刻まれた証

□14.休日
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拭えない罪を負いながら生き続ける俺は、お前とは決して相容れぬ世界に住む人間だ

お前に見せる全てが演技だとしても、お前を信じていると言うその言葉に偽りはない

どうか今だけは偽りの友情を


14.休日


「明後日大会があるだと? 初耳だ……。それ俺も行くのか?」
「そりゃ、マネージャーだしね」

 先日の屋上での一件により悠輝くんの傍にいることを許された俺は、昨日の部活の後に一緒に帰らないかと誘ってみた。俺の行動は周りから変な目で見られたりもしたが、そんなことは全く気にならなかった。その時俺が感じたのは、ただ悠輝くんに断られないかという不安のみだ。

 道中で話題になったのは、日曜日の大会のことだ。どうやら悠輝くんは大会があること自体知らなかったらしい。マネージャーなのに、と苦笑いしたら睨まれてしまった。

「で、明日は前日だから部活なくて暇だからさ……」

 慌てて話を逸らし、当初の目的であった土曜日に一緒に遊びに行く約束をなんとか漕ぎ着けた。

 俺達順調に距離縮めてるよな? まだ罪悪感で悠輝くんの目をまっすぐ見られない時もあるけれど、彼とはもっと仲良くなりたかった。



「今日を休みにしてくれた監督にはマジ感謝ー!」

 当日、張り切りすぎて集合時間の二十分前には到着してしまったけれど、待っている時間は全く苦痛じゃなかった。ちなみに昨夜は中学三年生の男子にしては早過ぎるだろうと言う程早く寝たので、流石の俺も眠くなる心配はないと思いたい。

「悪い、待たせたか?」

 まだ待ち人が来るには早いと思っていたが、思ったよりもすぐに合流することができた。それもそのはずで、彼は待ち合わせ時間より十分も前に来てくれたのだ。来てくれなくても仕方ないと思っていただけに喜びも大きかった。

「悠輝くん! 来てくれたんだ! 俺マジ嬉C!」
「いや、流石に約束をすっぽかしたりはしない……」

 素の彼は一見物事に対して適当な性格に見えるけれど、実際は何でもきっちりこなす人だった。割と完璧主義なのかもしれない。そんな素振りも見せずに行う、他人に対する些細な気遣いにも彼の性格が現れている。マメな男子はモテるとか言うし、この容姿なんだからアメストリスに居た時はさぞかしモテていたに違いない。

 のんびり歩いてきた悠輝くんは、まさかこの俺が自分より早く来ているとは思わなかったのだろう。俺の姿を見付けると少し驚いた顔をしてから申し訳なさそうにしている。俺が勝手に早く来たのに謝られてしまい、逆に悪いことをしてしまった気分になった。

「全然待ってねーよ! だってまだ待ち合わせ時間前じゃん!」
「なら良いが、俺としてはお前が先に待っていたのが驚きだ」

 悠輝くんは腕にはめているシンプルだが高そうな時計から目を離しながら、少し表情を柔らかくした。確かにいつもの俺なら時間通りどころか、時間より遅れてくると思われても仕方ない。そう思われているのに時間よりも早く来てくれたことが単純に嬉しかった。たとえそれがこの人にとって当たり前のことだったとしても。

「悠輝くんの私服初めて見たなぁ。うん、イメージ通りだC」

 休みだからか、悠輝くんはいつもの変装した格好ではなく、屋上で一度だけ見たあの姿だった。それに加えて今日は私服だ。金髪、紅眼に制服の姿も良かったけれど、私服はもっとレアな感じがして何だか得した気分になった。悠輝くんを嫌っている部員達は勿論、跡部達だってこの姿は見たことがないんだろう。俺は僅かばかりの優越感に浸りながら悠輝くんを眺めた。

「日本の流行なんて分からないから適当に着てきたんだが。浮いてなきゃいいが……」

 悠輝くんはシャツと上着にジーンズと言う至極普通の格好だった。身長が低い俺には似合わなそうな型と柄の服は、長身の彼にはよく似合っている。決して一過性の流行に流された訳ではない洗練された着こなしについつい見惚れてしまう。

