中学校に通い、あまつさえ部活のマネージャーをやっている姿など、決して部下には見せられない。俺の沽券に関わる。

「桐生先輩、さようなら!」

 恐らく自分でも分かっているのだろう。彼女が最高に可愛く見える仕草で手を振ってくる冴島。それに対して適当に愛想良く手を振り返す俺。傍から見れば良好な関係だろう。こんなにもお互い内面と懸け離れた行動をしているのはいっそ滑稽だ。

「俺も早く帰るか……」

 最後まで残って部員全員を見送り、結局鍵の返却までした。あの女についてはあまり何も掴めなかったが、初日はこれくらいが妥当だろう。顔も確認したし、何より対象とかなり接近出来たのだからよしとしよう。

「明日からの部活が楽しみでなりませんよ、冴島さん。どうぞお手柔らかに」


To be continued ...




テンポが悪くて申し訳ありません。

前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