刻まれた証

□18.手向け花
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蒼天の下に眠る幾千の魂

その一人一人の為に何度人は泪を流し、祈りを捧げてきたのだろう

何時の日か、俺が眠るその時にも、泪を流してくれる者はいるのだろうか

その日が来るまで捧げ続けよう

泪の代わりに祈りと花を


18.手向け花


 大総統にエルリック兄弟の動向を伝えた後、俺は早速アメストリスに戻ってきた。久し振りのアメストリスの空はからっと晴れ上がり、梅雨に入っていた日本に比べて随分と清々しい。その空の眩しさに自然と目を細めながら俺は一人街を歩いていた。
 雨はそれ程嫌いではないが、天気の悪い日は時折痛むのだ。左肩の古傷が。そして、あの日を思い出す。

「墓参りにでも行っておくか……」

 中央司令部へ向かう前に少し寄り道をすることにした。最近全く行っていなかった親の墓を参って来よう。こんな親不孝者の息子を、あの世で両親はどう思っているのだろうか。
 美咲にも今までの事を報告しておきたいし、手紙を読んだことも伝えたい。そしてもう一度、お前の無念を必ず晴らすと誓おう。
 それからヒューズ中佐、いや今は准将か。准将にも挨拶をしなければ。俺にその資格があるとも思えないが、優しい彼なら手を合わせることくらいは許してくれる気がした。

「あいつの所には、今は行けないな……」

 一人だけセントラルに墓のない彼には会いに行けないが、弔う気持ちだけは本物だ。花は供えられないかもしれないが、どうか薄情な俺を許してくれ。

「これと、これと……それからそちらの花もお願いします」

 街中で通り掛かった花屋で四人が好きだった花を買い、人気の少ない墓地までやって来た。この花束の量に涙が出そうになる。ここに眠る人間はあまりにも多過ぎた。
 軍人になったあの日から、自分の命が尽きる瞬間がいつ訪れても良いようにと覚悟をし続けてきたが、他人の死となるとそんな覚悟は全くの無意味だった。何年経とうが、ここへ来る時は感傷に浸ってしまう。

「あとはヒューズ准将だな……」

 両親と美咲の墓参りを済ませてからヒューズ准将の眠る場所まで歩いて行くと、閑散とした墓地に一人の少女を見掛けた。それは俺と似た色の長い髪を持つ少女で、俺は何とも言えない雰囲気の中、彼女に声を掛けられずただ後方に立ち尽くしていた。

「ヒューズさん……また、来ちゃいました……」

 彼女の呟きに答えるかのように穏やかな風が吹き抜ける。風が吹いたせいなのか、それともたまたまなのか、ふいに彼女は俺の気配に気付いたらしく、ぱっとこちらを振り返った。
 刹那の間に彼女と俺の視線が交差する。いつの間にか人が居たことに驚いたようで、その青い瞳には驚きの色を浮かべている。つい気配を消して近付いてしまうのは俺の悪い癖だ。

「悪いな、声を掛けるタイミングが分からなかった」

 苦笑を浮かべる俺に大丈夫だと言って控え目に笑う少女は、歳の程がエルリック兄弟に近かった。墓参りに来ていることからもヒューズ准将とそれなりに親しい間柄だということは窺えるが、一体この少女は何者なのだろうか。

「あの、違っていたらごめんなさい……。もしかして、ユーキさん、ですか?」

 目の前の相手が誰なのか分からない状態で、逆に自分の名前を言い当てられてしまい少し驚いた。俺の名は国内では割と知られているようだが所詮は一軍人。名前以外がメディアに出る機会はあまりないので、顔まで知れ渡っているとは思い辛い。

「確かにそうだが、何故それを?」
「実は……」

 最初は突然のことに怪訝さを感じていたが、訳を聞けば合点がいった。彼女はエドワードとアルフォンスの幼馴染みだそうで、二人に俺の話を聞いていたらしい。エドワードが機械鎧を全壊させて故郷に帰ったと言う話を聞いたことがあるが、恐らくその時にでも話したのだろう。そこで俺を見た瞬間にもしや、と思って声を掛けたとのこと。話を聞きながら、きっと髪と眼で分かったんだな、などとぼんやり考えてみた。

「私、ウィンリィ・ロックベルって言います」
「ああ、そういうことか。君がエドの言っていた機械鎧技士なんだな。改めてよろしく頼む、ウィンリィ」
「こちらこそ。ユーキさんもヒューズさんのお墓参りですか?」
「ああ。世話になったんだ、この人には」

 挨拶を済ませてから持ったままだった花をヒューズ准将の墓に供えた。十年近くこちらに住んでいると言うのに、しゃがみ込んで手を合わせてしまう自分には苦笑してしまう。アメストリスに住んでいながら日本文化の方が肌に合うと感じることや、顔の造りがハーフというよりは生粋の日本人に近いことを考えると、やはり俺は日本人の血の方が濃いらしい。