 それから服以外の部分にも目を向ければ、長く骨張った指には厳つい指輪がはめられている。比較的細く見えるけれどしっかり筋肉のついた腕にはブレスレットが、一見無造作に、しかし恐らく計算された数と位置に付けられており、時折光を反射して輝いていた。高級そうに見えるそれらは、もしかするとブランド品なのかもしれない。残念ながら俺には分からなかったけれど。

 そんな俺の悠輝くんに対する美的感覚は決して間違っていないようで、俺達の横を通り過ぎる女の人も皆、歩みは止めないまでも悠輝くんをじっと見つめながら少しだけ歩く速さを落としながらすれ違って行った。
 そう考えると良い意味で浮いている気もするが、周りの人の服装を眺めている悠輝くんには、大丈夫とだけ答えておくことにした。

「ところで、今日はどこに行くんだ?」

 その一言に軽く飛んでいた意識が現実に連れ戻される。俺としたことがとんだ大失態だ。悠輝くんと出掛けられることに舞い上がってどこへ行くかまで考えていなかった。これでは何の為に貴重な休みに誘ったんだと言われてしまう。

「えーと……どこ行きてぇ?」
「考えてなかったのか」
「あはは、実はそうなんだ!」

 呆れられるかと心配しながら悠輝くんをちらりと見れば、慈郎らしいなと笑われた。あれ、こんな風に笑ったところは初めて見たような気がする。自嘲気味に寂しく笑う顔や、相手に屈しない不敵な笑み。そんな笑いは何度か見てきたが、こんなに自然に笑う姿は見たことがなかった。その表情を見ていたら、ずっと前から一緒に居たような錯覚に陥りそうになる。

「じゃあ、取り敢えずその辺の店に入って買い物でもする?」
「ああ、そうだな」


 計画性のない行き当たりばったりな雰囲気が俺には合うらしく、まだ何もしていないのに楽しくなってしまう。テンションが上がり、しょうもないことを話し続ける俺に、悠輝くんは時々呆れたようにしつつも笑いかけてくれた。
 ああ、こういうの幸せだなあと思う。まるで親友みたい。そんなの俺にはなれっこないって分かっているのにね。
 だって俺は加害者で、彼は被害者の家族。それなのに、もしかしたらと思ってしまう。


 駅前の人通りの多い道を歩きながら、この辺りの土地にまだ不慣れな悠輝くんに色々と説明した。この近辺は大型のショッピングモールや雑貨店、スポーツ用品店なんかもあるから休日の今日は特に賑やかだ。

「どこ入る? もし入りたい店があれば言ってよ」
「そうだな……じゃあ、あの店に行っても良いか?」

 指された方向にあるのは雰囲気の良いアクセサリー類の店だ。やっぱりこういう物が好きなのかなと一人で考えていると、俺の思考に気付いたのか静かに答えをくれた。

 元々装飾品にはそれ程興味がなかったらしいけど、何年か前の誕生日に美咲が悠輝くんにブレスレットを贈ったらしい。悠輝くんの視線の先を辿ると、そのブレスレットがまさに今身に付けている物だと気付くのにそう時間は掛からなかった。

「割と高価なものだったから一体どうしたんだと聞いたら、俺が定期的に与えていた金をほとんど使わずにずっと貯めていたらしい。その金で買ってくれたそうだ」

 それ以来少しずつ興味を持つようになり、毎年美咲からも何かしら貰っていたとのこと。懐かしそうに言う悠輝くんは、今も貰ったアクセサリーを大切に身につけているのだろう。

「きっとあの子はいつも俺がこの指輪をしているのを見て、アクセサリー好きだと思ったんだろうな」

 そう言ってそっと右手の中指に嵌っている指輪を撫でた。それだけはどこか他のものと違う雰囲気を醸し出しており、実際悠輝くんも美咲から貰ったであろうブレスレットと同等に大切にしているように見える。

