刻まれた証

□13.錬成
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初めて見せた錬成は、きっと綺麗な見世物だった

二度目に見せた錬成は、恐怖を誘う破壊の象徴で

三度目に見せる錬成は、俺達の関係を変えるだろう


13.錬成


「盗み聞きとは、良い趣味してるな。……なぁ、跡部」

 俺自身二人が見えない位置に立っていたと言うのに、まさか気付かれているとは思わなかった。その上生意気にもここに居るのが俺だと言うことまで言い当てている。全くいけ好かない野郎だ。

「いつから気付いてやがった?」

 仕方なく出て行けば、そこに俺の知る桐生、いや五十嵐は居なかった。立っていたのは、日本人から見れば派手としか言えない鮮やかな金髪を風に靡かせながら、無造作に制服を着崩した男だった。瞳は純粋な日本人にはあり得ない深紅の色を宿している。言うなれば、今までの五十嵐とは真逆の人間だ。しかし、その背恰好は確かに一致する。良くもまあ、あんな芝居ができるものだ。

「慈郎が入って来た辺りから、だな」
「最初からかよ……」
「それで? 僕に何か用ですか? 跡部君」

 わざとらしく今まで通りの口調で呼ばれて少々苛ついた。そもそも気付いていたなら最初から出て来いと言えば良いものを、ジローが居なくなるまであえて声を掛けなかったと言うのが癇に障る。主導権を握られているようで気に食わない。

「なら聞くが……日本に何しに来やがった、五十嵐悠輝」
「その口振り、俺を知ってるみたいだな」

 五十嵐悠輝という名に俺は聞き覚えがあった。知っているだけではない。俺はこいつに会ったことがある。

「まぁな。良いからさっさと俺様の質問に答えろ」
「相変わらず俺様だなぁ。残念だが、俺には答える義理も義務もない」

 やはりそう簡単に話すはずがないか。だが意地でも話させてやる。コイツの目的は知らないが、わざわざ偽名と変装を使ってまで身元を隠していたのだから、バラされては困るはずだ。

「五十嵐悠輝。アメストリスの中央司令部勤務の軍人で、国家錬金術師資格を持つ。二つ名は調和。若干18歳にして中将の地位を得るが、異例の出世に疑問の声も少なくない。……どうだ?」

 不機嫌そうに寄せられる五十嵐の眉。今までとは若干雰囲気が違う。
お前の考えていることなんか手に取るように分かるんだよ。動揺してるんだろ。

「まだある。日本人の父親とアメストリス人の母親のハーフで、父親は錬金術師、母親は元軍人らしいな」
「一体どこまで調べたのか知らないが、軍人の情報はそう簡単には手に入らないはずだ。流石はあの跡部家ってことか? まあそれはいい。それより跡部」

 声のトーンを落とし、顔には不敵な笑みを浮かべながら俺にゆっくりと一歩ずつ近付いてくる金色。対する俺は反射的に後ろに下がることになり、じりじりと壁に近付いて行った。俺とそう変わらない年齢のはずなのに、何なんだこの威圧感は。

 壁際に追い込まれた時には、既に五十嵐の顔に表情はなくなり、燃える様に赤いが、しかし凍える様な冷たい視線だけが俺を見下ろしている。端正な顔立ちだけに無表情だとなかなか凄みがある。

「動揺してるのは、お前の方だろ?」
「何のことだ」
「お前の思考くらい大方想像はつく。確かに俺は多少なりとも動揺した。それは認めよう」

 だがそれ以上にお前の方が動揺してるんだろ? などと言われてしまえば返す言葉はない。まさにその通りだからだ。

「お前達テニス部員の身体能力の高さは評価できるし、ただの中学生にしておくのは勿体ないとすら思う。でもな、俺達軍人は文字通り命懸けでこの仕事に従事してるんだ」

 それはもっともな主張だ。俺は今まで自分の鍛え方に手抜きがあったとは決して思わないが、あくまで俺の本業は学生だ。それに対してこの男は軍人を生業として生きている。身体的にも心理的にも違いが出るのは当然だろう。

 大体、錬金術なんて得体の知れない術を使ってくる奴の相手など普通に考えて危険過ぎる。これは元々一か八かの賭けだった。五十嵐が動揺してボロを出せば俺の勝ち、という圧倒的に不利な賭け。どうやら勝利の女神は俺様に微笑まなかったらしい。

