刻まれた証

□11.真実
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彼女が言っていた親友、それがお前だとは知らなかった

だが勘違いするな、俺は彼女とは違う


11.真実


「あれー、他の奴らは?」

 今日も俺はいつものように部活を途中で抜け出して木陰で昼寝をしていた。しかし珍しく自然と目が覚めてしまい、やはり珍しく練習をしようと思い立ってコートへ向かったのだ。思えばその珍しさこそが予兆だったのかも知れない。

「ああ、ジローか……」

 部室に行く途中で見掛けた宍戸に声を掛けてみたが、気の無い返事が返って来ただけだった。壁にもたれ掛かり、何をするでもなくそこに突っ立っているだけの宍戸が奇妙に見え、何かがあったことに気付かざるを得ない。

「もしかして……優里亜に何かあった?」

 俺がそう言うと、宍戸は僅かに目を瞠らせてこちらに視線を向けた後、また顔を逸らして静かに口を開いた。

「桐生が……優里亜を、襲おうとしてた……」

 言いにくそうに紡がれた言葉の意味が一瞬理解できなかった。桐生くんが何だって? 有り得ねぇだろ。俺は彼とそこまで親しくなかったけれど、いつも熱心にマネージャーの仕事をこなしていた。誰も見てなくてもサボったりしない、そんな性格だった。

 ただ、桐生くんと一番仲が良さそうだった宍戸が言うんだから、頭ごなしに嘘だと決め付ける訳にもいかない。

 だけど、そんなのやっぱり信じられなかった。単純に信じたくなかっただけかもしれない。

「何かの間違いなんじゃねーの?」
「俺だってそう思ったさ! だけどあんな状況目の当たりにして、何の間違いだってんだよ!! あ……悪ぃ、怒鳴ったりして。激ダサだな俺……」

 宍戸も混乱しているんだろう。それは俺も同じだけれど、今はまだ俺は桐生くんを信じていたい。あまり話したことすらない相手だけれど、少なくとも初めて俺に話し掛けてくれた時の彼はとても誠実そうな人に見えたから。

「俺、ちょっと行ってくる」


 宍戸に一言断ってから走って部室に向かうと、部員が揃って桐生くんを睨んでいた。そしてそれを物ともせず優里亜と桐生くんが睨み合っている。俺は無理矢理人の間を割って入り、奥に居た跡部に小声で話し掛けて状況を聞き出した。

「優里亜の悲鳴が聞こえて、俺達はここへ駆けつけた」

 跡部から簡単な説明を聞いたけれど、いまいち状況が把握できない。要約すれば、跡部達が駆け付けたら桐生くんが優里亜を襲おうとしていたところだったらしい。

 鳳が警察を呼ぼうと言い出したが、優里亜が呼ぶなと拒否し、更にそれに対して桐生くんが変な事を言い出して……、最終的にラケットが壊された。そして今に至る、と。
 最後唐突におかしくね? ラケット壊すって何? 俺が馬鹿なのか、それとも思ったより跡部が混乱しているからなのか、状況が上手く想像できない。

「それマジで桐生くんがやったの? 信じらんねぇC」
「優里亜のことは、本人は否定してるがな。それから、桐生は偽名だと言っていた」
「偽名……?」

 何故偽名を名乗る必要があるのだろうか。ますます謎が深まるばかりだ。

「あっ! 優里亜!」

 無言で部室を出て行く優里亜。自分の部室に荷物を取りに行ったみたいだ。向日とか鳳とかも荷物を持ってすぐに追っていった。それを見届けて桐生くんも黙って帰って行った。誰も引き留めたりはしない。やはりラケットを壊したと言う所業に尻込みしているのだろうか。
 俺の足元の床にはテニスラケットだったモノの破片が散らばっている。折れたとかそう言ったレベルではない。一体どうやったのか見当もつかない。

 だけどそれより、もっと気になっていたことがある。

「ねえねえ忍足。桐生くんにさぁ、抵抗された痕ってなかったよなー」
「……せやな」

 優里亜も桐生くんも、どこも怪我をしていなかった。そんな些細なことは他の皆にとってはどうでもいいことかもしれない。結局当事者二人が居なくなってしまい、腑に落ちないという顔をしながらも部員達は散り始めた。

