刻まれた証

□16.可能性
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許される敗北と許されない敗北

俺達が背負うのは後者だが、お前達が背負うのは前者だろう

定められた道を一直線に進むだけの生き方と、無限に広がる可能性に満ちた生き方

俺は心の底から羨んでいる

やり直しの利く人生を


16.可能性


 ああ、苛々する。夕刊の三面の一隅を占めた銀行強盗未遂事件についての記事が原因だ。善良な一般市民が犯人逮捕に貢献したため怪我人はなく、わずかな器物損壊の被害しか出なかったと言う。本人が拒否したのか、その市民の個人名や写真は伏せてあった。

「何が一般人よ」

 事件に立ち会った訳ではない。しかし、身近な場所で起こった事件だったので、その事件について知ることなんて簡単だった。犯人に向かって行ったのは、目立つ金髪の男で、歳は恐らく二十歳前後らしい。
 目の前のパソコンに映った二枚の画像を、先程から穴が開くほど睨みつける。一枚は事件現場の近くに居た野次馬が携帯で撮影してネット上に流出させたらしい写真だ。ピントもあっておらずはっきりと顔は判別できないけれど、その人物の外見的特徴の証言と合致する。
 そしてもう一枚横に並べた写真は、軍をハッキングして手に入れた一人の軍人の顔写真だった。こちらは入手が難しいと思っていたけれど、案外簡単に手に入れることができた。

「このご時世に13で軍なんかに入るなんて、全く正気の沙汰じゃ無いわ」

 五十嵐悠輝は何をしても全く動じていない。私のことなんてまるで興味がないみたい。それもそのはず。五十嵐は若干13歳でアメストリスの軍に入った狂人だった。
 少しでも怯んだらその隙に自殺に見せかけて殺してやろうと思っていたのに、流石はエリート軍人というべきか、今日まで全く隙を見せたりはしなかった。最初から期待などしていなかったけれど、やはり中学生をけしかけた程度では意味がなかったらしい。

「もういっそ、どこか遠くに逃げようかしら……」

 ベッドに倒れ込みながら柄にもなく弱音を吐いてみた。そんなの無理だってことくらい理解はしている。
 どうにかして奴を排除しなければ。殺せ。殺さなきゃこちらが殺される。その前に何としてでも……。


「そう言えば、明日は大会とか言ってたわね。どうしよう、行きたくない……。理由をつけて休むか、それとも……」

 前々からテニス部のレギュラー達が、大会があると言っていた。何故あんな無駄なことの為に毎日毎日時間と体力を費やすのかしら。だから平和ボケした日本人は嫌いなのよ。
 娯楽にスポーツ、全部無駄なことばかり。大抵の日本人は、その日自分が生きるか死ぬかに怯えた経験もなければ、命を脅かされるような差別を受けたことだってない。だから今こうして自分が生きていられることを当たり前だと思っている。生に対する感謝の気持ちなんてないに等しい。

 そんな奴らに私の気持ちなんて分かる訳がない。ましてや軍人である五十嵐なんかに、絶対分かる訳がない。もっとも、理解して欲しいなんてこれっぽっちも思っていないけど。



「そろそろ行かないと」

 一晩悩んだ結果、大会へはマネージャーとして顔を出すことにした。何の得にもならないけれど、五十嵐を見張るためにも参加しておくべきだろう。

 一度部員達の前で五十嵐と険悪な雰囲気になってしまったけれど、その後何事もなかったかのように振る舞えば、周囲は怪訝な顔をしながらもひとまずは納得したようだった。

 五十嵐が何もしてこないのは、決定的な証拠を得られていないからに違いない。それなら私がボロを出さなければ手を出すことはできないはずだ。今はなるべく味方を多くつけて、五十嵐を遠くから見張っていればいい。

 そう思ってわざわざ行きたくもない大会に出向いたと言うのに……。

「悠輝先輩が来てない……? そうですか……」

 信じられない。試合開始時間が過ぎても、試合が終了しても、結局五十嵐は現れなかった。それに腹が立って試合の観戦どころではなかった。元々興味のなかった試合の結果など全く頭に入らなかったけど、唯一誰かが負けたと言って騒いでいたのだけは聞いていた。確か、負けたのは宍戸だと言っていたわね。まあ、私には関係ないことだけど。

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