「……その指輪も、大切なものなんだ?」
「ああ」

 それ以上何も言わない悠輝くんには詳しいことを聞けなかった。それでも美咲が本当に兄思いの優しい妹で、悠輝くんが妹をこんなにも大切にしている良いお兄さんだったんだということだけは改めて実感できた。

 俺が二人の間に入り込む隙間なんてないが、それでも俺も何か形に残るものを悠輝くんに贈りたいと思ってしまった。物なんかより気持ちが大切と言うのは理解できる。でも、だからと言って思いを形に残したいと願うことを否定される謂れもない。だから、俺も悠輝くんに何かアクセサリーを贈ろうと決めた。

 決めたのだが、店内に入ると思わず声にならない悲鳴を上げてしまった。

「……め、めっちゃ高ぇC……!」

 幸い誰にも聞かれなかったらしく、恥をかかなかったことにほっと安堵した。しかしすぐに自分の財布の中身を思い出し、いきなり決心が砕け散ってしまったショックから軽く鬱状態に陥っていると、突然悠輝くんに話し掛けられた。

「どれが良いと思う? 指輪でもブレスレットでも、なんでもいいから」
「えっ? あぁ……じゃあ……」

 意見を求められたことに喜びを感じて立ち直った俺は、今プレゼントすることはできないが、せめて少しでも良い物を選ぼうと周りに並ぶ綺麗な装飾品達を見渡した。暫くどれにしようか決めあぐねていたが、最初に目についた十字架のネックレスに再び視線を向けて手に取った。
 鳳がいつもしているような華奢な感じのものとは少し雰囲気の違う物だ。どちらかと言えば厳ついと言えるそれは、きっと悠輝くんに似合うだろう。

「クロスか……」
「あ、気に入らなかった?」
「悪い、そういう訳じゃないんだが、普通の十字架をつけないことにしてるんだ。元々礼拝の対象物だしな」

 俺は無宗教だから、と付け加えて笑った彼の表情はどことなく自嘲と愁いを帯びていた。ふと悠輝くんの首から下がっているネックレスに目が行く。珍しいデザインのそれはただの十字架では無さそうだ。その十字架が何なのか、これ以上触れてはいけないと思って結局は訊けなかった。

 俺は多分、学校の中ではかなり悠輝くんと親しい方だ。それでも俺は彼のことを何も知らなかった。優しい彼なら、もしかしたら聞けば普通に教えてくれるのかもしれない。
 でも、もし拒絶されたらと思うと怖くて聞けなかった。だから俺は、いつか悠輝くんが自分から話してくれる時まで待つんだ。本当なら、待つ資格すらないのかもしれないけれど……。


 それよりも別のデザインのものを探すことに意識を戻そう。少しでも悠輝くんに気に入ってもらえる物を選びたい、その一心で一つ一つじっくり吟味しながら店の中を回った。そして、店を三周した末に選んだ一つの指輪を手に取って、商品を眺めている悠輝くんに恐る恐る差し出して見せた。やっとの思いで選び抜いたその指輪は、先程のネックレスよりも俺が心を奪われたもので、この店内で一番気に入ったものだった。

「こっちのはどう、かな?」
「ああ、良いじゃないか、それ。サイズも合うし、それにするよ」

 俺が選んだ指輪を気に入ってくれたのか、短くありがとうと言ってから躊躇いもなく会計へ向かった悠輝くん。俺に気を遣った社交辞令でないのなら、本当にその指輪を気に入ってくれたのなら、これ以上嬉しいことはない。会計を済ませて店を出ると早速包装紙からそれを取り出して右手の薬指に嵌めて見せてくれた。

「マジマジすっげぇ良いよー! って自分で選んどいて言うのもなんだけど」
「いや、良い物を選んでもらって良かった」

 キラキラ輝く指輪を見ながら穏やかに笑う悠輝くんはいつもより少しだけ幼くみえた。もちろんそれでも十分大人っぽいのは変わらないけれど。

 この人が何を抱えているのか俺には知る由もないけれど、せめて友達として接してくれる今だけは、俺の前でだけは何も考えず笑っていて欲しいと切に願った。

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