 その後は部活もままならなかったので、部長である跡部が早々に部活の終了を告げて全員帰宅することになった。たまたま監督が居なかったのが不幸中の幸いってやつだ。

「俺が出てった後、何があったんだ……?」

 帰り支度をする時、残っていたレギュラーがその場に居なかった宍戸にも部室内で何があったのかを説明していた。俺はついでに桐生くんがラケットを破壊した時の様子をもっと詳しく聞いてみることにした。

 跡部曰く、あれは多分錬金術ってやつだ、とのこと。俺は知らなかったけど、アメストリスでは盛んに研究されている科学技術で、跡部は前に一度見たことがあるらしい。でも、桐生くんの謎はそれだけじゃなかった。

「あの人、相当手慣れてましたよ。かなりのやり手でしょうね」

 俺達が会話している所にぽつりと一言日吉が口を挟んだ。直接手合わせしなくても動き、身のこなしって言うのか? それを見れば分かるらしい。流石古武術をやっているだけのことはある。

 こうして断片的に話される皆の話を聞いていたら分かってきたのだが、桐生くんが許されざる行為をしようとしたと思っているのは、レギュラー以外の部員の多くと、岳人や鳳あたりだ。後は宍戸もそうかもしれない……。ただ本人もはっきり頭の整理がついていないようだから何とも言えないけれど。

 逆に忍足なんかは桐生くんがやったとは思っていないように見える。そんな事よりこの状況自体を楽しんでいるようだ。そして跡部は……、あいつの考えていることは相変わらず分からない。本心を隠すのが上手過ぎる。強いて言うなら中立の立場なのかな。


「よし……明日こそ桐生くんを捕まえて直接話をする……! 拒否されてもぜってーする……!」

 皆から話を聞いた俺はそう決意した。決意したのだけど、現実はなかなか上手くいかない。
 次の日は授業中も休み時間中も俺自身が寝惚けていて会いに行くどころではなかった。まあいつものことだけど。昼は昼で弁当を平らげてからすぐにA組に行ったのに肝心の桐生くんが居なかった。そして気付けば帰り時間という訳だ。部活が始まってしまうと話す機会が少ないため、何としても今接触しなければ。

「桐生くん!」
「ああ、芥川君でしたね。何の用ですか? 昼に僕を探していたようですが……あまり周りをうろうろされると、正直迷惑です」
「あー、ごめんごめん! でも、とにかくちょっと来て! 話あるんだ!」

 避けられていたと言う事実と、この前と違う棘のある言葉に泣きそうになりながらも、無理矢理桐生くんを引っ張って屋上へ向かった。この時間に屋上へ来る生徒は居ないから都合が良い。

 無理矢理引っ張って来た割に、桐生くんは出ていこうとせずに俺が話し始めるのを黙って待ってくれている。やっぱり優しい人なんだ。俺は屋上に誰も居ないのを確認して、深呼吸をしながら覚悟を決めた。

「単刀直入に言うね。前にうちの部のマネで、君みたいな境遇の女の子が居たんだ」

 その子は俺達の同級生で、ずっと男子テニス部のマネージャーをしてくれていた。彼女とは俺も仲が良く、恋愛感情を抜きにした親友と言える存在だった。最初は彼女も俺達レギュラーを始めとした部員全体と上手くやっていた。それなのにいつの間にか……。いや違う、明らかにあの日から、イジメの対象に変わっていた。

『私……美咲先輩に、嫌われているみたいなんです……』

 そう、あの優里亜の一言から始まったんだ。最初は誰もが怪訝そうな顔をしていた。信じなかった。あの優しい美咲が誰か特定の人物を嫌うはずがない、もしたとえそうだったとしても、それを相手に悟らせたりするような子ではないと思っていたから。

『先輩と仲良くしたいのに。どうして……?』

 でもその頃の俺達は、後からやってきた優里亜のことも美咲と同じくらい大切に思っていたんだ。優里亜は美咲と同じようにレギュラー・平部員関係なく優しく接していたし、年下ながらも甲斐甲斐しく働く姿はとても好印象だった。