「錬金術と言うのは……」

 一頻り沈黙が続いた後、五十嵐が唐突に話し始めた。意図が読めず俺は黙って聞いていた。錬金術には多少興味があったから、ということも一つの理由かもしれない。

「理解、分解、再構築の三つの過程からなる科学だ」
「馬鹿にするな、その程度のことは知っている」

 五十嵐が意外とでも言いたげな目で俺を見てくる。日本人が錬金術の知識を持っているのが珍しいのかもしれないが、お前だって半分は日本人の血が流れているだろうが。そう揶揄してやろうかと思ったが、五十嵐はすぐに満足そうな表情に変えると続きを話し始めた。

「そうか。で、昨日俺がやった破壊は、分解で錬成をやめたわけだ」
「そんなことが可能なのか」
「あまり一般的ではないがな。でも、折角だからちゃんとした錬成が見たいだろ?」

 そう言うと同時に五十嵐の右手の指輪が光った。そう、昨日と同じ様に。一体何をする気だ。

「これが理解……」

 五十嵐は俺を捕らえる様な形で背後のコンクリートの壁に両手をついた。ヤバいと思っても既に時遅しで、俺に逃げ場はない。バチバチと指輪から火花のような光が発せられている。

「で、これが分解」

 光と共に壁が変形していく。かなり異様な光景だ。俺はこの後に起こる事態の大凡の予想がついたが、五十嵐は俺を簡単に逃がしてしまうほど腑抜けではない。結局俺は大人しくしているしかなかった。

「そして最後に再構築」

 僅か一瞬の間に予想通り俺は変形したコンクリートに腕を捕われた。腕を動かしてみるがびくともしない。やはり形が変わっただけで物質の成分は変わっていない。そして、俺に絡みつくコンクリートの分だけ周囲の壁は抉れており、錬成前後で質量は変わっていないことを表している。これが等価交換の法則というやつか。


「はは、良い眺めだな、跡部。さっきまでの威勢はどうしたんだ?」
「鬼畜め……」

 動けない俺を嘲笑いながら、五十嵐は緩慢な動作で制服の上着の中から何かを取り出した。それは紛れもなく拳銃だ。軍人だから本物なのだろう。
 銃口を額に宛がわれ、流石に動揺を隠しきれない。冷や汗が全身から吹き出してくるのが嫌と言うほど分かった。人間なんて所詮は脆い生き物だ。

「これでお前を殺せば、俺の素性を知る者はこの日本には居なくなるよな?」

 状況は変わらない。時間にしたらせいぜい数秒しか経っていないのだろうが、俺にはやたら長い時間に感じた。当たり前だ、五十嵐が指を少し動かすだけで俺はこの世とおさらばだ。こいつら軍人はともかく、一般人で冷静にしていられる奴の方がどうかしてる。

 そしてついに五十嵐が人差し指に力を込め始めた。


 かちりと軽い音がして呆気に取られてしまった。どうやら初めから弾など入っていなかったらしい。五十嵐の顔を見れば、今までの無表情を捨てて困ったように笑っている。俺から銃口を離すと、何事もなかったかのように再び懐の中にしまいこんだ。

「冗談だ。少し調子に乗り過ぎたな、悪い」

 本気で謝られてしまい、返す言葉もなかった。冷静に考えれば、確かに白昼堂々こんな所で殺すなんて有り得ない。そんなことすら考える余裕のなかった自分に嫌気が差す。そのくらい、五十嵐の威圧感や殺気が本物だったと言うことだ。俺が怒りや恥ずかしさを覚えて抗議しようすると、五十嵐が再び壁に触れて俺を解放した。

「別にお前に危害を加えるはつもりないから安心しろよ」
「一体どういうつもりなんだ、てめぇは……」

 軽い調子で笑いながら言う五十嵐に拍子抜けしてしまい、怒る気力もなくなってしまった。結局この男が何のためにこんな茶番を行ったのかも分からない。ただ俺をからかっているだけなのか。それはそれでムカつくが。