「ヒューズさんには本当によくしてもらいました。……あんなに優しいグレイシアさんや可愛いエリシアちゃんが居るのに、どうして二人を置いて逝ってしまったんだろうって今でも思います」
「ああ……愛妻家と親バカを絵に描いたような人だったな、あの人は」

 大切で堪らないはずの家族を置き去りに一人で旅立たねばならなかった彼は、最期の瞬間何を思ったのだろうか。ヒューズ准将が成仏できるよう、せめて残された二人には幸せになってもらいたい。

「あいつは、成仏できたかな……」
「ユーキさん……?」
「いや、実は……もう一ヶ所行かなければならない所があるんだが……行けなかった。怒るだろうな、あいつ……」
「誰か、大切な人が亡くなったんですか……? また今度行けば大丈夫ですよ。ユーキさんが大切に思ってる人なら、きっと許してくれます……」

 ウィンリィはそう言って優しく微笑んだ。
 そうだろうか。そうだといいが、きっと許されない。もう俺はあいつに合わせる顔がない。そう思って長いこと墓前に行くことすらできなかった。そんな薄情な俺を、果たしてあいつは許してくれるのだろうか。



「あ! そう言えばエドに聞いたんですけど、ユーキさんも機械鎧を付けてるんですよね? 良かったら見せてもらえませんか? お願いします!」

 黙祷を済ませてから暫くウィンリィと会話をしていたが、突然テンションを上げて話し始めた。目を輝かせながら頼まれては断りようがない。上着を脱ぎ、Tシャツだけになって左腕を差し出した。

「わあ、珍しいタイプですね。もしかしてこれ日本製ですか? ここはどうなってるのかしら……なるほど、こっちがこうなって……凄い! ここで軽量化してるのね! 無駄がない作りだわ! もう芸術って感じー!」

 本当に機械鎧が好きらしく、俺の腕を見てすぐに構造を理解しているようだった。エドが錬金術師として天才と呼ばれるのならば、この子は機械鎧についての天才と言えるだろう。ただ、分解したいと呟いた時は内心焦ったが。

「満足したか?」
「はい! 本当は分解もしてみたかったけど……ダメですよね?」
「いや……それは流石に」

 一瞬沈黙があった後、二人同時に声を出して笑った。ああ、ヒューズ准将にも「俺の墓前で何やってるんだ」と笑われそうだ。

「アイツら、こんなに可愛い子を放っておいて、何をやってるんだか」

 エドは故郷を捨てたと言ったが、二人にはこうして待っていてくれる人が居る。帰るべき場所が、まだ残されている。帰る場所は捨てたなんて悲しいことを言わず、今あるその場所を大事にして欲しいと切に願う。

「え、え……!? あ、あの! あいつらはそんなんじゃないですよ!? ほんとに! ただの幼馴染っていうか、むしろ弟みたいなもので……!」

 俺の独り言を聞いて、僅かに頬を染めながら焦ったように捲し立てる。何故エドやアルは彼女にしないのだろうか、と低俗なことを考えながら、できるだけ愛想よく見える表情で話し掛けておいた。

「あの二人、ウィンリィに心配ばかりかけてるだろ?」
「そうなんですよ! あいつらちっとも帰って来ないし、電話も寄越して来ないし……」

 便りがないのは元気な証拠とは言うが、心配なのに変わりはないか。必死なのは分かるが、あの二人にもこの子を顧みるくらいの余裕があっても良いと思うのだが。

「あの兄弟が本当に心を許せるのはウィンリィくらいだと思うから、多目に見てやってくれよ」

 明るい少女には似合わない寂しげな表情は、きっとエルリック兄弟のことを考えているからだろう。俯き加減で手を握り締めている様がどうにも痛々しかった。

「それじゃあ、俺はそろそろ失礼する。話せて良かった。また、機会があれば」
「そうですね、その時は是非。また機械鎧も見せて下さいね!」

 それでも最後は顔を上げて笑顔で俺を見送ってくれたウィンリィは、きっと心が強いのだろう。この子を見ていると自然と美咲を思い出してしまう。あの子もそうだった。寂しい顔は見せないで、いつだって俺に笑顔を見せてくれていたな。

「ユーキさん! あいつらのこと、よろしくお願いします!」

 帰る場所はないと言っていたあの兄弟にも帰りを待ってくれる人や場所があるように、軍部にしか居場所がないと思ってきた俺にも、もしかしたらまだ帰る場所が在るのかもしれない。必要としてくれる人間が居るのかもしれないな……。


To be continued ...




夢主がナンパしてるようにしか見えない。
番外編的な話でした。ウィンリィに妹の面影を見る夢主がテーマです。

 

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