「本当にいい子だったんだよ。美咲も、それから優里亜も……」

 優里亜の言動は本当に深刻そうなものだった。最初は自分が美咲にいじめられていると言う事を暗に仄めかす程度の口振りだったけれど、終いにはその大きい目に涙を浮かべて俺達に助けて欲しいと懇願するものだから、俺達は優里亜の方を信じざるを得なかった。

 そしてレギュラーが優里亜を信じ始めたのがきっかけだったのか、他の部員達も皆“可哀想な優里亜”を信じて疑わなくなった。いつの間にか美咲の言い分なんてお構いなしになっていた。

 毎日繰り返される口にしたくもない数々の陰湿なイジメ。女の子だからと言って容赦などなかった。思い付く限りの嫌がらせを受けた美咲は、身も心もボロボロになっていくのが目に見えて分かるほどだった。イジメをしていた奴らにとっては途中からただのストレス発散になっていたのかもしれない。

 どんな酷い仕打ちを受けようとも、美咲は自分の無実が証明される日を信じて学校へ通い続けた。でも、それも長くは続かなかった。

 ある日を境に美咲は学校へ来なくなった。噂では転校したらしい。俺はなんとか連絡を取りたかったけれど、結局彼女がどこに行ったのか分からなかった。

「俺、その子を助けたかったけど、結局何も出来なくて……。俺は一番卑怯な位置に居た……」

 桐生くんは傍観するだけだった俺を軽蔑するだろうか。軽蔑されても仕方がない。傍観者だって、考えようによっては共犯と同じなのだから。いや、下手すると加害者より性質が悪いかも知れない。俺はそれだけのことをした。

「そうでしたか……。もう気付いているようですから言いますが、五十嵐美咲は僕の……」

 途中まで言い掛けて桐生くんは一旦口を閉じた。逸らされていた視線が俺に向けられる。顔の向きが変わる一瞬、今まで見えなかった桐生くんの瞳が赤く光ったように見えたのは気のせいだろうか。

「美咲は、俺の妹だ。まあ、義理の妹なんだがな」

 やっぱりそうなのか……。俺は昨日の帰りに跡部から聞いた言葉を思い出した。

『あいつの本名だが……五十嵐、かもしれない……』

 わざわざ全員帰った後に告げられたその言葉。何故跡部が俺だけに言ったのかは分からないけれど、跡部の言葉は妙に納得してしまった。この人が美咲のお兄さんなら、この学校に転校してきた理由なんて自ずと決まってしまう。

「美咲の……。そっか、やっぱそうなんだ……」

 予想はしていたけれど、その事実を本人から突き付けられるとやはり衝撃的だった。俺はこの人の大切な家族になんてことを……。


「ごめん……許してなんて、許されて良いなんて思わねぇけど……本当にごめん……」

 止めどなく溢れてくる涙を止める術なんて生憎今の俺は持ち合わせてなくて、気付けば人前だとかそんなことは関係なく泣きじゃくっていた。

「今更謝罪なんていらない。いくら謝ってもらったって、美咲は……」

 酷く冷たい声で言い放たれた。当たり前だ。俺は謝ることすら許されていない。俺が何も言えなくなったのに呆れたのか、溜息が聞こえてきた。
びくりと顔を上げてお兄さんを見ると、鬱陶しそうに眼鏡を外して俺をじっと睨みつけてきた。紅い瞳が俺を捕らえる。

 罪悪感と恐怖で逃げ出したくなったけれど、俺は逃げる訳にはいかなかった。この時をずっと待っていたんだ。美咲、ちゃんと約束果たすからな。だから、また俺に会いに来てよ。

「美咲のお兄さんに、渡さないといけないものがある。美咲から頼まれてたんだ……」


To be continued ...




やっと慈郎メインで書けた。いまいち口調が分からず捏造ですみません。そして台詞以外の地の文はあまり変化がないので分かり辛いかもしれませんね。申し訳ない。忍足も地の文では標準語だったりします。

 

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