「それにしても跡部、錬金術の学があるのか? あまり驚いていなかったようだが」

 残念そうに期待外れだと言っているが、俺だって初めて見た時はかなり驚いた。日本では科学技術がそれなりに進歩している分、錬金術はあまり発達していなかった。錬金術師は皆アメストリスに行って研究をするのが通例だ。

「四年前に一度見た事があるからな。……俺が生まれて初めて見た錬金術師、それがお前、五十嵐悠輝だった」
「……覚えていたのか」

 つまりは五十嵐も覚えていた訳か。それを知り、心のどこかで歓喜している自分がいた。認めたくないが、俺も五十嵐に対してジローと同じような感情を抱いているのかもしれない。しかもあの日からずっと。

「俺様にかかれば、あんな記号や等式の理解くらい訳もねぇ」

 四年前に見た五十嵐が錬成をしている時の光景は今でも鮮明に覚えている。俺はこいつの錬金術に魅せられた。錬金術を発動させるには錬成陣と呼ばれる図形式が必要だ。右手の骨ばった長い指々に嵌められた厳つい指輪とは違い、取り分け巧妙な細工が施された繊細な印象の指輪。それに錬成陣が彫ってあるらしい。

「それで、錬金術は使えたのか?」
「無理だな、理論が分かっても使えねぇ」
「そうか。錬金術は理論だけじゃなく、才能ってのもあるからな。その歳であれを一部でも理解できるほどの頭脳があるのに残念だ。実際に錬成できれば、間違いなく天才と呼ばれていただろうに」

 五十嵐が苦笑いをしている。俺は少しかじった程度だが、それでも相当苦労した。完璧に使いこなせるようになるのはかなり難しいことなんだろう。


「それより五十嵐、お前は結局何しに日本に来たんだ?」
「だから、お前に話す義理はないと言っているだろ」

 この流れなら多少なりとも何か口を割ると思って再度尋ねてみたのだが、今までのやり取りで少しだけ見えてきた友好的な雰囲気はどこへ消え去ってしまったのか、最初と同じようにきっぱり拒絶された。
 切り替えの速さに納得がいかなかったが、このままだと堂々巡りに陥りかねないのでこれ以上問い詰めるのはやめておいた。まだ機会はいくらでもあるだろう。

 俺が引き下がったと分かった五十嵐は早々に屋上を去ろうとした。だが、すぐに立ち止まり、振り返らずに話し始めた。

「そうだな……前にも言ったが、もう一度忠告だけはしてやるよ。冴島とお前がどう知り合ったのかは知らないが、あの女とは縁を切った方がお前の身の為だ」
「どう言うことだ?」
「詳しいことは言えないが……、とにかく気をつけろ」

 優里亜か。あいつも謎が多い。孤児だと言っていた。戸籍もないと。素性は俺でも分からないのだから、実際のところどんな人間でもおかしくはない。
 優里亜を信じてやりたい気持ちはある。献身的に働く姿は好感が持てる。俺があいつを気に入ったからこそ、跡部家で保護してやることになったんだからな。拾った以上は最後まで責任を持って面倒も見てやるつもりだ。

 だが、優里亜が俺の障害になるようなことがあれば、跡部家は間違いなく無慈悲にあいつを捨てるだろう。俺自身、あいつを切り捨てることは厭わない。

 俺は五十嵐の正体を知って、優里亜以上に五十嵐のことが気になる存在になってしまった。四年前からずっと、俺は五十嵐に惹かれていたんだ。


「おい五十嵐、お前ジローには自分を名前で呼ばせていたな。そんなにあいつを気に入ったのか?」

 振り向いた五十嵐は怪訝そうな顔をした後、別にそう言う訳じゃないとバツが悪そうに返事をした。しかし、すぐに何かに気付いたようにニヤリと挑発的な笑みを向けてきた。

「ああ、成程。素直じゃないな、景吾は」

 やはり主導権を握られている気がして癪に障るが、これからゆっくりと立場を変えていけばいい。

 俺様がジロー如きに遅れを取るわけねぇだろ? 覚悟してろよジロー。お前だけが特別だと思うな。

「この俺様が素直じゃないだと? 悠輝にだけは言われたくねぇな」


To be continued ...




正直なくてもいいような話です。とりあえずお互い名前呼びになったってことが書けたので満足。夢主は何だかんだ言って絆されすぎ。年下に甘いと言う設定が効果を発揮しすぎている気がする。

 

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