刻まれた証

□17.序曲
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再び繰り返される悲劇

これ以上罪なき血が流れぬよう、目を逸らすことは許されない

全てに終止符を打つ為なら、どんな犠牲も厭わない


17.序曲


 なあユーキ、俺はそんなに頼りないか? 俺には話す価値もないってことなのか? 巻き込みたくないなんて偽善はいらない。お前はそんな奴じゃないだろ。自分の望みを叶える為ならば、どんな手だって使ってきたはずだ。それなら俺も巻き込めよ。これはお前だけの問題じゃないんだ。だって俺達は同じ穴の貉なのだから。


「兄さん、少し休もうか?」
「ああ、そうだな」

 ここ最近、色々な事が一度に起こり過ぎて、肉体的にも精神的にも限界に近かった。考え過ぎて眠れない日が続いていることも、それを悪化させている原因かもしれない。

 せめて弟のアルには心配を掛けまいと寝不足のことを隠していたつもりだったが、良く気の付く弟は兄のことなど全てお見通しと言わんばかりだ。今だって疲れ知らずのはずのアルが、わざわざ俺のために休もうと言い出した。結局俺は、自分の意思に反してアルに心配を掛けてしまっているらしい。

 とは言え、そう悪いことばかりではない。日を追うごとに頭の中の整理もついてきたと言える。師匠に聞いた人体錬成とホムンクルスの関係。そして、グリードが言っていたホムンクルスの弱点。知った時には絶望でしかなかったが、今は少しだけ冷静に考えられるようになった。賢者の石に少しは近付いているのだろうか。

「そうだ、アイツに一度電話しとくか」
「うん、ユーキさんがどこまで知っているのか分からないけど、報告だけはしておいた方が良さそうだね」

 意見の一致した俺達は二手に分かれ、街を歩きながら公衆電話を探していた。だが、都会のセントラルとは違いなかなか見つからない。そのもどかしさと疲労感から苛立ち始めた俺は、道の端に座り込んで少しの時間何をするでもなくボーっとしていた。アルは電話を見つけられただろうか。

「……!」

 気を抜いたその直後、僅かに人の気配を肌で感じ取り、緩んでいた気を引き締めた。気配と言うより、最早これは殺気だな。向けられているのは当然俺だ。

「鋼の錬金術師、エドワード・エルリックだな?」
「誰だアンタ」

 背後から掛けられた声に立ち上がりながら振り返れば、俺より少し年上らしき男が立っていた。その男の持つ闇の如く黒い髪と瞳。それはまるで奴らを彷彿させるかの漆黒だ。気を抜けば闇に吸い込まれてしまいそうだと思った。

「賢者の石について調べてるんだろ?」
「テメェ、何者だ……?」

 俺を見据えてニヤリと笑うその男。敵かどうかは判らないが、少なくとも味方ではなさそうだ。とは言え、相手がどんな奴かも分からないのに下手に手を出せない。何よりこんなコンディション最悪の身体で攻撃を受けたら避けられる自信がなかった。あまりにも分が悪過ぎる。俺は男を睨み付けながら様子を伺うことにした。

「お前が本気で賢者の石を手に入れようと思っているのなら、五十嵐悠輝を問い詰めることだな。きっと面白い情報が手に入るだろうよ」

 まただ。賢者の石に近付こうとすると、時折ユーキの名前が出てくる。この男も、そしてグリードを倒したあの時も。グリードは消滅する間際、調和の錬金術師には気をつけろと言っていた。お前は一体何を知っているんだ、ユーキ。

「どういう事だ。お前はアイツを知っているのか?」
「さあな」

 ニヤリと笑いながらそれだけ言うと、男は身を翻して歩き出した。すぐさま後を追ったが、奴が道の角を曲がった所で見失ってしまった。それでも走り出そうとして踏み出した右足が地に着いたが、左足がそれに倣って先に進み出ることはなかった。その程度の気力すら、今の俺には残されていなかった。それ程までに動揺していた。

「何なんだよ……ユーキ、お前はどうして……。とにかく、一度アルの所へ戻るか」

 本当は全く心当たりがない訳ではなかった。ユーキが俺達に何か隠していることだって気付いている。ユーキのことにしろ、今の男のことにしろ、何も分からないほど無知ではない。しかし、踏み込んではいけないと本能が伝えている。知ればアイツは俺から離れていく予感があった。それでも俺は、アイツのことを知りたい。

「どうかしたの兄さん?」
「アルか……いや、何でもないよ。それより電話はあったか?」
「うん。この通りを暫く行った所にあったよ」

 考えながら歩いていたせいで、アルが傍にいたことにも気付かず通り過ぎそうになった。不審に思っただろうアルが俺に声を掛けてきてやっと気付いたのだから、俺も相当疲れが溜まっているらしい。本当に休んだ方が良いのかもしれない。

「そうか。なら早く、ユーキに電話を、しないと……」

 おかしい、目の前が霞む。身体を動かす力が出ない。ああそうか、俺は今倒れ掛けているらしい。そう気付いても重力にすら逆らえない。急激に襲い来る睡魔には、勝てそうもなかった。

「に、兄さん!? しっかりして兄さん! 兄さん……!!」

頭がぼんやりしていく中、俺はアルの悲痛な叫び声を聞きながら意識を失った。




「あれ、ここは……? 何で俺は……」

 気が付いた? とアルが顔を覗かせる。そう言えば俺は倒れたんだったか。聞けば近くにあった病院にアルが大慌てで運んでくれたそうだ。何でも俺は半日以上寝ていたらしい。そんなに睡眠が足りていなかったのかと驚いてしまった。

「兄さん過労で倒れたんだよ。最近あまり寝てなかっただろ? それに色々あったし……。大事には至らなくて良かった」
「心配掛けたな」

 表情の表せない鎧の身体だが、声色からして酷く安心した様子が手に取るように分かる。またアルに心配を掛けてしまった。兄貴の俺がしっかりしなくてどうするんだ。

「充分休んだら明日にでも退院できるってさ。あ、そう言えば兄さん、倒れる直前、ユーキさんに電話しようと焦ってたみたいだけど、何かあったの?」
「ああ、実はお前と別れた後に妙な奴と会ったんだ。そいつについて、少し気になることがあってな……」

 賢者の石に関わる一連の謎。それに何らかの形でユーキが関係しているのはほぼ間違いないが、関与の仕方もアイツの目的も今は全く不明だ。まだ分からないことだらけのこの話は、アルには黙っていた方が良いかもしれない。

「そっか。まずは今はゆっくり休みなよ。流石に病院の中で石の話をする訳にもいかないし、退院してからでも遅くないよ」

 確かに焦っても碌な事は起こらない。今回が良い例だ。たまには休養も必要だろうし、今日くらいはもう少しだけ寝ていても良いよな。

 俺はアルに言われるが儘に瞼を閉じて、全ての思考を停止させた。

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